ポヤと戦勝記念日

いつかの時代のどこかの星。戦争で両親を失くしたポヤは、焼け野原で心の壊れた敵国の将校ぺぺと出会い、それから何やかんやあって今は彼の故郷で暮らしている。


ポヤが18歳になった年、軍を退役していたぺぺは軍の嘱託で新兵に格闘の指南を行うことになった。その頃のぺぺは年相応とまではいかないもののポヤと出会った当初に比べると落ち着いていて、拙い言葉ながらも人に何かを教えることができるようになっていた。


一方でポヤは街の喫茶店に勤め始めた。お金に困っているわけではなく、この国ではまだ知り合いと呼べる人間が少ないことに気づき、少しでも人脈を広げたいと思ったからだ。

喫茶店には厨房を担当している優しいおじさんと、厨房と会計を兼務しているしっかり者のおばさん、そして2人の娘である給仕の姉妹がいた。姉のミリは気が強く少し高飛車で、妹のユリは朗らかでいつも笑顔だがどことなく強かさが窺えた。

ミリとユリは仕事についてとても厳しかったが、それ以外ではポヤを妹のように可愛がった。ポヤが仕事を覚える度に褒め、おばさんの作ったまかないを一緒に食べ、掃除中にポヤと年頃の若者らしい話題で盛り上がってはおじさんから「みんな仕事して」と注意された。

ポヤは喫茶店の人々が好きだった。




ポヤが働き出して1年目の冬、国内では戦勝記念日を祝う大きな祭りが催された。街で1番大きな広場では式典が開かれ、各地の商店では祝菓子の蜜入りトースト(すごく甘いので好きな人は少ない)が作られ、全商品を2割引で提供するというサービスまで行った。

ポヤの喫茶店でも蜜入りトーストを作り販売したが、他の店程大々的には宣伝しなかった。ポヤは祭りに対して肩身の狭い思いと自分の不幸を祝われているような気分を感じていたので、店の人達が自分に気を遣ってくれているのかと思ったが、ミリいわく「とんだ思い上がりだよ」とのことだった。


「戦争で良い思いをしたのは一部の偉い人だけだからね。ウチは勝利の為にっつって税金ガッポリ取られたけど何の見返りも無いし、祝ってやる気も起こらないから殆ど何もしないだけさ」


「でも今日みたいな日は移民のお客さんが沢山来てくれるから逆に儲かるよね」


ポヤとミリの間にユリが割って入る。

そういえば。ポヤは改めて客席を見回す。円卓が5〜6個並んだ店内にいる客の殆どがポヤの国の人達が持つ瞳の色─若葉のような緑色をしている。移民でない客といえば1番隅の円卓で珈琲を飲む老紳士と、レミという学者の女性のみ。レミは数年前までポヤの家庭教師を務めていた才媛で、この日は最近できたハナという移民の彼氏を連れて店に遊びに来ていた。

ここにいる人の殆どが、私と同じように母国の家を失ったのか。ポヤの脳裏に死んだ両親の顔が浮かび、目の奥が熱くなった。

そこへ店の玄関ベルがカランカランと鳴り響き、男が2人入ってきた。揃って軍服を着て、片方─頬に傷のある金髪の美男子─は『憲兵』と書かれた腕章を着け、背後に立つ大男は官給品のコートをダラダラと着ている。

憲兵が入ってきたことで店内に緊張が走る。というのも、この国では戦争が起きてから移民に対する憲兵の目が厳しく、1つどころに移民が集まっていると何らかの会合と思われかねないからだ。

ミリとユリも憲兵の存在を前にして「何かまずったかな」と顔を強張らせ厨房から出ようとする。そんな中、ポヤだけが嬉々とした表情を見せて客席まで飛び出した。


「ペペ!ボン兄ちゃん!」


ポヤの姿を認めると大男─ペペが「ポヤァ!」と満面に笑みを浮かべ、金髪の男─ボンが「マジでポヤだ」と目を丸くした。


「兄ちゃんその『憲兵』って奴なに?」

「今年から憲兵隊の分隊長やってんだよ。何せ昇進したもんでね」


ボンが襟に付けられた階級章を見せたが、軍隊に関する知識の無いポヤはどの図柄がどの階級を示しているかなどわからないので「へぇ」とだけ返した。間髪入れずにペペが「少尉!」と元気な声で補足するがポヤは興味が無い様子。


「憲兵が何しに来たのよ。ていうか式典は?」

「人多すぎてぺぺがパニック起こしかねないから隔離するっていう口実でサボってまーす」


ボンが両手で裏ピースサインを作って笑う。

まーとんだ不良憲兵だね。自身に抱きついてくるぺぺを「白粉が取れる」と剥がしつつポヤは毒づく。彼等のやり取りを見た客達やミリとユリは呆れたような安心したような、とにかく目の前の憲兵が脅威でないことを悟り緊張を解いた。


それからボンとぺぺはカウンター席に通され、蜜入りトーストを注文した。蜜入りトーストは頭が痛くなる程甘いのでポヤ達は心配したが、ボンいわく「俺これが1番好きなんだ」とのことだった。

式典をサボれたからか、やたら機嫌の良いボンは「口止め料」と言って他の客にも蜜入りトーストを奢った。ぺぺは塩気のあるものが良いそうで1人で塩味の揚げ芋を食べていた。


「そうだ、毎年この日はここに避難させてもらおう」


ボンが自身の手を叩いて言った。ぺぺは「さんせーい!」とボンにグータッチを求め、ミリとユリは「この日と言わず何度でも!」「イケメン大歓迎!」とおどけ、ポヤは「働けし!」とツッコむ。その掛け合いが可笑しかったようで、周囲から笑い声が響いた。静観していたレミも「私達も毎年ここに来ようか」と彼氏のハナに持ちかけ、ハナも優しい笑みを浮かべて頷いた。




祭りが落ち着き、客が皆店を出た後、ポヤは後片付けをしながら自分が温かい気持ちでいるのに気づいた。

この国に来てから、毎年この日は肩身狭い思いと悔しい思いと悲しい思いがお腹の中でずっと煮詰まってた。だからこの日が憂鬱で、1回ぐらいお祭りが中止になれば良いのにと思った。でも今年はお店の人達がいてくれて、レミ先生達、ボン兄ちゃん、ぺぺまで来てくれてずっと楽しく過ごしていられた。「毎年来る」なんて言ってもらえたから、来年も再来年もこの日を楽しく過ごせるのかもしれない。

戦勝記念日はポヤにとって嫌な日ではなく、好きな人達と過ごせる楽しい日になった。心が弾んだポヤは浮かれ気味に後片付けをし、その結果客席に設置する紙ナプキンの補充を忘れてミリから叱られるのだった。

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