第18話

「げ、あんたのせいか!」


 俺が突如、樹木に向かって話しかけたので、一瞬水瀬は驚いた顔をした後に、すぐさま俺の腕を掴んで引っ張ってきた。


 美少女に腕を掴まれるというのが、妖怪と話しているからという何とも非現実な場面であることを除けば、またとない嬉しい出来事である。だがしかし現実としては、さえない眼鏡の男が、巨木に向かってしかめっ面で話しかけるという粗末なものである。


『ふふふ。あんたのせいか! せいか! せいか!』


「あーもーやめてくれ。くだらないことをこだまするな!」


『するなーするなーするなー!』


 俺は歯を食いしばって次に出てくる言葉を飲み込んで、髪の毛をむしゃくしゃと掻きむしった。


「ねえねえ、飛鳥! いるの? やっぱり木霊いるの?」


 うるさい、と言いたいのを我慢して、俺はしぶしぶ巨木を指さす。それに水瀬が表情を輝かせた。と同時に木霊が顔をしかめる。


『こら。指を差すな若造。失礼ではないか』


「失礼も何もあるか! 仕方ないだろ、なんか言うと返されちゃうんだからっ……て、言うなよ、こだまするなよ? じゃないと話が進まないからな!」


 ふふふ、と木霊がこだましようとした瞬間、水瀬が巨木に抱きつくように手をそっと伸ばした。木霊が驚いた顔をして言葉を飲み込むのが分かって、俺はしめた、とそのままにしておいた。


「ねえねえ飛鳥、この木に木霊がいるの? どこにいるの?」


 水瀬はきょろきょろと空を覆うかのように広げた枝葉の方を見つめている。


『何だこの娘は、わしの姿が分からんのか?』


「水瀬。水瀬が手を伸ばしている木自体が木霊だ。木霊っていうのは、そういう長生きした木に宿る妖怪……精霊というか、そういうやつだ」


 水瀬はそうっと、まるで壊れ物を扱うかのような仕草で両手を組んで祈る仕草をし、そして目をつぶって深呼吸した。


「木霊さん、長生きしてくれてありがとう」


 水瀬がそう呟くと、木霊は嬉しそうに微笑んだ。


『良い娘じゃな。どれ、先ほどの願いを叶えてやろうかの』


 いきなりそう木霊が呟くので、俺は首をかしげる。


「ん? 先ほどの願い?」


『そうじゃ。先ほど、この娘は若造の側にずっといたいと言っていたな』


「あー。長生きしすぎて、耳悪くなったか?そんなこと一言も言っていないどころか、あんなの願いでもプロポーズでもなんでもなくて、ただのエゴまみれの願望であって、ただ単に妖怪が見たいだけの変態妖怪オタクの戯言だ!」


『よしよし、愛は後から追いつくとな』


「――人の話を聞け!」


 何事だと目を白黒させる水瀬を放って、俺は樹の前に憤怒の形相で仁王立ちするが、世界遺産の原始林の樹木にげんこつを食らわせるわけにもいかずに、怒りだけを頭から蒸気のように頭上から吹き出しつつ、何もできずにいた。


『ようし、叶えたり。永遠に側にいるーいるーいるー!』


「やめろ、本当にやめてくれ!」


 俺が必死に止めるのも関わらず、木霊はなぜかそれをこだまさせると満足そうに寝てしまった。結局いくら話しかけても全く起きないので、俺は水瀬を引っ張ってその場を後にしたのだが、水瀬に事情を聞かれても、俺は一切口を割らなかった。


 その後、水瀬の願いと勘違いして木霊が叶えようとしたプロポーズの一件は、ひとまずは叶えられていないようである。


 しかし、いつ叶えられてしまうか分からない恐怖に、俺は眠れぬ夜を過ごす羽目になったのであったが、もし叶えられたとしたら、それはそれで悪くはないのかもなと思ってしまうのであった。

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