第80話 若気の至り
私の同居人である秋沢氏の勤め先に外園氏という男性がいる。外園氏は事務課の課長で営業課の秋沢氏とは別部署にあたるが、休憩室で顔を合わせれば話をする程度には交流があるらしい。話題といえば仕事の愚痴や時事、スポーツ等様々あるが、先日会った時は心霊スポットの話になったそうだ。
その時、外園氏が自身の若い頃に行った肝試しのことを話してくれた。それがなかなか教訓めいた話だったので、秋沢氏経由で外園氏に許可を貰ってここに載せることにした。
以下、外園氏の話。
1990年代の半ば頃、大学生だった外園氏はサークルの仲間9人と共に肝試しに出かけた。目的地は隣県の峠に存在する有名なトンネル。写真を取ろう、録音をしよう、いっそビデオカメラでいいじゃんと盛り上がりつつ、コンビニで買ったお菓子をお供に外園氏の運転で峠へ向かった。
当時、外園氏達の地元と目的地がある県を繋ぐ高速道路がまだ存在しなかった。外園氏達一行は3時間かけて一般道を走り、午後の11時頃という肝試しにはもってこいの時間に目的地がある峠へ辿り着いた。峠の名前が書かれた標識を確認した仲間達が使い捨てカメラやビデオカメラを取り出す。そんな中、外園氏はカーステレオでラジオを点けた。これは以前件のトンネルに行ったことがあるという知人から「トンネルの付近でラジオを点けると幽霊の声が聞こえる」と言われたからだ。外園氏が運転手を担当したのもこれをする為だ。
ラジオから流行の曲が流れるのを聞きながら、一行は鬱蒼とした山道を登っていく。するとラジオから砂嵐のようなノイズが聞こえ始めた。
「心霊現象や!」
「バカ電波悪いだけやろ」
「幽霊やったら気が利かんすぎるやろ。今サビやで」
冗談を言い合いながら車を進めていく。そうして目的地まであと数百mというところで、1人の女性が「音おかしくない?」と言い出した。耳を済ましてみると確かにおかしい。ポップスを扱った歌番組が流れているハズなのに、民謡のようなえらくシブい音楽が流れている。
「シケた曲流すなぁ」
「あ、ちょっと静かに」
別の女性が人差し指を口に当て皆を沈黙させる。車内に響き渡る民謡。
「どしたん?」
「さっきより音の聞こえが良い気がせん?」
そういえば。山の中にも関わらずノイズも少なくほぼ鮮明に歌声が聞こえている。まだ何を言っているのかはわからないが。
これってトンネルに近づくにつれて音が良くなっていくんじゃなかろうか。外園氏がそう呟くと、サークルのリーダーである男性が「試してみようぜ」と言い出した。
「ついでにこれが何言うとるか聞き取っちゃろう」
いいねえと満場一致で同意し、一行はトンネルへと車を進め続けた。
ここまで外園氏が話し終えた時、秋沢氏はやや引き気味に「怖くなかったんですか?」と聞いたそうだ。すると外園氏は顔の前で手を振り「ぜーんぜん」と答えた。
「今の子はわかんないけど、僕達の若い頃って何も怖いものが無かったんだよね」
外園氏がそう振り返った通り、当時外園氏をはじめこの車内にいた人々は皆車内で起きた怪奇現象を怖いと思っていなかった。むしろヒーローになった気分だった。運転手の外園氏を除き各々が聞き取れる限りで歌詞をメモに取り、うち1人はビデオカメラで車内の様子と外の景色を交互に撮り始めた。
そうして件のトンネルの、大きなコンクリートブロックで塞がれた出入口が目前に迫った頃、メモを取っていた人々が一斉に悲鳴を上げた。
「外園ステレオ切れ!」
リーダーが叫ぶ。ずっと先頭で運転していた為に外園氏は何が起きたかわからずオロオロしながらステレオを切った。
一気に静寂に包まれる車内。後部座席に身体を預け大きく息を吐くリーダーに外園氏が「何すか?」と尋ねると、リーダーから「お前聞こえんかったんか」と返された。
「歌やと思いよったんがな、ずっと今日の日付を読み上げよった」
「はあ」
外園氏はキョトンと目を丸くして相槌を打った後、間もなくエーッと裏声で叫んだ。
「ヤバいっすね」
「俺気味悪くなってきたわ」
外園氏とリーダーの顔が青くなったところで、他の人々が口々に「帰ろう」と言い出した。皆ステレオの怪奇現象ですっかり肝が冷えてしまったらしい。
「じゃあ帰るか…」
外園氏がサイドブレーキに手をかけた直後、再び民謡のような声が車内に響き渡った。
『いぃちぃ〜きゅぅ〜きゅぅ〜ごぉ〜』
1、9、9、5、と言っているようだ。車内にいた人々は総じて外園氏を睨み「なんでステレオ点けるんだよ!」と叫んだ。
「点けてない点けてない!」
「じゃあなんで聞こえるんだよ!」
「外!外いるんじゃないの!?」
皆で車窓越しに外を見回すが見えるのはトンネルと林のみ。
『いぃちぃ〜いぃちぃ〜よっかぁ』
11月4日。確かに今日だ。再び悲鳴が上がる。
これ以上のパニックが起こる前にここを出よう。外園氏が手をかけていたサイドブレーキを引こうとしたところで、最初に「音おかしくない?」と言い出した女性が静かにこう呟いた。
「これ車の中から聞こえてるな」
車内が悲鳴で包まれる。外園氏も叫びつつサイドブレーキを引き車を出した。
それから地元に帰り着くまで怪奇現象らしきものは起きなかったが、途中で件のトンネル付近を溜まり場にしている暴走族に見つかり県境まで追いかけられたそうな。外園氏は若気の至りで肝試し及び妙な実験をしたことを反省し、それ以降ホラー関係は人からの伝聞のみで楽しんでいるという。
この話を終えた後秋沢氏と外園氏は自分の仕事に戻ったが、その日の夕方、退社しようとする秋沢氏のもとに「言い忘れたことがある」と外園氏が現れたそうだ。
「最初に民謡っぽい音に気づいて、ついでに車の中から声が聞こえるって言った女の子いたでしょ」
「はい」
「その子、僕の今の奥さん」
怪談オチじゃないんかい。ずっこけつつ秋沢氏は「ドラマチックですね!」と返したそうな。
外園氏、末永くお幸せに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます