三頁 鳥 壱 『小鳥優子』
三頁
鳥 壱
『小鳥優子』
大切な、大切な高校生活の一年間を、友達を作らず一人で過ごしてしまった。
否、そんな、敢えて作らなかったみたいな言い方は良く無かったと思う。認めよう。私は、友達を作るのがとても苦手なのだ。
私は多分、待っているのだと思う。自分からは話し掛けられないから、誰かから興味を持ってもらい、話し掛けられるのを待っているのだと思う。
私自身が自分の魅力が分からないのに、他の人が興味など持ってくれる筈が無い。私から動かなければ仕様の無い事なのに、どうしても、ただ同級生に声を掛けるという事が出来なかった。
だからホームルームの後、隣の席で、「あーでもないこーでもない」と、頭を抱え呟いている、分かり易く何かに悩んでいるクラスメイトにも声を掛ける事が出来ない。
周りに居た人達は、次々と席を離れて行く。きっとその子達は、充分な数の友達を保有しており、これ以上は手一杯になるから声を掛け無いのだろう。
千載一遇の、チャンスではないか!
征け! 小鳥優子。下唇を噛み締めて、その一歩を踏み出すんだ! きっと、その先に望んだ未来があるのだから。征け! 小鳥優子。いつまでそうしているんだ! お前はまだ、臆病者のままなのか? 征け! 小鳥優子。何度言わせるんだ? 伏せたその目を開く時が来たんだ!
私は、固く閉じた瞳を遂に開いた!
誰も居なかった。隣どころか、クラスには私一人しか居なかった。
ってかさぁ、良く考えたら、下唇を噛み締めちゃったら喋れないじゃん。
比喩のつもりだったんだ。ゴメンよ。
まぁ、目を閉じちゃった私が言うのもおかしな話しだよね。
焦らなくたって、二年生は始まったばかりなんだから、これからだってチャンスはある筈だよ。
そうだよね。そうでなきゃ、いつも元気な小鳥優子じゃ無くなっちゃうもんね!
そうそう。その明るさを、みんなにも見せれたらいいのにね。
分かってるけど……
ねぇ? 隣の、猫宮イチカさんって、何に悩んでたんだろ?
気になるのかい?
うん。恐子は?
そりゃあ気になるさ、でも、私は彼女に何を悩んでるのか聞く事は出来無いからね。
意地悪な言い方。分かってるよ。私に意気地が無いのがいけないんだって。
でも、そうやって、誰かの事を気に掛けてあげる。考えてあげるのが、友達への第一歩に繋がるんじゃないかな?
たまには、良い事言うじゃん。今日は、なけなしのお小遣いで、プリン買って帰ろうかなぁ。
プ、プリ、良いのかい? 昨日、少し太ったから、しばらくは甘い物を控えないとと言っていたのに。
別にプリン買うって言っただけで、食べるなんて一言も言って無いもん。
でも、どうせ買っちゃったら食べちゃう癖に。
あー! じゃあ買うのやーめた。
あっ、いやっ、ゴメンなさい。な、なんか、今日はいっぱい考え事したし、プリンみたいな糖分を摂取した方が良いと思うなぁ。
ふ、ふふっ、あなたのそんな狼狽える姿見るの、久しぶりだなぁ。
何せ、プリンが懸かっているからね。
あはははは、恐子もまだまだ、お子ちゃまだなぁ。
「アッ、アッ、今度はワラッタァァァァァア」
私は、完全に一人の世界に入っていて、辺りに人が近付く気配さえ気付いていなかった。突如眼前に姿を露わにした猫宮イチカは、のけ反って尻もちを着き、黒目の異常に小さな瞳をアピールするかの様に、目を見開いて、私を凝視した。
「猫宮さん? いつからそこに居たの?」
ホラー映画の様な詰問をしてしまった。
「ね、猫は、何も知らない!」
「本当に?」
「ほ、本当に、わ、忘れ物を取りに来ただけで、き、きょうこさんとは、初めて喋るのだから」
「ん?」
