第17話

「そういう飛鳥は、どうして見えるわけ?」


 そんな質問をされたのは親以来だったわけで、俺はたちどころに言葉に詰まって、息まで詰まって危うく呼吸の仕方を忘れるところであった。


「……それ、俺が聞きたい。生まれた時から見えてたから」


「なにそれずるいわ」


 必要な人に必要な能力が備わらなかったというのは、人間界においてよくあることのようだと俺は認識している。


 この場合、俺みたいなのに必要のなかった妖怪が見える能力は、水瀬にとっては人生におけるもっとも重要だと言わざるを得ないものである。


 できるのであれば、譲渡してやりたいと思うのだが、水瀬に妖怪の類が見えたり話せたりできてしまったとしたら、それこそもはや人ではなく、妖怪の一種と変わらない生命体になってしまうと思われた。


「ずるくないぞ。おかげでこっちはずいぶんと苦労した。このままでは永遠に変人扱いだ」


「じゃあ、私が永遠に側にいてあげるね。私みたいなまともな人間が近くにいれば、飛鳥の誤解もとけるはずよ」


「どの口がまともだと言うんだ!」


 どこをどうもってしたら、まともの部類に水瀬がカテゴライズされるというのだ。この美少女がまともというラベルを張られるのであれば、俺は神レベルでまともだと言わざるを得ない。


「俺の変人という誤解を解くために一緒にいるという聞こえの良い言い方をしたが、内心はただただ妖怪が見たいだけだろう!」


 ばれた?と言わんばかりに舌先をちょろりと出しているので、今度ハサミでその舌でもちょん切って、炭火で焼いてやろうかとさえ思った。


「いいの、そんな言い方して? 今のプロポーズだったのに」


「はあ?」


「だって、永遠に側にいてあげるわなんて、飛鳥に言ってくれる人これから先に私以外に現れるとでも思っているわけ?」


「待て待て待て。なぜ現れない前提で話が進む?」


「じゃあ現れる自信と確証はあるのね?」


 それに俺の方が舌を巻いた。どう転んでも、舌戦では不利になってしまうのは、決して俺の頭が悪いわけでも、自分の人生に今一つ自信が持てないからでもない。全て水瀬雪が悪いのである。


「ほら、無いでしょ? だったらプロポーズ受けときなさいよ」


「どうして俺がそんな上から目線の、愛のないプロポーズを受けなきゃならんのだ」


「あらやだ、愛くらい後から追いつくわよ」


「うまいこと言うな!」


 俺の怒声が原始林に響き渡って、言うなー言うなー言うな―とこだまする。なんでこんなタイミングで、しかも阿呆みたいな台詞が反響してこなくてはならないんだと俺が耳を塞いだところで、目の前の樹齢何千年を誇るような木の幹に顔がぬうと現れて俺のか弱い心臓を驚かせた。

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