キュル准尉とボン少尉

■■国で憲兵というと街では災害の次に恐れられる存在だ。憲兵は主に国内の治安維持を任されているが、ちょっとした官僚以上の権力を持ついわれる軍人の中でも特に権力が強く怪しいと思った場所や人を令状無しで捜査・逮捕することができるので合理性無しの不当な捜査も(一応違法ではあるが)可能なのだ。

そんな憲兵の中で、キュル准尉が配属されている憲兵分隊の隊長は特に恐ろしい人だといわれている。その隊長─ボン少尉は国内に数多いる憲兵の中でも指折りの犯罪検挙数を誇るが、その方法というのが彼が恐ろしいと呼ばれる所以だ。8時間という勤務時間の中、外の見回りは1〜2時間程度であとは殆ど机に座って電話やら書類作成やらをしているのに、時々突然武装したかと思うと部下をゾロゾロ引き連れて犯罪者のアジトに乗り込み拘束する。この間ボン少尉が捜査をするところを見た者はおらず、どんな方法で捜査をしたのかわからないのに何故かどの犯罪者もしっかりクロなので恐ろしいといわれるのだ。

ある時、ボン少尉の不正を疑った別の憲兵が何日かに渡りボン少尉を尾行したことがあった。特に見回りの時間は部下を数人配置してまで見張っていたが、路上で起きた喧嘩を仲裁するとか独居老人の生存確認をするとかばかりで不正どころか多数検挙の秘訣すら見出せぬまま終わってしまった。


「ダメだ、尻尾の先っちょすら掴めねえ」


頭を抱える憲兵達を横目にキュル准尉は見回りの為の装備を整えた。この日はキュル准尉がボン少尉に同行して見回りをすることになっており、キュル准尉は自分こそがボン少尉の多数検挙の秘訣を探るのだと意気込んだ。




しかし見回りを始めて1時間。キュル准尉はボン少尉と散々街を練り歩いたにも関わらず、何ひとつとして収穫できていなかった。この日の見回りでボン少尉がしたことといえば家出少女の保護と独居老人の話し相手ぐらいで一度たりとて怪しい素振りを見せなかった。

本当に何なんだこの人、怖っ。キュルの中でボン少尉への恐怖感が生まれかけたところへ、通りの前方から歩いてきた若い女性にキュルは目を奪われた。薄桃色の髪を靡かせて歩くその女性はくっきりとした顔立ちに若葉色の瞳を持っているが、その特徴は数年前に起きた戦争で打ち負かした国の人間が持つものだ。恐らくは戦争で流れ込んできた移民か何かだと思うが、ただ1つ、キュル准尉には見過ごせないものがあった。この国において移民は一部を除き一目でそれとわかるよう、服の上から指定のハーネスを着けておかねばならないのを、女性は着けていないのだ。


「そこのお姉さ…」


キュル准尉が女性に声をかけようとすると、突如ボン少尉の手がそれを制し、辺りをキョロキョロと見回り始める。そして女性が1人であるのを確認するなり女性を示しこう言った。


「よしいけ、ボロクソに言っていいぞ」


「いいわけねえだろ」


間髪入れずに女性が言い返した。憲兵隊内で恐れられるボン少尉に向けての反論にキュル准尉は顔を青くしたが、対してボン少尉は嬉しそうに顔を綻ばせて女性と会話を続ける。


「今日ハーネスは?着けなくて良いってんのに、いつも頑なに着けるじゃん」


「気分じゃない」


「あっそ、ペペは?」


「今日も今日とて仕事だよ。私はお買い物」


まるで友達のように自然な会話を繰り広げるボン少尉と女性。意外な交友関係に驚くも「もしかしたらここに多数検挙の秘密があるかも…」などと踏みつつ2人を見守るキュル准尉に、ボン少尉がハッとして向き直った。


「嘱託で来てる少佐いるだろ?あの人の嫁さん」


「こんにちはー」


なるほど、軍関係者ならハーネス免除か。軽く頭を下げて挨拶をする女性を見ながら、キュル准尉は新兵の戦闘指南をしているガタイの良い男を思い出した。戦争で頭をやられたとかで喋り方は16〜17歳のやんちゃな少年のようだったが、それが逆にわかりやすいようで新兵に好評だ。

それにしても、あの人の嫁さん移民なのか。そう思った直後に、キュル准尉は自身の中から薄っすらと、女性を蔑視するような良くない感情が湧き出た気がしてゾッとした。しかし2人に気取られることは無く、それどころか女性がキュル准尉を指してボン少尉にこのような質問をした。


「もしかして彼氏?」


何を言い出すのかとキュル准尉は目を剥いたが、ボン少尉の方は事も無げに「ちがうよ」と返した。


「昔レミ先生が言ってた彼氏かと思った!」


「いつの話か知らないけど、多分ソイツなら別れたよ。あんな自分本位の畜生、思い出したくもねーわ」


この人、男色だったのか。キュル准尉は驚くと共に安心した。キュル准尉自身も同性が恋愛対象だからだ。

それにしてもこの人達、さっきから世間話しかしてないな。犯罪捜査どころか職務怠慢じゃないかとキュル准尉が呆れかけたところへ、女性が突然「ていうかボン兄ちゃん聞いて!」と顔をしかめた。


「故郷の同級生に声かけられたんだけどさ!変なお茶売りつけて来ようとすんの!」


「えーヤバ!何てお茶よ!今度探して話だけ聞こう!聞くだけ!」


「やめてあげなよー!ボン兄ちゃんがおちょくりに行った所全部潰れたじゃん!」


「そーそー!しかもその半分ぐらいテロリストだったしね!」


馬鹿笑いしながら展開するボン少尉と女性の会話の中に、犯罪検挙数の多さの所以が見えた気がしたキュル准尉だった。

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