虎の屏風には、ご用心
第19話
『やい
クーラーが嫌いだからと言って、真夏の暑い夜に窓を開けておくとろくなことがないとはまさしくこのことである。
蚊が入ってくるのも大変不快ではあるのだが、それ以上に不快なのはキュートな花柄のシャワーキャップを被った河童がこうして遊びに来たと言って、健全なる男子大学生の部屋に毎夜の如く忍び込んできては、でれでれと馴れなれしく話しかけてくる。これ以上に不快なことはないと、俺は盛大に眉間に皺を作った。
布団に寝そべって漫画を読みふけって超銀河的哲学的思考を巡らせていた俺は、彗星のように軽やかに河童を無視した。
さんざん無視をしていると、そのうちに網戸がガラガラと勝手に開けられて、ペタペタと音をさせながら河童が忍び込んできたのだからたまったものじゃない。
「帰れよ、明日早いんだから。それか不法侵入で警察に突き出すぞ」
『つれない奴やなぁ。もっぱら、この界隈で大騒ぎやで?』
「……この界隈とはどの界隈だ。人間の界隈か、それともお前たち妖怪の界隈か? それによっちゃ、噂を広めたとみなされる元凶のクソ河童の頭の皿を、今すぐカチ割って、中古品サイトに出品するぞ?」
『そんな恐ろしいこと言わんといて。もう、ここいら辺で、めちゃくちゃ有名やで。美少女と婚約した妖怪じみた人間の噂。知らん奴は一人もおらんさかい、もう大盛り上がりや……』
河童が言い終わったその瞬間、俺はベッドから飛び起きて河童を捕まえにかかったのだが、意外にもすばしっこくてちっとも捕まらない。
それどころか網戸からするりと逃げて、捕まえようと伸ばした手を、河童が閉めた網戸に勢いよく挟みこまれてしまい、俺は断末魔と共に悶絶した。
『ははは、飛鳥、人生面白なってきたな。明日早いんやったら、ほなこれで。手ぇ、冷やしておき』
そう言って網戸に挟まれた手の甲に、河童は口からピュッと水を吹きかけて、ついでに顔にまで水をかけてから、すててててと去って行った。
俺は部屋にいて、水など一滴たりとも触れていないのに、顔と手だけびしょ濡れになるという奇妙な体験をしたまま、その場で固まった。
「あの河童、いつか絶対に干物にしてくれる!」
固く心に誓いつつ、河童が吹きかけた水が案外手を冷やすのに心地良くて、ふうと息を吐いてベッドに腰かけた。しかし落ち着かず、漫画の続きを読む気にもなれず、明日の準備をいそいそとし始めたのである。なんとまあ、真面目な男よ。
夏休み中であるのに、学校へ行かなければならないのは集中講義があるからではない。前期後期一貫の授業で出されたレポートの資料が足りないため、大学図書館へと足を運ばなくてはならないからだった。
準備を終えて寝ようとした俺の携帯電話の端末が光り、メッセージの受信を表示した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます