ハナと将校 前編

■■国の教育機関から絶大な人気を誇る児童文学作家のハナは元々■■国と戦争をしていた○○国の生まれで、戦争によって家が破壊された為に少年時代の殆どを難民キャンプで過ごした。難民キャンプは■■国の軍人によって建てられたもので、キャンプ内には常に複数の軍人がいた。

そんな中で、ハナは1人の軍人と非常に仲が良かった。将校としてキャンプに滞在し配給や検診等の指揮を取っているその人は○○国の言葉を流暢に話すことができ、また世話焼きでもあるようでキャンプの子供達に読み書きを教えたり遊び相手になったりしていた。

当時子供達の中で最年長だったハナは、主に将校が読み書きの授業を始めた時の補佐として彼にくっついていた。授業中、将校がわからない単語にぶち当たるとハナが教え「やるやんお前」「地元やで」というやり取りをするのが定番だった。




ある時、激戦区である市街地に将校率いる分隊が派遣されることになった。ハナは危険に晒されに行く将校達を止めたかったが、上層部からの命令である以上はどうしようもないと諦めていた。

そんな矢先、将校が子供達に対して最後の授業をおこなった。メモも何も使わなくて良いから話だけ聞いてくれという将校の周囲にハナを含めた子供達が集まると、将校は一度咳払いしてから演説を始めた。


「俺等って本国から送り出された時、上司や仲間からこう言われたんだよ。『○○国の豚共をぶっ殺してこい』って。ついでに街に出れば『○○国の悪魔共に鉄槌を!』とかいう横断幕まで出されてさ。皆"○○国"という国に対して憎しみを抱いてるんだ。お前らの国でも同じようなもんだろう。でもお互い何かされたってわけじゃないんだ。ハナ、戦争のきっかけをお前は覚えてるか?」


将校に名指しされ、ハナはしばし考えた。自分の国と将校の国の仲は前からあまり良くなかったが、それでも文化交流や貿易は盛んに行われていた。それがある年を境に今まで露見されていなかった貿易や外交政策の問題が新聞で一気に取り沙汰されて、そしてある時、突然ラジオを通して開戦の報せが告げられた。境となった年は確か─


「ハナ、お互いの国の最高指導者が代わった時から戦争への道を歩み出したんだ。お前ら民間人には殆ど関係の無い内容で、お互いがお互いを憎しみ始めたんだ。でも実際お互いに会ってみてどうだ?豚はどこだ?悪魔はどこだ?いるのは普通の人間じゃないか。学校や職場、近所にいる連中と変わらない普通の人間しかいないじゃないか。…で、俺は…俺達はこれから戦いに行く。相手はもちろん"普通の人間"だけど、俺達は一旦その見方を捨てなきゃならない。そうしないと苦しくて戦えない。でもお前らは、せめて民間人同士はお互いを"普通の人間"だと認識してくれ。"普通の人間"として歩み寄ろうとしてくれ。これが俺の、最後の授業だ」


まあ"普通の暮らし"を奪った俺達が言えることじゃないけど。そこまで言い終えると、将校は部下達を促してキャンプを出てしまった。小さな子供達は将校の言葉を上手く咀嚼できず、ただ去っていく将校を泣きながら見送るばかりだったが、ハナや授業を聞いていた大人達の何人かは将校の言葉を心の中で反芻し、考え込んだ。




将校が去ってからは目まぐるしい程に沢山のことがあった。将校の後釜として彼の友人だという軍曹─頬に傷があったが美しい男だった─がしばらく子供達の健康チェックや授業をしていたが、間もなくやってきた中隊の隊長によって軍曹は別のキャンプに送られ、ついでにハナのキャンプは手に余るからと焼き払われてしまった。

住処を無くしたハナ達は中隊長が用意した収容車に乗せられて■■国に送られ、別々の所で労働力として使われた。殆どの仲間達が兵器工場へ送られたが、細身で力の無いハナはある街の大学で雑用係として日々を送った。○○国の人間というだけあって大学の人々からの視線は冷たかったが、ハナは将校の演説を思い出して「いつか歩み寄れるハズ」と自身に言い聞かせて働き続けた。

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