第79話 友達
私が通っている美容院のオーナーである細木氏が高校2年生の頃に体験した話。
当時、市内でも有名な不良高校に通っていた細木氏は苦手な授業や集会を悪友と共にサボったり雑誌の表紙を飾る女優の水着姿に鼻の下を伸ばしたり、時に誰かと喧嘩をしたりと悪ガキの典型のような生活を送っていた。
ある日、細木氏は同じクラスの悪友が風邪で病欠した為に1人で授業をサボった。懇意にしてくれている先輩の教室へ行こうかと思ったが彼等は就職活動や進学の準備で忙しく、後輩に会いに行こうかと思ったがそちらも何やらゴタゴタしているようで、細木氏は寂しさを覚えつつ校内を徘徊した。
仲良くない奴で良いからサボり仲間が見つからないかな。ついでにコーヒーでも恵んでもらおう。そんなことを考えつつ屋上に出ると、フェンスの一部分を囲うように5~6人の人集りができていた。全員知らない顔だったが、この高校の制服を着ている辺り恐らく下級生の誰かだろうと思った。
何やら楽しげに騒いでいる彼等の先には、フェンスの向こう側、屋上を囲う背が低く平均台程の幅しかない縁の上に座り込み震える男子生徒の姿。
「ほら立て!」
「10秒したら戻っていいっちゃ!」
「意気地無し!」
次々と飛ばされる野次を受けて男子生徒が泣きながら立ち上がろうとする。しかしこの日は強風が吹いており、あの狭い縁の上に立とうものならバランスを崩して下の校庭まで真っ逆さまに落ちてしまうことだろう。細木氏は野次を飛ばす生徒達に向かって叫んだ。
「オラ何やってんだクソガキ共!」
細木氏の怒声に彼等はビクッと肩を震わせ口々に「ヤベェ」「誰?」と呟く。
「落ちたらどうすんじゃボケ!早くソイツこっちに戻せ!じゃなきゃ失せろ!」
細木氏が続けて怒声を浴びせると、生徒達はバツの悪そうな顔をして屋上の出入口に駆け込んでいった。残された男子生徒は縁に座り込んだまま呆然と細木氏を見つめている。細木氏は彼に「戻ってこい」と促した。男子生徒は頷いて縁から降り、フェンスを越えて戻って来た。
「ありがとうございました…」
「別に。何してたん」
「ババ抜き負けて、罰ゲームであそこに10秒立てって」
「は?」
ババ抜きに負けた代償で命の危機に晒されるとは。細木氏は驚くと同時に「さっきのガキ共見つけたらシメてやろう」と思った。
「やべーな。なんでそんな奴等のババ抜き参加したん」
「友達なんで…」
「いやそれ友達て呼ぶの厳しくない?」
男子生徒が目を丸くする。
「お前今下手したら死んどったやん。俺すごいバカやけどそんぐらいわかるわ。でもアイツらそれをお前にさせたやん。多分お前が死んだらアイツら後から笑い話にするやろ。先輩にそういう人おるし」
細木氏は1人のOBの顔を頭に浮かべた。細木氏やその悪友達をクラブに連れ出しては胸糞悪い自慢話を延々と話す嫌なOB。最近は「喧嘩したカノジョを山に置いて帰ったら行方不明になった」という話だった。
捕まればいいのに。細木氏はOBの顔を頭の中から払ったところで「とにかく」と言った。
「アイツらと絡むのやめよ。友達ならこの学校の中だけやなくて良いやん。違う学校の奴でもいいし、しばらくおらんでもどうかなるし。まあおった方が良いは良いけど」
余計なお世話かな、と語りつつ細木氏は思ったが男子生徒には何か響いたようで、見つけた当初に比べ穏やかな顔になった。
「ありがとうございます…なんか俺ずっとアイツらに遊ばれとって嫌やったんですけど、友達やからと思って我慢しとったんです。アイツらと絡むのやめます」
「おー、良い奴に会えるといいね。もしくはカノジョとかね」
「そっちのが難しいですよ」
お互いにヒヒッと笑い合ってから、細木氏は男子生徒が屋上を出ていくのを見送った。その際、男子生徒の襟につけられた学年章が自分のつけているものと少し違うことに気づいた細木氏は少し怪訝に感じたが、1年坊の世代から学年章のデザインが変わったんだろうと思った。
それから細木氏はその日の全ての授業をサボり1年生の教室を見て回ったが、屋上に集っていた連中はおろかあの男子生徒すら見つけることができず、その後生活指導の教師に見つかり校長室まで連行された。ニコニコと笑う校長の前で教師が細木氏の愚行を並べ立ててみせる中、細木氏はふと目にした物に驚いた。校長室の壁に飾られた、20年前まで使われていたという制服や学年章の中に、あの男子生徒がつけていたものと同じ学年章を見つけたからだ。
校長は細木氏の驚きようから何か察したようで、生活指導の教師を退室させると細木氏に「助けてやったか?」と訊いた。
「え?あ、はい」
「そっかそっか。ありがとう。帰って良いぞ」
「…あっす」
そうして校長室から解放された後、細木氏は男子生徒の正体も校長の言葉の意味も知る機会を得られないまま今まで生きてきた。
しかし最近になって、彼の店を利用するようになった客から驚くような話を聞かされたらしい。
「そのオッサン高校時代に罰ゲームで屋上から落っことされてしばらく昏睡してたんだって!運命じゃない!?」
私の髪に何色かわからない染料を塗りたくりながら話す細木氏に「すごいね」と返すと、彼はこう続けた。
「オッサンが目覚めたの、俺が例のガキを助けた年なんだよね」
「それ例のガキじゃない!?」
「思う!?思う!?」
驚きをそのまま口にした私に細木氏が鼻の穴を広げながら、さらにこう続けた。
「オッサンに『罰ゲームってババ抜きでもしてたんすか?』って訊いたらマジでババ抜きでやんのー!」
「もうその人じゃーん!」
2人で鳥肌を立てて騒いだ後、細木氏に「ところでこれ何色塗ってんの?」と訊いてみた。細木氏は後ろで掃き掃除をしていたアシスタントの純也君に顔を向け「これ何色?」と訊く。
「アッシュグレーにしようかと思ったんですけど、やっぱ面白い色にしたいじゃないですかぁ?だからアッシュピンクバイオレットにしてみました!アッシュピンクに紫を混ぜて大人の春カラーって感じで良いでしょ?韓流アイドルの間でも流行りですよ!」
俺ぁ韓流アイドルじゃねえんだよ。思わず食ってかかりそうになったが細木氏によって椅子に縛りつけられ、可愛らしい赤紫に染め上げられたのだった。
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