少女と憲兵

街の小さな喫茶店で給仕を務めるユリは買い出しの帰り道に立ち寄った時計台広場で、常連客の憲兵が様々な色の絵の具をぶちまけたような柄の連帽衣(パーカー)に黒の外套(ジャケット)というラフな格好でいるところに出くわした。


「ボンちゃん、誰か待ってんの?」


広場の中心、時計台の下に立ち何かを待ち受けるが如く遠くを見据える憲兵にユリが声をかける。憲兵は一瞬肩を震わせると「どうも」と会釈した

「デート?てか私服ヤバ!仕事とのギャップえぐすぎでしょ!」


『鬼の憲兵』として街で知られる彼の意外な一面にはしゃぐユリの口に、突如憲兵の人差し指が当てられた。そして眼前に迫る憲兵の恐ろしい程整った顔。

「ごめん、これも仕事なんだ」

憲兵が困ったような笑顔を浮かべて言う。そして彼が視線を向けた先、時計台を挟んですぐの所にユリも目を向けると、そこには何やら物騒なことが書かれた横断幕を持ち何かを始めようとする集団の姿。通行人のフリをして彼等の姿を写真に収めたり、団体名や発言内容を控えておくという任務らしい。


「平和っていうのは誰も"何もしない"ことで成り立つんだ。仕事や友達も不満をぶつけ合うよりお互い飲み込んだ方が平穏ではいられるじゃないか」


でもこれは本当に俺の私服だからね。そう付け加えて憲兵は仕事に戻ったが、ユリの耳には彼の話など殆ど入っていなかった。ただ下手な俳優よりも整った彼の顔が目の前に来たことに驚き、頭が真っ白になっていた。

ユリはその後弾かれるように店へ駆け戻り、店番をしていた姉のミリとアルバイトに来ている移民の少女ポヤに憲兵とのことを報告した。ミリは「私が買い出しに行けば良かった」と可愛らしく地団駄を踏んだが、一方で件の憲兵の親友を夫に持つポヤは「姉さん達チョロすぎるよ」と言うので、ユリはミリと一緒に「アンタはハンサムで優しい旦那様がいるから」と妬ましげに毒づくのだった。

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