第16話 脱出

 次の日の朝、ボク達はいつも通りに過ごす事にした。父や母に極力感づかれない様にするために。


 平静を装うというのは結構体力を使うもので、最初は緊張のあまり、訓練がまともに出来なかった。みんなもかなり頑張っている様で、気を張っていないのはデルタだけの様だった。


 デルタはもともと、暗殺家一族のわりに優しい心の持ち主だ。次男特有の優しさというのだろうか。そんな彼だったが、なんでもそつなくこなし、様々な分野における非凡な才能を大量に持っている。


 こんな天才とも言える彼が、次期当主にならないはずがなかった。父や祖父からの期待が最も大きかった。

 まあ実際、彼は当主になる事が決定しているのだが、デルタはまだ知らないだろう。


 今日でこの訓練も終わりだ。と思いながら訓練をしていた昼下がりの事。事件は起こった。

 ボクがナイフの訓練をしていた時、突然


 「う、うわああああああ!」


 というクレアの悲鳴が聞こえた。急いでクレアがいる場所に駆けつけてみると、いつの間にか全員が集まっていた。


 そこには背中をパックリと斬られ、心臓辺りが貫通している状態で血を流している、ファネットの姿があった。


「ファネット?冗談だよね、昨日約束したじゃん...!」


「そんな...ファネット...。」


「なんでファネットがこんな事に...。まさか、もう始まって...!」


 ボク達がそんな事を言っている中で、1人だけ不思議そうな顔をしている男がいた。

 もちろんデルタだ。


「待って。まず、ファネットっていうのはなんだい?この子の名前は『F』だよ。そんな事より、こんな酷い事をした奴は誰なんだ!」


 デルタは怒りに震えている。だが、まさかそれが、父親のやっている事で、次期当主である自分のために兄弟を殺している。なんて事は一生思いつかないのだろう。


 ファネットが死んだ時、ボクは父が当主以外を殺し始めたのだと思った。もしもその時、もう一つ別の可能性を考えていれば、ほんの少しだけでも回避できる確率が上がっていただろう。


 その日の夕食の後、ボク達はもう一度集まった。


「ファネットが殺された。みんな、用心しないと殺されちゃうよ。なんとかして明日の朝まで生き残らないと、脱出前に死んじゃうよ。」


「わかってるよ...。ファネットの分まで人生を楽しまなきゃいけないんだよね!」


「そう、ボク達は絶対脱出するよ。皆で、新しく生きよう!」


  「「「「「「おー!」」」」」」


 その後、解散となったのだが、ハンスが不安そうな顔をしていたので、声をかけてみた。


「ハンス、不安?」


「ちょっと不安。ファネット姉さんみたいに

なっちゃうんじゃないかと思って。」


「確かにね。でも大丈夫だよ。ボクが守ってあげるから。」


「エリセス姉さん...!」


 ハンスは少し明るさを取り戻した様で、安心した顔で帰っていった。


 そしてもう1人。


「ガイ、まだ帰ってなかったの?」


「チッ、バレたか。」


「当たり前でしょ。」


「へいへい。...1つ、言わせて貰うぜ。

俺はこの計画、かなりリスクが高いと思ってる。確実に誰か死ぬだろうし、全滅する確率の方が高い。」


「だからって、大人しく死ぬ訳にもいかないでしょ。少しでも可能性がある方に動かないと。」


「...そうだな。」


 ガイはなんだか暗い顔をして自室に帰って行った。

 その後ボクも、明日の朝に備えて早く寝る事にした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 翌朝、日が昇る前に、ボク達は屋敷の外に集まった。

 各々準備を整え、これから脱出するのだ。


「良し、皆来たね。これから2人ずつに分かれて行動しよう。何かあったらいけないし、それが良いと思うんだ。」


「配分はどうする?」


「アイフとクレア、バジリアとガイ、ボクとハンスで行く。」


「ルートはどうするの?」


「ここからぐるっと回って山を下る。ちょっと遠回りだけど、その方が安全だからね。」


「分かった。じゃあ今すぐ出発しよう!」


「うん。皆で脱出するぞ〜!」


 ボク達はそれぞれ100mくらいの距離をとって下る事にした。少し早歩きだ。

 安全策をとっているのだから、そうそう何もないと思うが、念には念を。だ。


 ボクは歩きながら、いろいろな事を考えていた。

(外の世界に出たら何しようかな...。バレスが教えてくれたこと以外のこともたくさん知りたいな。...そうだ!学校に行こう!皆で住んで、仲良く暮らして...。)


