第18話 偽りの姿

 ボクが武器を持って立ち上がった瞬間、ガイはピタリと動きを止めた。

 さらに彼は、こちらを睨んで言葉を発した。


「まだ生きてんのか、お前。なんだ、憔悴して無えと殺す意味ねえじゃねえか。」


「ちょっと昔を思い出していてね。死にかけたよ。」


 ハンスに言われた通り、まずは体力回復のために時間を稼ぐ。会話を繋げるのだ。


「そういえばガイ、一つ聞きたい事があるんだけど、よくあの家から脱出できたね。さっき君に会った時は驚いたよ。まさか生きてるなんてって。」


「ああ、当たり前だ。あんなとこ抜け出せるに決まってる。」


「そりゃ良かったよ。心配はしてたからね。」


 ボクはガイと話す裏で、こっそりと右腕の止血をする。

(止血はこれでよし。後は少しだけ体力を...。)


「で、エリセスよお、休憩の時間稼ぎはもう良いのか?」


「バレてたか...。あはは...。」


「態度が変わりすぎだ。こんなモン誰でもわかる。」


「ねえ、ガイ。どうやって脱出したの?」


「あ?最近は警備が緩くなっててな。簡単に抜け出せた。」


 言葉のどこかに違和感を覚えた。いったいどの言葉だろうか。まあ良い。

 会話をさらに続ける。


「因みになんで、盗賊をやっているの?」


「生き残る道は、それ以外に無い。闇に堕ちて外道になる以外はな。俺達は暗殺一族なんだぜ?お前が異常なんだ。」


「長い間、よく一人で生きていけたね。」


「あん?俺は外に出て2年くらいしか経って無えっつうの。」


 その言葉を聞いた時、ボクは動揺し、混乱してしまった。

 何を...言ってるんだ?ガイは1年しか生きられなかったはず。アルヘルム家は処刑執行は確実にやる。脱出できるのは1年以内だろう。

 

