第14話 アルヘルム一族

 ボク達が産まれついたのは、フレイス王国のある一族だった。

 彼等は姓をアルヘルムと言った。

 アルヘルム一族は、昔から暗殺家業を生業としている家だった。それこそ、2000年前の大戦が起こるさらに前から。

 

 アルヘルム一族は、暗殺専門の一族という事もあり、国からは存在を隠され、誰にも見つからない山奥の屋敷に住んでいた。

 たまに迷い込んでしまう旅人や行商などが居るが、口封じのために迷わず惨殺されるので、秘密は保たれて来た。


 また、古来よりアルヘルム一族には不思議な習慣があり、産まれてから一人前になるまでは名前が貰えないのだ。そのため、ボク達はいつも、長男から順にアルファベットの「A」「B」などと呼ばれていた。


 エリセス・アルヘルムはそんな一族の中で、当主の5番目の子どもとして生を受けた。

 彼女に最初に付けられた名前は「E」、5番目という意味だ。


 エリセスの上には当初4人の兄弟がおり、長男、長女、次女、次男がいた。

 さらにその後、下に三女、三男、四男が産まれたので、合計8人の兄弟となった。


 父親はアルヘルム家の当主、母も一流の暗殺者という事で、もちろん戦闘教育をたくさん施された。

 毎日毎日苦しい訓練を続ける。時には山で動物を狩ったり、時には国から提供される奴隷を使って殺しの訓練をする時もあった。


 訓練を担当するのは基本父親で、かなり厳しい親だった事を覚えている。それに対して母親は優しく、ボク達は母を慕っていた事も覚えている。


 そんな毎日を当たり前だと思っていた。それもそのはず、外の世界へ行った事は無いのだから。世界中の全員が、この様にして幼年時代を過ごしているものだと思っていた。

 

ボクが10歳くらいだったある日の事、ボク達のその日の訓練は、

「山でイノシシを5匹取ってくる事。制限時間は1時間」

 というものだった。ボクは順調にイノシシを狩っていき、30分で5匹を完全に仕留めた。

 イノシシの首を持って、ゆっくりと帰路に着く。


「残り時間は30分、だいぶ余裕を持って帰れるな〜。」


「イノシシの親子が居たのはデカかったかもね〜。」


 そんな事を呟きながら、帰宅していると、人影が目に入った。

 山の中に迷い込んだのであろうか、8歳くらいの子どもが居た。


 一般人が山の中に迷い込んでしまう事がある、という話は聞いていたが、直接遭遇したのはこれが初めてだったので、驚いて咄嗟に身を隠してしまった。


(あの子...外から来た子だよね?お父様は「遭遇したら殺せ」って言ってたけど、ボクみたいなのが勝手にやって大丈夫なのかな?)


 見て見ぬふりをしておこうかとも考えたが、『それにしても、子どもが1人でこの山に来るなんて、どうしたのだろうか。』という好奇心が勝り、ボクは声をかけてみる事にした。


