ポヤとペペと見舞客

いつかの時代のどこかの星。大きな戦争で両親を亡くした小さなポヤは、焼け野原で出会った敵国の将校─ぺぺと名付けておいた─に連れられてペペの国で暮らし始めた。

2人の住まいはぺぺの実家で、ぺぺが凱旋して暫くは彼の雄々しい姿を拝もうと色々な客が見舞に訪ねてきた。客達はぺぺに対し菓子や酒を差し入れつつ戦場での話を聞き出そうとしたが、間もなく気まずそうに苦笑いを浮かべた。戦争中に様々な不幸に見舞われたぺぺは心がズタズタに壊れ、大人としての意思疎通が不可能になっていたからだ。

差し入れた菓子をオズオズと食べ、怯えを孕んだ瞳でキョロキョロと自分達を見回すぺぺの姿に、客達は戦前の逞しかった将校がどこにもいないことを悟った。そしてぺぺの腕に取り付き自分達に警戒の眼差しを向ける少女─ポヤに対して見てはいけないものを見たと言わんばかりに顔をしかめた。




別の日、近所にある織物屋の娘だという女が見舞に来たが、自宅からぺぺの家まで歩いて数分の距離なのにわざわざ化粧をし髪まで整え如何にも「将校様の恋人よ」といった態度で現れた癖に、ぺぺが庭で天道虫の幼虫を"動く軟糖"と呼び可愛がる姿に嫌悪の表情を見せた。

そして属国の少女─ポヤが属国の言語でぺぺを嗜めるのを見るや「軍人ってどうして皆そうなの!?女は物じゃないの!簡単に連れて帰らないで!」と泣きながら帰ってしまった。




ぺぺの家に住み始めてから1週間程経ったある夜、ポヤは連日の来客ですっかり憔悴したぺぺを寝かしつけながら「ぺぺが可哀想」と1人でモヤモヤした。

今まで来たお客さんのうちの何人がぺぺの置かれた環境を想像できるだろう。1秒後には死んでるかもしれないような所で、他の人を手にかけて自分の寿命を1秒、1秒と延ばし続けるつらさを、どこまで想像できるだろう。まあ多分想像できないからあんな態度取れるんだろうな。あの人達はぺぺが戦争に行く時も万歳か何かして見送ったんだろうな。

良いご身分よねぇとぺぺに囁きかけながら、布団からちょっこりと出た頭を撫でる。ぺぺはポヤの手が触れるのが嬉しいようで、骨張った大きな手でポヤの手を優しく掴むと自身の頬に当ててニコリと微笑んだ。


それから何日と経たないうちに、ぺぺの噂を聞きつけた街の偉い人が部下をぞろぞろ連れてぺぺの見舞にやってきた。見舞客の中にはぺぺの部下にして親友のボン軍曹の姿もあった。偉い人達を車で送迎する役を買って出たらしい。

ボン軍曹の袖を掴んで不安そうに目をキョロキョロ動かすぺぺの前で、満面に笑みを浮かべた偉い人が先の戦争ではうんちゃらかんちゃらと長ったらしく労いの言葉を述べる。ポヤもぺぺの腕に取り付いて、呪文のように紡がれる言葉の終わりを待っていたが、尿意に襲われて部屋を出てしまった。


トイレで出すものを出してスッキリした後、ポヤが戻ると何が起きたのか部屋の中が騒然としていた。偉い人がその場にへたり込んで部下に両腕を支えられ、その向かいでぺぺがボン少尉に羽交い締めにされながらゲラゲラ笑っている。双方の間ではぺぺの両親が偉い人に謝っている。

何が起きてしまったの。呆然と入口に佇むポヤ。間もなく偉い人の肩を支えた部下達が、ポヤの横をすり抜けるように部屋を出てそのまま帰ってしまった。続いてボン軍曹が「お前は悪くないよ」と言い残しつつ偉い人達を追いかけ、部屋の中にはぺぺとぺぺの両親とポヤだけが残った。

ぺぺはその場に座り込み泣き声にも近いような笑い声を上げていて、その痛々しい様子にポヤもぺぺの両親も胸を締めつけられる思いでいた。




その夜、疲れ切って寝てしまったぺぺの頭を撫でるポヤのそばで、ぺぺの様子を見に戻って来たボン軍曹が胡座をかき煙草をふかしながらポヤの国の言葉で「お疲れ様」と声をかけた。


「図々しい客ばっかで疲れたろ」


「ぺぺが一番疲れてるよ」


「違いない。今日になって限界が来たんだね」


ポヤはボン軍曹に、昼間に何があったのかと尋ねた。ボン軍曹は口から真っ白い煙をフーッと吐いてからこう答えた。


「ぺぺが元に戻った」


ポヤの顔が強張る。その瞳に不安の色が見えてボン軍曹は何事かと訝しんだが、とりあえず「一瞬だけだよ」と付け加えた。


「お偉いさんが『我等一丸となって勝利を得た』とかほざいたんだけど、それがぺぺの逆鱗に触れたみたいでコイツすごいこと言ってのけたんだよ」


「何て?」


「『安全な所で隣国こき下ろして煽っただけだろ。俺達を盾にして火に油を注ぐだけの愉快犯が。何から何まで厚かましい』って」


ぺぺの真似をした後で自身の肩を抱き恍惚とした表情で「最高」と唸るボン軍曹。彼は一瞬垣間見たぺぺの上官としての姿に心酔しているようだったが、対してポヤは未知なる"大人のぺぺ"の出現に尋常ならぬ程の恐れを抱いていた。

ぺぺって本当はすごく恐ろしい人なのかもしれない。ポヤは目の前でスゥスゥと寝息を立てるぺぺの顔を見下ろしながら恐怖に身震いした。しかし一方で、子供の人格を持って心に蓋をしなければ生きてゆかれなくなってしまったぺぺが咄嗟に大人に戻り暴言を吐く程度には、ここ数日彼のもとを訪れた客の誰もが彼を苦しめていたのだろうと不憫に感じた。

多分これからもぺぺを目当てにお客さんが来るだろう。その度にぺぺはお客さんの無神経さに苦しんで、時々爆発して、こうやって疲れ切って眠って。

ぺぺに苦しんでほしくないし、大人のぺぺにも会いたくないからやめさせてあげたいけど、そういうわけにもいかないんだろうなぁ。


「ぺぺが可哀想」


ポヤがポツリと漏らす。少しだけぺぺの寝顔が優しくなった気がした。

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