魔物退治屋リボン

@yuhi0415

第1話「始まり」

「もう……もう、時間がない」


白い、ただただ広い白い空間の中、女性は佇んでいた。

女性はポロポロと涙を流す。

……どうして、泣いているの?


「早くしなければ……許せ、私は……お前を―――」


一体誰なの?どうしてそんなにも、苦しそうで……。

女性はシンと静まり返る空間の中、ぽつりと呟く。


「この手で……殺す」






ピピピピピと目覚ましが鳴る。


「リボン、リボン!!起きて、朝だよ!!」

「うーん……もうちょっと……」

「ダメだよ、時計を見て!」


ぼやけた視界の中、ピンク色の生き物を捉える。

手のひらサイズのそれは、天使のような小さな羽根でふよふよ私の頭周りを飛び回っていた。

そこから視線を時計へと移す。

時刻は8時を回っていた。


「……は……は!?や、やば!!どうして起こしてくれないの、ポポル!!」

「いや、起こしたじゃないか……ほら、着替えて!髪を結って!」


私はガバッとベッドから起き上がり、勢いよく服を脱ぐ。

ハンガーにかけられていた制服を被るように着た。

そして鏡を見る。寝ぐせを整え、真紅のリボンで二つに結った。

その勢いのまま部屋から飛び出し、リビングに向かう。


「セイラさん!!朝ご飯!!」

「あら、そんなに慌てなくても……」


食卓の向こうには薄紫色の長い髪を流した、少女が立っていた。

彼女の名前は倉里セイラ。私の同居人。


「ちゃんと用意できてるわ、リボンちゃん」


そう、私。峯明リボン12歳は遅刻の窮地に立たされている。

まるで普段遅刻ばかりしているようだが、違う。断じて違う。

これには理由があった。


「もしかしてまた?遅くまでやっていたの?」

「うう……そうなんだよ、また"退治屋"のお勉強会してたから」


どっかの魔物退治屋さんに。そう言いかけた時だった。


「へぇ、そりゃ大変だったな。リボン」


綺麗な金髪、黒いバンダナを額に当てた少年は、こちらを見据える。

優雅にコーヒーを飲みながら、余裕の表情を浮かべていた。


「うぐ、岸……岸のせいでしょ!鬼畜!」

「理解するのに時間かかりすぎなんだよ、お前は。もっと魔物退治屋としての自覚をだな」


この人は榎條岸、セイラさんと同級生の15歳。

"魔物退治屋"というワードが飛び交う。

……この世界には、魔物という生き物がいて。

それは簡単に言ってしまえば、人間の敵。ある者は襲い、喰らいさえする。

そんな魔物を退治する……それが私たちだ。


「岸もセイラさんも強いんだから、私がならなくたっていいじゃん。そもそも私、覚醒すらしてないのに」

「馬鹿だな、お前。戦力は多い方がいいに決まってるだろ」


セイラさんが用意してくれていた目玉焼きに、箸をつけながら文句を垂れる。

私が食べている間、岸は延々と退治屋の必要性を語っていた。


「もう!とにかく私行ってくるから!今日係だし」


そう言って、食器を片付け身支度を整えると、玄関へと向かう。

すると岸に呼び止められる。


「リボン、忘れもんだ」


ひゅっと岸から投げられる物を、私は慌ててキャッチした。

私の手の中には、月のペンダントが。


「あっ……すっかり忘れてた」

「自分の身くらい、自分で守れるようにしろ」

「いってらっしゃい、リボンちゃん。また後でね」


私はこくりと頷くと、アパートのような外見をした家を後にした。




始まりは千年前の出来事らしい。ある不思議な力を持った女性が、魔物に襲われていた村を救った話。

その女性は私たちの祖先と言われていて、名前は……忘れてしまった。

そんな力を引き継ぐ私たちは、一定の年齢になると親元を離れ、同じ年齢の少年少女たちと暮らすよう命じられる。

岸もセイラさんも、退治屋としてはとても強い。

……私だけ、置いてけぼり。


「まあ、元々。私退治屋になんかなりたくないんだけど」

「リボン、いずれは君も覚醒して、仲間に……」

「その話、聞き飽きたよ。ポポル」


ポポルは力のない私の身に何か起こった時のための、連絡手段として。

そして私の使い魔として一緒にいてくれる、小さな魔物だ。


「なりたくないものに、どうしてならなきゃいけないの」

「リボン……それは」

「もう、やだ!皆して!」


私はぷんぷんと怒りながら、登校する足を速める。

ポポルは複雑そうに、けれど私の傍についてきた。








学校のチャイムが鳴る。一日の終了のお知らせが、教室に響き渡る。

疲れて机に突っ伏していた私に、緑色の髪をした少女が声をかける。


「リーボン!」

「あっ……美衣ちゃん……おはよ」

「おはよ……ってさっきも話したろ!!ほらほらさっさと帰ろ!!」


この子は愛内美衣ちゃん、少し強気そうな子で私の親友の一人。

そしてもう一人が……。


「あのう……私は今日クラブがあるので……」


ブロンドの髪にパーマがかかったようなふわふわした髪の子が、こちらにやって来る。

少し気弱そうな女の子。


「シルクちゃん、今日クラブかー!じゃあ先に帰ってるね」

「シルク!また明日ねん!」

「はい、二人とも、また明日」


白谷シルクちゃんはニコッと笑う。

私たちはシルクちゃんに別れを告げると、教室を出た。





「今日のテスト、最悪でしたの……奥さん」

「アンタいっつもそんなこと言ってない?リボンさんよ」


他愛もない会話をしながら、歩いていく。

すると美衣ちゃんがビクッと体を揺らした。


「どうしたの?」