「こんにちは!こんなところで、何をしてるのかな?子ども1人じゃ危ないよ?」


「君だって子どもじゃないか。」


「う...。ボクはここの近くに住んでるから良いの!」


「ふーん、まあいいや。俺はバレス。散歩でいつもと違うところ歩いてたら、迷っちまってな。お前はなんて言うんだ?」


「え?ば、バレスって何?そんな文字無いよ?」


「は?文字じゃねえよ。名前だよ。」


「名前って、一人前にならないと貰えないんでしょ?」


「一人前?なんの事だ?名前は生まれた時につけてもらうものだろ?」


 そこで初めて、気付いてしまった。自分の家が他とは違うと言う事に。外に対して異常である事に。


「ボクは名前ないよ。アルファベットの『E』って呼ばれてる。」


「お前、名前がないのか...。じゃあ俺がつけてやるよ。」


「え⁉︎そんなことして...良いのかな?」


「Eっていうのを頭文字に取るとして...。」


Elyseesエリセスってのはどうだ?」


「エリセス...良いかも。」


「良し、じゃあ今日からお前はエリセスな!」


「うん!」


 そこで初めて、エリセス・アルヘルムが誕生したのだ。「E」がエリセスになった瞬間だった。

 その後もボクは自分が常識だと思っていた事の数々を覆された。普通の子どもは学校に通う事、イノシシ狩りなんてし無いという事、その他にもたくさんの事を教わった。


 だが、心の中で薄々気付いていた。バレスという子が侵入者に判別される事に。見つかってはいけない事に。


「後な、こういうのもあるんだ。」


「なになに⁉︎」


 ボク達が話をしていた時。後ろから低い声がした。


「すでに制限時間を何分も超えているのに帰ってこないと思っていれば、こんなところにいたか。『E』」


 考えるのを避けていた事が起こった。いつかはそうなると思っていたのに。

 振り向かなくても分かった。いや、理解させられた。声の主は父親だ。


「しかも侵入者を殺さずに放っておいた上、情報交換をしているだと?」


「ち、ちがうんだよお父様。ボクは別に...」


「黙れ!この出来損ないが!そんなだからいつまで経ってもお前はこんななんだ!侵入者は見つけ次第殺せと言っただろう!」


「...はい。ごめんなさい。」


 その時、バレスがボクの前に立ちはだかった。


「エリセスを虐めるな!エリセスは何もしてない!」


「バレス、ダメだよ!」


「エリセス...?なんの事だ。...まあそんな事はどうでも良い。お前は殺す。」


「何言ってるんだ!殺すなんて言っちゃいけないんだぞ!」


「バレス、早く離れて!死んじゃうよ!」


「子どもは面倒だ。だから好まないのだ。」


 そう言って、父はナイフを取り出し、バレスの首を掻き切った。バレスの悲鳴が聞こえないほど早く。


「あ...バレス...?」


 バレスの首が転がっていく。首の付け根からは血が吹き出している。


「さて、戻るぞ。『E』、お前はしばらく監禁させてもらう。」


「バレス...。なんで...。」


 たった数十分話していただけの他人。それでも、友達の様に思っていた。それなのに、その友人を死なせてしまった。自分のせいだと分かっているから、余計に傷ついた。


 その夜、ボクは離れに閉じ込められ、1人で懺悔をしていた。


「バレス、ごめんなさい。..ごめんなさい。」


 何度も何度も謝った。誰にも聞こえない様な小さな声で謝った。心の中で、謝った。

 何時間も泣いた。たくさんの涙を流した。

それでもバレスには会えないのだ。


 それから一週間ほど後、ようやくボクは監禁を解かれた。その時には既に、父親のやり方に疑問を持っていた。ボク達がやっている事は、正しい事ではないのかもしれない。そんな事ばかりを考える様になった。


 ある日、ボクが訓練をしていると、三男の「G」が話しかけてきた。


「E、侵入者とお話してたんだろ?それで父様に怒られたんだってな。」


「う、うるさいな!良いでしょ、なんだって...。」


「俺だったら見つけた瞬間に殺すけどな。」


「Gはなんでもできるから良いかもしれないけど、ボクは出来なかったの!もう良いでしょ。」


「へ〜。姉さんさ、そういうの世間でなんていうか知ってる?」


「な、何?」


「“甘い”って言うんだぜ。しかも、姉さんにもアルヘルムの血が流れてるんだから、戦闘衝動は強いはず。それでもやらないんだからタチが悪いよな。」


「な、なんなの?ボクが甘いって言いたいのかな?だから上達しないと。」


「いや、なんでもない。忘れてくれ。」


 そう言って、Gは去っていった。

 『G』は三女と双子で、ボクより一つ下だ。何事も上手くこなしていて、とても9歳とは思えない。次男と並んで次期当主に期待されているのだ。

(ボクだってキミみたいになんでもできたら苦労しないよ!)


 そう思いつつも、羨ましい気持ちが少しある事には触れないでおこう。

 その後ボクはまた、訓練を再開したのだった。

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