「わ、忘れ物を、取りに来ただけで……」
「恐子って、誰の事?」
「えっ、あのっ、き、あなた、き、きょうこさんじゃ無いんですか?」
「私の名前は、小鳥優子ですけど」
猫宮イチカは、四足歩行でシャカシャカと、教室の隅まで悲鳴を上げながら走った。
「ニヤ、ニィヤ、ニャァァァァァァァァァァァァァ」
多分私は、声に出して一人言を喋っていたのだろう。恐子に声を掛けた時から、猫宮イチカは居た。だとしたらほぼほぼ会話を聞かれている。変な人だと、思われたに違いない。
恐子というのは、私が、独りきりの時に会話をする架空の友達だ。フルネームを、大鳥恐子という。一人で居る時間の長い私は、何か考え事をする時、頭の中にもう一人か二人ほど、話し相手を召喚させる。その一人が、冷静な判断力を備えている、大鳥恐子なのだ。
「何で、怖がるの? 悲鳴を上げるの? 私はあなたに、何も危害を加えるつもりは無いんだよ?」
それが私の本心だった。私が何か望むのであれば、素晴らしい友人が欲しいという事だけだった。
「こ、怖がってなんて無いんだよぉ。ね、猫はいつもこうしているのだから」
「いつもこうしている? いつも、誰かの言動に悲鳴を上げて哀れに逃げ惑っているの?」
「へ、へ、そうじゃ無くて、逃げ惑ってるんじゃなくて、そ、そうだな、友達の言動に、過剰にリアクションしてしまう癖があるんだよ。ほ、本心では無く、その場を盛り上げようとして、ピエロを演じてしまうんだ。へへ」
そうだったのか! だとしたら、詰問などして、さぞ不愉快な気分にさせたのだろう。それに、「友達の言動に」って。
私に初めて、友達が出来た時だった。
「ありがとう。これから宜しくね」
ずっと、ずっと待ち望んでいた友達が出来た。私は素直に、嬉しかった。
「そ、それじゃあ猫は、予定があるので帰りますね」
私は、とても長い間、友達というものを欲していたので、『理想の友達』というものを、頭に塗り込んでいた。
「敬語使うなんてさぁ、友達じゃなくない?」
教室から出て行こうとする猫宮にその言葉を掛けると、立ち止まり、数秒の間を空けて、振り返り言った。
「と、友達? 誰がですか?」
「はっ?」
「えっ? いや、あの、友達って、何の話しですか?」
人の心を悪戯に持ち上げておいて、突き落とす。そんな事、人がやっていい行為じゃない。コイツは人じゃない。まやかしか何かだ。
足早に近付き、背を向け逃れようとする猫宮の襟首を掴んで引き寄せた。
「言ったよねぇ? 友達って言ったよねぇ? そういう事するんだ? そうやって友達をすぐにハブったりするんだ?」
猫宮はにゃあにゃあ暴れて私の手を解き、地べたに背を着け仰向けになり、ジタバタするので、右手で喉輪をして、力を込めて少し大人しくさせた。
「と、友達。友達」
しゃがれた声で猫宮は鳴いた。
「あっ? さっき友達じゃ無いって言っただろうが」
「これから、友達」
あまりにも苦しそうな声で話すので、喉を締める右手の力を少し緩めて聞いてみた。
「もう、嘘じゃないよね? 友達に、なってくれるんだよね?」
猫宮は、ほぼ白目だった。
「は、はい。ともらち」
喉輪を解いて、頭を抱えてあげた。
勇気を出して良かった。私に、初めて友達が出来た記念すべき日だ。
「今度さぁ、イチカちゃんの家に泊まりに行っていい?」
ヤバい。下の名前で呼んでしまった。本当の友達みたいで、ヤバイ!
「は、はい、ともらち」
こうして、私の有意義な高校生活は、きっと、始まっていくのであった。
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