「あー!宿題のプリント、忘れてきちゃった……取ってくるわ」

「じゃあ、ここで待ってるね」


慌てて戻る美衣ちゃんの背中を見ながら、私はふと今朝のことを思い出した。

自分の身は自分で守れ。退治屋という自覚を忘れるな。

……そんなこと、言われても。


「ねえ、リボン。……何だか変な感じがするんだ」


ポポルは通学カバンから顔を覗かせると、不安げに私にそう伝えてきた。

その時、私の体もざわつき始める。

気持ち悪い、この感覚。私は経験したことがある。


「ポポル……これって」

「うん……魔物だ!それもかなり近いよ」


そう話しているうちに、辺りがざわめき出す。

私の教室の方から、人が逃げ出し始める。


「……美衣ちゃん!!」

「あ!ちょっと、リボン!?」


私は何も考えずに、頭が真っ白なまま駆け出した。

人の波に逆らいながら、一目散に向かう。

開かれたままのドアから、悲鳴が聞こえてきた。


「美衣ちゃん!?」


私が駆けつけた時。

大きく黒い猫のような化け物と、教室の端に追いやられた美衣ちゃんの姿を捉える。

禍々しいオーラを放つ化け物……魔物は、こちらをゆっくりと見た。

私は構わず、美衣ちゃんに近寄ろうとする、が。


「ば……馬鹿!来るな!リボン逃げて!!」


美衣ちゃんのその一言に、私はハッとなる。

そうだ、私に何が出来る?

岸やセイラさんのようには、私は戦えない。


『小娘……忌々しい匂いがするな。退治屋か……しかし、戦えないようだな、なら』


魔物は美衣ちゃんに向けて、鋭い爪を首元に当てる。


『この娘が殺されるところを、見ているがいい』

「あ……あああ……」


私は、何も、出来ないの?

このまま、友達を殺される姿を……見ることしか……。


なんで……なんで、いつも。

助けられることしか。


「……い」

「り、ぼん?」

「嫌だ」



そんなのは―――もう、たくさんだ。


私の体に光が満ちる。私は月のペンダントに祈りをささげる。

美衣ちゃんを、助けたい。

すると月のペンダントは、その姿をロッドへと変える。

追い付いたポポルが、驚愕しながら呟いた。


「リボンが……覚醒した……」


私はロッドを見つめ、思い返す。

今まで岸から教わってきた、ありとあらゆることを。

思い出せ、思い出せ!


『チッ……覚醒したか。なら、お前から殺してやろう』


魔物の矛先が、美衣ちゃんから私へと変わる。

私は目を瞑る。一つだけ、一つだけあった。

その時、魔物の爪が私へと振り下ろされる。

美衣ちゃんとポポルが、同時に私の名を叫ぶ。


「―――風神波!!!」


私は思い切り、魔物に向かってロッドを振るう。

すると、風の刃が魔物を切り裂く。

魔物の断末魔が、教室に響き渡った。

切り裂かれた魔物は、すうっと消えてなくなった。


「お……終わった……?」


私はガクンとその場に座り込む。

美衣ちゃんとポポルが、心配そうに駆け寄った。


「リボン!リボン……アンタ……」

「大丈夫!?怪我してない!?」

「う、うん。だ、大丈夫……」


すると美衣ちゃんは、私をぎゅっと抱きしめた。

私は何が何だか分からないまま、美衣ちゃんに問う。


「美衣ちゃん……?どうしたの?」

「馬鹿ぁ……リボンの馬鹿……逃げろって言ったのに」


美衣ちゃんがそのまま泣き始める。

私も、つられて泣いてしまう。


「ば、バカバカ言わないでよ!バカ!!」

「あらあら、終わってしまったみたいよ。岸」

「みたいだな」

「!!岸、セイラさん……」


セイラさんはニコニコしながら、ひざを折り私の頬を撫でた。

岸は……相変わらず、無表情だった。腹が立つ。


「よく頑張ったわね、リボンちゃん。お疲れ様」

「うう……セイラさぁん……」

「初めてにしては、上出来か。よしよし」


岸はそう言うと、私の頭をポンポンと撫でる。

……ツンデレか!!


美衣ちゃんが私の顔と、二人の顔を交互に見る。


「アンタ……退治屋だったんだね」

「うん、ごめんね。危ない目に遭わせちゃった……」

「なーに言ってんの!!かっこよかったよ、リボン!!」


美衣ちゃんはそう言うと、ニカッと笑った。

私はいつもと変わらない彼女の笑顔に、ホッと胸を撫でおろした。







「……さて、こうなった以上、リボン。分かってるな?」

「へ?」


私は思わず間抜けな声を上げた。

な、何だか嫌な予感がする。


「これで私たちの仲間入りね、リボンちゃん!」

「い、いや……その……?」


私の嫌な予感は、着々と現実味を帯びていく。


「あとは退治屋本局部……本部に行って、登録作業をすれば……お前も正式な。立派な魔物退治屋だ」

「おめでとう、リボンちゃん!」

「何だか知らないけど、良かったね!リボン」

「い……いやいやいや!!」


岸は一言「覚悟しておけ」と。

私はその言葉に、拒絶反応を起こし、天に向かって叫ぶ。


「いやああああああ!!絶対いやああああああ!!」

「諦めろ、これが退治屋の"運命"だ」

「ぬぁにが運命だ!!変えてやる!!そんな運命変えてやるーーー!!」


私の声は虚しく響き渡り。

こうして、私は退治屋としての人生に、幕を開けてしまったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔物退治屋リボン @yuhi0415

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