【外伝】子供好きの将校
いつかの時代のどこかの星の何とかいう大陸では、○○国という小国と■■国という大国が隣り合って存在していた。2つの国は何かがきっかけで4年前から戦争をしており(皆何がきっかけだったか忘れてしまった)、国土が小さく文明もあまり進んでいない○○国は■■国に負けかけていた。
そんな○○国のとある市街では、○○国の軍人と■■国の軍人がお互いにバリケードを張ったり建物の陰に潜んだりしながら日夜激しい戦いを繰り広げていた。民間人への避難勧告を出す間もなく始まったこの戦いでは多くの民間人が戦火に巻き込まれ犠牲となった。また劣勢で追い詰められた○○国指揮官の指示で多くの少年が兵士として動員されており、縮こまって母親を呼ぶ少年や爆弾を片手に泣きながら敵陣へ突っ込む少年の姿が多く見られた。
戦場は地獄のような有り様だったが、その中で少年に対し懸命に投降を呼びかける■■国の将校が1人いた。その将校は大の子供好きで、この戦場に派遣される前は難民キャンプに滞在し子供達の遊び相手をしたり医者を手伝って子供達の健康チェックを行ったりしていた。
上官の命令でこの市街に赴いてからは、部下に対して毎日のように「大人のくだらねー小競り合いに子供を巻き込むなんて異常なことだ」と説き少年兵を見たら投降を促すよう命じた。時には同じ考えを持つ敵兵と協力して少年兵を避難させることもあった(敵兵はその後爆撃を受けて亡くなった)。
部下達は将校の清廉たる思想に感動と共感を覚えたが、同時に危うさを感じていた。あれだけ心が清ければ精神的に壊れてしまうのも早いだろう、と。
案の定、将校の心は順調に磨耗していった。1秒後には命を取られているかもしれないような環境で心休まらない生活を強いられていることと、大人に洗脳された少年兵が自分の呼びかけに応えず銃口を向け続ける為手にかけざるを得なくなることへの悔しさが将校の精神を蝕んでいるようだった。
将校は日を追う毎に独り言が多くなったり、仲間が重傷を負っても気に留めなくなったりした。部下達は将校が狂い始めたのを察し、距離を置くようになった。
そして将校がこの市街に入ってからかなりの日数が経った頃、彼の精神に追い討ちをかけるような報せが届いた。以前将校が滞在していた難民キャンプが、彼の上官の独断により焼き払われてしまったのだ。理由は「子供らが怪しげな文書を回し読みしていたから」。
報せを届けた伝令に将校は喰ってかかった。
「それは本当に怪しいモンだったのか?俺に見せろ。俺なら○○国の字が読める」
しかし伝令は「文書も全て焼き払われました」と答えてそのまま踵を返してしまった。
残酷な報せに怒りを爆発させた将校は部下達を集めてキャンプに戻ると言い出したが、部下達は総勢で止めにかかった。上官の判断なのだから仕方ないと。勝手な行動をすれば自分達が処分されると。
将校は怒りに任せて怒鳴り散らした。
「あの子達の読み物っつったら俺がやった絵本しか無ェんだよ!ただでさえよくわからねーお偉いさんの意地の張り合いに巻き込まれて家を追われ狭苦しいキャンプに閉じ込められてんのに、絵本を読む権利すら与えられねーのかよ!えぇ!?」
その時、将校達の頭上に大きな影が現れた。影の正体は敵が放ったであろう砲弾で、それは将校達から十数メートル離れた場所に着地し爆発した。1番近くにいた将校はその身体を吹っ飛ばされ、建物の壁に頭を打ちつけてしまった。幸い命に別状は無く目立った外傷も見られなかったので、部下達のうち真っ先に名乗り出た2人の青年が将校の胴と脚を持ち救護テントへと避難した。しかしその途中で再び砲撃に遭い、部下達と将校は散り散りに吹き飛ばされてしまった。
将校が目を覚ましたのはそれから3日後のことだった。街での戦いは終わったらしく、ほぼ焼け野原と化した街の中、乱雑に積み上げられた屍の山の麓に彼は横たえられていた。
そこへ偶然■■国の兵士が1人通りかかり、将校の姿に気づくなり「生きてら!」と他の兵士を呼んだ。
兵士達は将校の意識が明瞭であるか確かめる為にいくつか質問を投げ掛けたが、すぐに「コイツはダメだ」と悟った。将校の記憶は5歳かそこいらまで遡っていた。名前は答えられたものの所属を訊けば自身が通っていたであろう保育園の名前を出し、兵士達のことを「おじさん」と呼んだ。
「頭狂ってら。可哀想だばって置いてくしかねえけな」
「戦争に勝ったとはいえ、こういうの世話してられる程余裕無いしな」
「悪かやけど将校さん、俺達行くわ」
こうして哀れにも将校は仲間から見捨てられてしまったが、本人はよくわかっていなかった。
何だかわからないが腹が減った。喉も渇いた。将校は節々の痛む身体をやっとこさ起こし、家に帰ろうと歩き出した。しかしここは○○国のどこかの市街。辺りをどれだけ見回しても見慣れない景色ばかり広がっている。
「ここどこ…?」
