第14話

 結局、座敷童はずっと俺と水瀬の周りをちょろちょろと動き回り、俺の方が疲れてしまいすぐにばてた。我が愛しき精神と肉体は、やはり繊細であったと今ここに証明されたのである。


「あとね、これ。今から届けに行こう!」


 疲れ切った俺がベッドで休んでいると、見るからにご機嫌な水瀬がボストンバックから取り出したのは、なんとシャワーキャップである。しかも壮絶に可愛らしいお花柄。黄色地にピンク色の小花が咲き乱れるキュートなデザインである。俺はまさかと思って背筋を冷や汗が伝った。


「ええと、まさか……」


「河童よ、河童! 頭のお皿が干乾びると出歩けないんでしょう? だからシャワーキャプ買ったの。これで、どこへ行くにも一緒に行けるわ」


「冗談じゃないぞ、あのクソ河童にそんなもの渡したら、俺の家までついて来られかねないだろうが!」


「飛鳥の家に河童が来るって言うなら、毎日飛鳥の家に泊まる」


 悪夢である。そんなことをしたら学校中の男子生徒から肉体をみじん切りにされかねない上に、口から生まれたであろう母親が近所中に言いふらし、とんでもない辱めを受けることになるというのは分かり切っている。


 俺はそれを回避すべく策を、必死に銀河の果てまで思考を飛ばして考えたのだが、銀河の果てにもその回避策が見当たらない。


「だめだ、渡さなくていい」


「断るわ。せっかく買ったんだから、渡しに行くの」


「じゃあ一人で行ってこい」


「いいわよ行ってくるわよ。その代わりこんな美少女が道に迷って路地裏に連れ込まれて、知らない人にあーんなことやこーんなことされて、警察沙汰になってそのときホテルで留守番していた飛鳥にも警察からの呼び出しがかかってきて、お家の人や学校やこの辺りの近所中に辻飛鳥の名前が広まってしまったとしても、飛鳥のせいじゃないから」


 もはや悪夢ではなくて地獄であった。この世は地獄とはよく言ったもので、この悪霊の親玉である水瀬雪に捕まったときから、俺の運はすべて尽きたのであろう。


「……行けばいいんだな、行けば!」


 もう二度と口をきいてやるものかと思いながら、とっとと部屋を出る俺の腕に水瀬が腕を回してくる。これで逃げられない上に迷わないわと納得した顔をしているのだが、俺はこんな姿を誰にも見られたくなくて透明人間に転職しようかと一瞬本気で思った。


 ホテルから河童がいる池まではそれほど遠くなく、俺が河童を池から引きずり出して摘まみ上げつつ、事情を説明してシャワーキャップをかぶせてやると、河童は大いに喜んだのだが俺は一ミクロンも納得できなかった。


 シャワーキャップを被ると頭上の皿の水分の蒸発を防ぐにはうってつけらしく、結果、夜のホテルに河童はやって来ると座敷童と共にままごとをしながらお菓子を食い荒らしていった。


 一晩中、部屋に響く笑い声とお菓子を食べる音に、俺は眠れずに布団に丸まって朝が来るのを必死で耐えた後、それを恨みつらみをたっぷり混ぜて翌朝水瀬に伝えると、河童が来たことも、座敷童がお菓子を食べたことも半泣きで喜んだ。


 いつも薬師寺の仏像も驚くほどの仏頂面をしている水瀬の、その弾けるという表現がふさわしい顔を見たら、もうどうでもいいやと思って俺は苦笑いをしたのであった。

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