それなのに...2年?4年は屋敷にいた事になる。おかしい。おかしすぎる。こいつはまさか...。

そこでボクは、ある質問をしてみた。


「ガイ。君は......誰なんだい?」


 ガイは驚いたような顔をしている。普通なら、こんな質問は受け流すだろうが、この顔からして図星だ。この男はガイじゃない。


「何言ってんだ。俺はガイだ。頭おかしくなったのか?」


 声色から、ガイの焦りが窺える。もう一押しだ。あと一押しで落ちる。


「それじゃあガイじゃなくて、ガイの中の人に聞こう。君は誰だい?」


 ガイの体がビクッと震えた。これで完全に勝った。体力も充分回復したし、時間稼ぎももう充分だろう。


 問題は、この男が誰か、と言う事だ。今までの言動から考えてみる。

 ボクやガイの事を知っていて、ガイが裏切った時その場にいなかった人物。ボクとは面識があるのだろう。ガイともあるみたいだ。

 そう考えた時に、当てはまるのはたった1人。その男は、


「もうバレちまってるなら、ガイに変装しなくて良いな。」


 そう言って、ガイが顔を引っ張った。どうやら覆面だったようだ。覆面のマスクを脱ぎ捨てる。

 中から出てきたのは、ボクがいつも見ていた顔だった。いつもみんなをまとめて、兄弟の柱になっていた男。

そう、あの男だった。


「俺はアイフ・アルヘルムだ。」


 ボクの予想が的中した。

 彼はガイ・アルヘルムではなく、アイフ・アルヘルムだった。

 早速アイフへの尋問を開始する。


「アイフ...なんでこんな事をしたんだ!」


「だから、俺は金で雇われちゃいるが、フレイスの兵士なんだ。ゲルンのやつらを殺すのは当然の事だ。」


「クズめ...。」


「今更何言ってんだ。俺は元々クズなんだよ。」


「なあ、エリセス。クレアが死んだ時、あっただろ。あの時俺が一緒に居たよな?」


「それが...なんだって言うんだ。」


「分かるだろ?うちの親父なら、人間の1人や2人、いや5人や10人くらいなら、一斉に殺せるんだよ。」


「その時、どうしてクレアがやられて俺が逃げられたと思う?」


「なんでって...まさかアイフ、キミ...!」


「クレアは良い盾になってくれた。おかげで3回も親父の攻撃を防げたよ。」


「ふざけるな!クレアは君の盾じゃない。妹なんだよ⁉︎それなのに...このクズ野郎!君は絶対に殺す。ボクの命に変えてもだ。何があっても。」


「威勢が良いのは構わないが、勝てるわけは無いだろう。お前は弱い。事実、さっきは死にかけていただろう。」


「死にかけても、死ななければ良いんだよ!」


 最初に交戦した時から久しぶりに、刃を交える。今は右手が使えないので、拳銃を構えられたら抵抗できない。


「今俺が拳銃を使ったらお前は死んじまうなあ、エリセス。」


 嫌な事を的確に言ってくるやつだ。

 こんな言葉を気にしている暇は無い。コイツに勝つ方法を考えなければいけない。

 利用すべきは地形だろう。この地形は戦闘に活かしやすい。だがそれは、相手にとっても同じ事だ。どうするか。

 そして自分の発言をふと思い出す。


 『ボクは命をかけてでも君を殺す!』


 ...良い案を思い付いた。これならいける。

 ボクの命を賭してコイツを殺す方法を思いついた。

 ナイフを離し、アイフと距離を取る。


「アイフ、ボクはさっき、命を賭けてでも君を殺すと言ったよね。それは本当の気持ちだ。で、今いい事を思いついたから、キミを殺す事にしたよ。」


「殺ってみやがれ、エリセス。」


 ボクは自分の懐から玉鋼のナイフを取り出し、近くにあった木の幹を数センチの厚さに抉りとった。そして、その棒にマッチで火をつけた。


「火を付けるのは明暗だが、そんなモンどうすんだ?俺は炙れ無えぞ。」


「炙るのは君じゃ無い。この森だ!」


 ボクは火のついた棒を林に向かって投げた。途端、木々に火がつき、一斉に燃え広がった。

 ボク達の周りも、すぐに火で囲まれた。


「これで逃げられないよね。キミも、ボクも。」


「なるほどな、この状況で俺を殺そうって訳か。流石にこりゃちょっとキツいな。」


「キツいっちゃキツイが、いけない事もないな。それに、死ぬのはお前だけだ。」


 アイフはそう言って拳銃を取り出し、再び戦闘を開始したのだ。

(この状況で戦闘って、何考えてんの、アイフ⁉︎)

 自分で仕掛けたは良いものの、全く案が浮かばない。このままでは自分の炎に焼かれて死ぬのがオチだ。


「なあ、エリセス。あの木、燃えてるだろ?」


「あそこの木によ、人を押し付けたらどうなるんだろうなあ?」


 この後アイフに捕まれば、どうなるかは察しがついた。しかし、片腕のボクではどうする事も出来ない。

(くっ...せめて両手が使えれば、もう少し抵抗できたのに...。)


 必死にナイフで応戦するも、押し負けて地面に転がり込む。

 上から押さえ込まれ、抵抗できない状況となった。


「残念だったな、エリセス。ここまでやってもまだ、俺には勝てないんだからな。本当に残念でならないぜ。」


 そう言ったアイフの顔は、狂気の笑顔に満ちていた。ボクが死んだあと、ベリィ達にとどめを差しに行くのだろう。

 それすらも避けられない自分が嫌だ。


 昔から、何一つ変わっていない。守るべきものを、守りたい時に守りきれない。

 そんなのは嫌だ。と思って志願した兵士だったが、その結果がこれだ。


 ボクは人を死なせる事しか出来無い、疫病神なのだ。死神なのだ。

 何も出来無い、落ちこぼれのエリセスなんだ。


 今度こそ本当に潮時だと思い、ボクはアイフに抵抗はしなかった。木の側まで持って行かれる。そして、木に押し付けられて、


 バシャ!と不意に水が掛かった。木を燃やしていた火は消え、熱が奪われていく。

 突然何があったのかと思い、目を開けてみる。


「なんだ、お前ら。今俺はコイツを殺すのに忙しいんだがよ。邪魔しないでくれ。」


「悪いが、こっちは彼女の友人なんだ。友人が死ぬのをそう簡単に見過ごすわけにはいかないんだ。」


 そこには、ボクの友人2人が立っていた。


「お待たせ、エリセス。私達はエリセスの手伝いに来た。」


「俺ぁ反対したんだがコイツがよぉ...。」


 そう、ボクの友人2人、ルディア・ソラリアとザクロス・フォーゲンバーグである。

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