第16話

「そういえばさ、水瀬はなんでそんなに妖怪が見たいわけ?」


「いいじゃない、見たいんだもの」


「悪いなんて一言も言ってないどころか、こうしてつき合っているんだから、理由くらい知る権利は俺にだってある」


 至極まっとうに返事をすると、水瀬はひょいと形のいい眉を持ち上げて「それもそうね」と考え始めた。


「小学校の頃、私いじめられててね。なんでも正直に言っちゃうから、それで友達ができにくくて」


「正直に言うだけでなく、顔にまでものすごく正直に出る奴だよな、水瀬は……おっと怖い顔するなよ。事実事実。はい、続けて」


 一瞬、水瀬は阿修羅像もびっくりするような表情をしたのだが、それを引っ込めて水瀬は続けた。


「一人で泣いていたら、話しかけられたんだよね。誰だかわかんないけど、いつも校舎裏のプールの脇にいたの。姿はよく見えなくて、声しか聞こえなかった。だけど、いつも励ましてくれたの。誰って聞いても答えてくれなかったけど、妖怪って知ってる?って聞かれたから、ああこの声の人は妖怪なんだなってその時に思ったんだよね」


 チビ水瀬がプール脇で一人で泣きながら、姿の見えない何かと話をしているのを想像すると、だいぶ怪しい感じにはなるのだが、あえてそこは突っ込まずに俺は相槌だけを打った。


「それから、たくさん妖怪のこと調べたの。でも、よく分からなかった。普通の人には見えないっていうし、誰に聞いても答えてくれなかった。その後転校しちゃったから、その妖怪とはもうずっと会っていないんだけどね、お別れを言いに行ったときに、クローバーをくれたの」


 そう言って取り出したのは、もらったという四葉のクローバーがはめ込まれたネックレスだった。


「ずっと、私の幸せを願っているって言ってくれたんだ。すごく、嬉しかった。あんなに、自分の気持ちをはっきり言えて、なおかつ全部受け止めてくれたのは妖怪だけだったんだ」


「そっか」


 そんなことが水瀬にあったとは知らなかったので、俺は続ける言葉が見当たらなくて黙り込んだ。水瀬はネックレスを見つめてから、それを大事そうにまた服の中へとしまう。


「幸せを願ってくれるなんていい妖怪だな。俺も、水瀬の方向音痴が治るように今日から流れ星にお願いするよ」


「せっかくのいい思い出話を……!」


「だってそっちじゃないから、道!」


 道があるのに水瀬は逸れてしまっていた。俺は別方向へと神隠しにでも自ら遭いに行くかと思うような足取りの水瀬のリュックを引っ張る。


 俺はおそらく、相当にあきれた顔をしていたに違いない。方向音痴度を測れる機器があるとしたら、水瀬の場合は測定不能か、機械が壊れる事必須だ。


 心に響く話だが、おそらくクローバーをくれたのは、人間だろうなという俺の直感を、水瀬には黙っておいた。それは、俺のせめてもの優しさである。ぶうぶうと怒る彼女を引っ張って俺はサクサクと山道を登った。

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