 この時のボクはなんと迂闊だっただろう。

 外に出られるという事に浮かれ過ぎていたのだ。この山で安心して良い場所なんて無い。という事を忘れていたのだ。


「ねえ、エリセス姉さん。さっきから動物が騒がしい気がするんだけど。」


「まあ、確かにね。ボク達が通ってるからじゃない?」


「そうだったら良いんだけど...。」


 こういう時、ハンスの観は結構信用できる。ボクは少しだけ、

(一応、まだ気を抜いちゃダメだよね。)

 と気を引き締めた。


 結局、その後何事も無く、山の標高300mくらいまで来る事が出来た。一度気を引き締めたボクも、完全に気が緩んでいた。

 そんな時だった。


 木々が風に揺られ、動物達が今までに無く騒がしい。先程まで比べ物にならないほどに。


「みんな、何か来てるかも!気をつけて!」


 ボクは一斉に呼びかける。兄弟達が周囲を警戒する。

 そして、それは10mほど離れた影から姿を現した。


「お前達、こんな所で何をやってるんだ?」


 その姿は、紛れも無い父の姿だった。

 父が何故ここにいるのか。ボク達はそれを察知し、最大の身の危険を感じた。

 父に遭遇するのは、非常にまずい。

 最も避けようとしてきた相手だ。


「デルタ以外は全員ここにいる、か。情報通りだな。」


 (情報?今情報って言ったの?なんでそんな事知って...まさか、この中に内通者が居る?)


「お前達、何やらここから抜け出そうとしているらしいじゃ無いか。そんな事を許した覚えはないぞ。罰が必要だな。」


「そうだな...。罰は“死”にしよう。それが良い。まあどうせお前達は3日の間に殺していた。それが早まっただけだ。」


 父が話を終える前に、ボク達は全力で走り出していた。命の危機を感じていたのだ。


「待てまだ話は終わってないぞ。話終わる前に駆け出せなどと教えた記憶は無いのだが。」


 そう言って父は爆速で追いかけてくる。

速い。速すぎる。このままではすぐに追いつかれてしまう。


「くっ...。みんな!別の方向に散らばって!」


 ボクが叫ぶと、すかさず父が話出す。


「散らばっても意味はないぞ。死ぬのが早いか遅いかの違いだからな。」


「仕方ない。まずは『E』と『H』、お前達からだ。」


「ボク達には、エリセスとハンスって言う名前があるんだよ!」


 ボクは仕込んでおいた拳銃を父に向ける。

 発砲したが、父は死んでいない。しかし姿が消えている。どこに...。


「動作が遅いぞ。走りながら撃ってはいけないと教えただろう。『E』。」


 なんと、父はボク達の前にいた。急いでナイフを取り出し、前の父に向かって刃を向ける。

 刺してみると、今度は横に行っていた。


「ナイフの動きがなってないな。ちゃんと訓練していたのか?」


 父はそう言って、横からボクを蹴飛ばした。


「がっ!」


 ボクは地面を転がる。


「体が鈍っているんじゃないか?耐性がなさすぎるな。だが、『E』は落ちこぼれ。仕方のない事だ。」


 さらに父は、ハンスも蹴飛ばした。


「『H』もやはり落ちこぼれだな。お前はいつまで経ってもアルヘルム一の落ちこぼれだ。」


「ぐっ...。」


 ボクはハンスを抱えて走り出した。さっき蹴られた脇腹が痛い。しかし走らなければ死んでしまう。


 進行方向には、ちょうどバジリアとガイが走っている姿が見えた。


「ガイ、バジリア!お父様が来てる、気をつけて!」


 続けて父もやってきた。


「お、『B』に『G』じゃないか。今からお前達も訓練するか?」


「ちょっとエリセス、なんでこっちに連れてきてんの⁉︎」


「『B』、その言い方は良くないな、訓練に付き合ってやろうと言うのに。」


「あ、それともう一つ言っておこう。」


 次に父が発した言葉に、ボク達は耳を疑った。



  「情報提供ありがとう、『G』」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る