第81話 写真の切れ端

私は一緒にルームシェアしている男性が勤め先へ出勤していく時、必ず玄関から見送っている。この話をすると殆どの知人からそこそこ引かれてしまうが、しかし他人とはいえ一応一つ屋根の下で暮らしているのだからちょっとぐらい見送りたいではないか。それに外出する人に「気をつけて」と声をかけておくと相手の危機意識が通常よりも強くなると聞いたことがあるし。

というわけでつい10日程前にも私は同居人である秋沢氏が勤め先へ行くのを見送っていたのだがその矢先、秋沢氏が玄関先で何やら妙なものを見つけた。拾って見てみると親指程のサイズまで千切られた写真の切れ端だった。角の部分らしく、木を写したのかギザギザとした濃緑色の物体と空らしき淡い水色が角を縁取る白い線の中に収められている。

写真を破るなんて闇が深そうだな。そう思った私達は管理人がどうにかしてくれることを信じて切れ端をその場に放置した。

翌日、また仕事に行く秋沢氏を見送っていると、秋沢氏がまた玄関先で何やら見つけ「うわっ」と呻いた。見てみるとまたもや写真の切れ端だった。角ではないが端っこではあるようで、端を一直線に縁取る白い線の横に木の幹らしき茶色い物体が、ギザギザとした濃緑色の物体から伸びている。

もしかして昨日の切れ端と繋がるのでは?そう思った私達は昨日から廊下に放置したままの角部分を拾い上げ今日の切れ端と繋げてみた。

写真は縦に繋がった。濃緑色の物体は本当に木だったようで、背の高い杉の木が2〜3本現れた。

誰かの悪戯だろうか。それとも元々落ちているのだろうか。私は試しに自宅がある4階の廊下を歩き隅から隅まで舐めるように見回したが、あの2切れ以外写真らしい切れ端を見つけられなかった。




それからまた翌日、更にまた翌日と写真の切れ端は1枚ずつ増えていき、1週間経つ頃には端にあたる部分が全て揃ってしまった。切れ端の上側と両端にあたる部分には杉の木が、下側にあたる部分には野草が生い茂り、繋げてみるとどこかの杉林が浮かび上がった。

真ん中には何があるのだろう。私達は気になりつつも写真を廊下に放置し続けた。




それから8日目。新たに追加された切れ端は写真中央から少し下を写したものだった。野草の生い茂る地面の上にはストッキングにパンプスを履いた女の脚とスラックスに革靴を履いた男の脚。両方ともカメラに足の先を向けて立っており、膝から上は切れていて見えない。恐らく明日辺り、この男女の胴が写された部分が置かれるのだろう。

何となく嫌な感じがする。この先を見たくない。そう思った私と秋沢氏はSNSでムラヤマさんという女性に相談した。ムラヤマさんは私の中学時代の同級生で、本人は公言こそしていないが霊感があり祓うこともできる。彼女にかかれば今現在私達に振りかかっている意味のわからない現象も解決できるかもしれない。

そういうわけで事情を簡潔にまとめた文面をムラヤマさんに送りつけると、1時間程経ってから電話がかかってきた。そんなに急を要する内容だったのかと電話を取ると、ムラヤマさんが気だるげな声でこう言った。


『文章打つのめんどいからかけた』


ただの面倒臭がりだった。

ムラヤマさんに「読んでくれたか」と尋ねてみる。ムラヤマさんは『んー』となお気だるげに返す。


『アレなぁ。カラスみたいやなぁ』


「カラス」


『私なぁ、最近ゴミ捨て場のカラスに挨拶しよったら仲間やと思われたんやろなぁ、家の前に割れた卵とか置かれるようになったんよ』


では今回の件もカラスの仕業だったりするだろうか。そう尋ねると『そら無いわ』と笑われた。


『カラスの知能は高いけどそんな芸当までできんやろ。誰かが置いたんや誰かが。その足だけ写った人とかな』


「やだぁ〜」


写真を繋ぎ合わせた画像でも撮ってムラヤマさんに送りつけようかと思ったが『送らんでいいけんな』と先回りされてしまった。


「エスパーかよ」


『なんか送られてくる気がして…。わざわざそんな怖いもん見たくないけん送るなよ』


「はぁい」


それはそうと、これからどうすれば良いか。改めてムラヤマさんに助けを求めると、ムラヤマさんが『無視すれば?』と返してきた。


『明日ぐらいから同居の子GWやろ?1日中家におって、写真置かれても見らんことしたらいい。そしたら反応無いけん犯人がガッカリして置かんくなるやろ』


そんな単純なもんだろうか。そう訝ったが、しかしやらないうちは何も解決しない。私は『気になるんやったら毎日確認しよえ』と言うムラヤマさんに「やめとく」と返してから礼を言って電話を切った。私達は一般人であって探偵でも霊能者でもない。




翌日、秋沢氏がGWに入ったので絶対に外に出るなと言い聞かせて部屋に閉じ込めた。「その辺もダメ?」と秋沢氏からややあざとめに問われたがダメと返してベランダで飼っているメダカの世話をさせたり2週間踊り続けると痩せるダンスをさせたりしてどうにか1日家の中で過ごしてもらった。




翌朝、私は秋沢氏と共に玄関の扉を開け、廊下に新たな切れ端が落ちていないか確かめてみた。そこには新たな切れ端どころかこれまで放置してきた切れ端達も全て消えていた。こんな単純なことで消えるなんて。あっけなさすぎて面白くないと思いつつも日常が戻ることに安堵した。

その日の夕方頃、ムラヤマさんに怪奇現象が解決した旨をSNSで送った。夜になってムラヤマさんから親指を立てたコアラのスタンプが送られてきた。

そういえばムラヤマさんはどうやってGWを過ごすんだろう。尋ねてみると無表情のコアラのスタンプと共にこんな返事が送られてきた。


「ウチのケーキ屋が休むわけ無いだろ」


画面の向こうのムラヤマさんの顔を想像して私は土下座する人のスタンプを送った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る