泣きそうになりながら将校は歩いた。途中いくつか焼け焦げた看板のようなものが見えた。そこに書かれた字は○○国のものなので5歳の頃の彼には読めないハズなのにスラスラと読めた。また金品を狙うゴロツキが何度か彼に絡んできたが、反射的に身体が動きゴロツキ達を手際よく蹴散らした。
どうやら軍人として日常的に行っていたことは身体に染み着いているようだった。しかし彼はそんなことを理解することもなく、看板の字を読んで食べ物屋を見つければ残骸を漁り、ゴロツキに絡まれれば制圧し、時折大きな音を聞いてはパニックを起こし…という生活を本能のままに送り続けた。
1週間程同じ生活を続けると、もう家に帰ろうなどという気は起こらなくなった。彼の中で諦めの気持ちが生まれたのだ。しかし1人は心細いと思った。自分の生活に寄り添ってくれる誰かが欲しかった。
そんな矢先、将校は運命の出会いを果たした。
いつものように瓦礫を漁り食べ物を探していたところへ、突然瓦礫の陰から現れた小さな女の子。何かをものすごく恐れているようで、瞳に怯えの色を宿し荒い呼吸をしながら将校を見上げていた。
将校はこの初対面の女の子が何故だかものすごく愛しく感じられた。彼は女の子の前にしゃがみ、笑顔を浮かべて「友達になってよ」と言った。女の子は呆然としていた。女の子の背後では怪しげな男が「ヒッ」と声を上げ、将校と女の子に背を向け走っていったが、将校はそんなことなど一切気がつかなかった。
将校と女の子はしばらく見つめ合っていたが、やがて女の子が踵を返して瓦礫を漁り始めた。将校は何度か女の子に声をかけたが、女の子は彼を無視して瓦礫を漁り続けた。
友達になりたいだけなのに。寂しさで口をへの字に曲げながら女の子の背後をついて回り、そこで将校は気づいた。女の子の手には瓦礫から集めたのであろう腕時計やペンダントが握られており、時々溢れ落ちていた。
何か拾えばいいのかな。将校は手近な壁掛け時計を拾って女の子に声をかけた。女の子は鬱陶しそうな顔を将校に向けた後、目を大きく見開いた。
「何、兄さん手伝ってくれんの」
やけに大人びた口調で女の子が問うてくるのに将校は大きく頷いた。
「てつだうけど、どうするの」
「向こうの市役所跡にいる役人さんに持ってくの。そしたら食べ物くれるから」
"食べ物"という言葉に反応した将校は壁掛け時計の他に、その辺から焼けた広告や底の空いた鍋などを次々と拾い上げた。沢山持っていけば食べ物も沢山貰えると思ったからだ。すると女の子から「ただのゴミ持っていってもしょうがないよ」と怒られた。
女の子は将校にどんなものを拾えばいいのかを教えた。それに従い将校はまだ辛うじて使えそうなスーツケース、釣竿、年代物の鏡台などを抱えて市役所に持っていった。
市役所に着くと顔に火傷を負った役人の男が、将校達の持ってきた物を検査した。役人は将校の襟を見て「あれっ」とだけ呟いたが、まあいいかとそのまま検査を続けた。
「ポヤ、良い助っ人ができたね。ほら今日の取り分」
ポヤと呼ばれた女の子は役人から報酬の袋を受け取ると、中身を確かめて目を輝かせ、将校に向かって「アンタいいね。採用」と言った。
それから将校はポヤに連れられて付近の河川敷に降り、今にも崩れそうな小屋に入った。ポヤの家だという。
「なんかこわれそうじゃね」
不満を漏らす将校にポヤは「贅沢言うな」と返そうとして、言葉を失った。将校がその辺から枝や鉄棒を拾ってきて補強を始めたからだ。
「アンタ最高。ここ住んでいいよ」
ポヤは家の補強をする将校に抱きついて言った。しかし将校が抱き返すと「作業して」と突き放した。
家の補強が終わった後、夕飯として役人から貰った芋団子を食べながらポヤが将校の名前を尋ねた。将校が名前を答えるとポヤは「言いにくっ」と顔をしかめた後、将校に"ペペ"というあだ名をつけた。
「なんかかっこわりーあだ名」
「良いじゃんアンタ"ペペ"って感じの顔だし」
「ひでー」
将校は毒づきながらもポヤに名前をつけて貰ったことが嬉しかったので、しばらく「"ペペ"…"ペペ"…」と噛み締めるように呟いた。
こうして将校改め"ペペ"は、毎日ポヤにくっついて誰かの遺品を拾いつつ、時にはふざけてポヤに怒られつつ、ポヤとの共同生活を楽しんだ。相変わらず戦火の中での辛い記憶が断片的に甦ってパニックを起こすことはあったが、一人ぼっちの時とは違いポヤがそばで宥めてくれるので以前ほど辛くは無くなった。
ある時、ペペはポヤが翌日の朝食用に取っておいた芋団子を食べようとして、阻止しようとしたポヤから膝の上に座り込まれてしまった。ペペはものすごくドキドキして、ポヤが離れた後はしばらく家を出てその辺にしゃがみ込んでいた。
ペペはドキドキの正体が何だかわからなかったが、ポヤを愛しく思う心がいつもより大きくなっているのには気づいた。
このドキドキの正体がわかったら、ポヤと今みたいな生活ができなくなりそうだ。そう思って恐ろしくなったペペは、ポヤにドキドキを悟られまいと密かに決め込むのだった。
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