怒れるぺぺ

いつかの時代のどこかの星。戦争でほぼ瓦礫だらけになった街の大きな河川の畔で、孤児のポヤは心の壊れた大男のペペと一緒に物拾いのアルバイトをしながら暮らしていた。

ポヤがアクセサリーなどの細々としたものを拾い、ペペが家具や犬小屋など大きな物を運び、旧市役所へ持っていく。すると役人が拾った物と引き換えに2人分の芋団子と脱脂粉乳をくれるので、2人はそれを河川敷の掘っ立て小屋に持って帰り、半分を夕飯として食べてもう半分を翌日の朝飯に取っておく。

拾った物は役人がどこかに保管して街の復興に役立てるらしいが2人はそこまで興味が無いので割愛。


蒸し暑い夏のある日、街は激しい大雨に見舞われた。激しいといっても川が氾濫する程では無いようで、安心したポヤとペペは雨をシャワー代わりにして身体を洗った。お互いの素肌が見えないようにお互いそっぽを向いて、素っ裸になって布切れで身体を擦る。その最中、好奇心に駆られたポヤはほんの少しだけペペの方を向いてみた。つめてーとはしゃぎながらも布切れで身体を擦るペペの背中には切り傷やケロイドなど大小様々な傷が沢山ついていて、ポヤはペペが壮絶な経緯の末に子供っぽくなったであろうことを想像した。

身体を洗い終えた後、ポヤは予め拾っておいた誰かのワンピースに着替えた。ペペは上半身をそのままにズボンだけ履いて過ごそうとしたが、ポヤが「目のやり場に困る」と言うので渋々ジャケットを羽織った。


「雨水でもそこそこサッパリするもんだね」


「なー」



話しながら2人は小屋の中で寄り添い、雨が止むのを待った。激しい雨だから止むのも早いだろうと思いながら。

実際、雨は日が落ちる頃には止んだ。黒いビニール1枚で作られた扉の隙間から橙色の光が射し込むのを確認するなりペペがソワソワと落ち着かない様子で小屋を出ていった。

ペペは一体どこへ行ったのだろう。気になったポヤは少しの間煩悶した後、小屋を出てペペを尾行しようと思った。そうして黒ビニールの扉をめくり外に出ようとしたところで、ポヤは目の前に現れたものに顔を強張らせた。


「あぁーこんな所にいたのか」


ハンチング帽を被った男が口許を歪める。

ポヤはこの男に見覚えがあった。ペペと出会った日、遺品集めをしていたポヤを追いかけ回した人買いの男だ。人買いは自分の背後を振り返り「こいつです」と声をかけた。彼の視線の先には上等なトレンチコートとハットに身を包んだ怪しい男。


「今は薄汚いガキですが、ツラは悪くないし磨けばきっと光ります。是非ダンナの店に置いてやって下さい」


人買いに促され、ハットの男が品定めするように上から下へとポヤを眺める。

男達の会話から、ハットの男の目つきから、幼いポヤでも人買いが自分をどこへ売ろうとしているのか察しがついた。そして怖気立ったポヤは喉が張り裂けんばかりに悲鳴を上げた。ペペがそんなに遠くへ行っていないことを、そして自分の危機に気づいてくれることを信じて。


「おいやめろこのクソガキ!」


人買いがポヤを取り押さえ口を塞ぎ、そのまま抱き上げた。ポヤは手足をバタつかせて抵抗するが、大人の力には敵わない。


「役人が来る前にさっさと行きましょう、ダンナ!」


人買いの呼びかけにハットの男が頷き歩き出す。

直後、男のハットにとんでもない勢いで硬い物がぶつかり、ハットがパラリと地面に落ちた。


「何だ!?」


人買いが叫び辺りを見回すその間にハットの男が崩れ落ちた。仰向けで腰を押さえる男の側には、憎悪に満ちた瞳で人買いを睨みつけるペペの姿があった。

ポヤはペペが駆けつけてくれたことを喜ぶ間もなく人買いに投げ捨てられ、地面に胸を打ち呻きながら背を丸めた。その間に人買いが懐から大振りのナイフを取り出し、ペペを目掛けて走り出す。そうしてペペの懐に入り込みナイフを胸目掛けて突きつけたところで、ペペの左腕がナイフを持つ人買いの腕を絡め取り、空いていた右手でナイフを奪い取ると人買いの首に刺してしまった。血飛沫を上げて倒れ込む人買い。側で腰を押さえていた男は自分のハットをそのままに逃げていった。


こうして虫の声が聴こえる程静かになった河川敷で、完全に事切れたであろう人買いの亡骸を尻目にナイフを投げ捨てるペペを前に、ポヤは尻をついたまま徐に後退りした。

人買いの一味を制圧する手際の良さから、ポヤはペペが軍人であることを確信させられた。それだけなら良い。問題は今の騒ぎでポヤの知らない、ペペの大人としての人格が甦ったかもしれないことだ。自分が知る子供みたいなペペとは真反対の、とんでもなく冷酷な人だったらどうすればいいんだろう。

震える手足をやっとこさ動かして後退りするポヤにペペが気づき、血を浴びた顔を向けた。ポヤの心臓が高鳴る。

ペペは悠然とした足取りでポヤに歩み寄るとしゃがみ込んで顔を近づけ、そしてワッと泣き出した。


「ポヤ~!やばかったな~!」


「えっ」と面喰らうポヤの小さな身体を抱き締めやばかったやばかったと連呼するペペ。ポヤの知る子供みたいなペペがそこにいた。

ポヤはしばらくペペの腕の中で呆然とした。二重人格の人間でも見ているような気分になった。しかし何はともあれ、人買いに狙われる心配は無くなったしペペもいつも通りの様子に戻ったのだ。安心したポヤは「なんで斜め下に語彙力無いの」とツッコミを入れてペペの腕を離れた。それからワンピースでペペの顔についた血を拭いつつ言った。


「あの人片付けなきゃ。ペペ手伝ってね」


ペペはポヤの血を拭う手に身を任せながら、人買いの亡骸を一瞥して「うん!」と元気よく頷いた。直前に人をあやめたとは思えない程爽やかな笑顔にポヤは少しだけ身震いしたが、とりあえず今は優しいペペがそこにいるしあんまり色々考えないようにしようと思ったのだった。

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