木霊の前では、告白禁止
第15話
ハイキングに行きたいと言い出した
誰が夏にハイキングなんか行くものかと、ぶうぶう文句を言ったのだが、行かないのなら今すぐ自宅前に来てやるという、最上級の脅し文句をさらりと恥ずかしげもなく言うものだから、俺が許可を下ろしたのは仕方のないことであった。
学校一の美少女が家の前に来た時のシミュレーションをしたところ、100%の確率で俺のいたいけで繊細なハートが、鬼ばばの野次馬根性によって粉々に砕かれ、鹿せんべいの原料に混ぜられてしまうということが判明している。
よって、それだけは回避しなくてはならない。
それに万が一、億が一、水瀬が家に来たとしたら、一億%の確率で彼女のふりをすることが分かっている。こんな化け物か美少女か分からない彼女など、こちらからごめんだ。百歩譲ってかわいげのある一言でも言ってくれれば別であるが、そんな可能性は、奈良公園の全鹿が空を飛ぶくらいの確率で無いと言い切れた。
それは、夏合宿と銘打った、ただの座敷童見学と河童の襲来に終わった悪夢の宿泊から、ほんの数日後のことだった。
いったい、いつになったらまともに夏休みという時間をだらだらと過ごすことができるのだと反論しかけたのだが、こんな美少女が迷子になってあーだこーだと莫迦なうんちくを耳に大タコができるくらいに言われたのであるから、引き受けなくては顔中にタコができかねないので承諾をした。
「なんだって俺は……貧乏くじばっかりだ。人が善過ぎるばかりに!」
「じゃあ善良な人ついでに、重いからペットボトルの水持ってくれない?」
断るより先に取り出したペットボトルを俺のリュックを開けて入れていたので、もはや断りようがないとはこのことである。
かくいうわけで、このいたいけな大学二年生の俺は、だらだらと家でゲームをしながら過ごすはずだった夏休みを、しょっぱなから出鼻をくじかれ、美少女の皮をかぶった妖怪オタクと春日山原始林へと赴いていた。
悪びれるそぶりさえ見せずに、俺のリュックに自らの水を詰め込んでチャックを閉めてから、「ぐずぐずしてないで行くわよ」という腹の立つ号令と共に春日大社の裏山を、颯爽と別方向へと歩いていく後ろ姿に俺は絶句した。
舗装された近道でさくっと登ろうと提案したのだが、原生林でないとダメだと言い出したので、これは妖怪関係に違いないと思っていたのだが、やはり木霊がいるとかでそれを見たいという不純極まりない動機だった。
付き合わされる俺の身にもなってみろと声を大にして木霊に文句を言いたいものだ。
世界遺産に向かって、やっほーとでも言えというのかという愚痴が喉から出たのを押しとどめて、仕方なしに水瀬の後を追って、方向を正してやる。暑くてうだるかと思いきや、木々が茂る原生林の中は、意外にも涼しかった。
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