第77話 緩衝材

4人程の有識者の鑑定のもと骨董品の値打ちを査定する某ご長寿TV番組は誰もが1度は見たことだろう。あの番組に出てくる骨董品は殆どが一般の人々から鑑定の依頼をされたもので、見ていると「我が家にも何かあるんじゃないか」という気になってついつい探してしまう。

私が行きつけている美容院のオーナーである細木氏もその1人だ。彼は美容専門学校時代、アルバイトをしても追いつかない程困窮していた時期に同番組に影響され、一攫千金を狙って実家の蔵を漁って回ったそうだ。

そこで見つけたのが白磁の深皿。細木氏はそれっぽいお宝の発見を喜んだが、しかし番組に応募して採用されたら東京まで出向かなければならないことに気づいた。東京に行くだけの旅費など出せるわけもなく、それならばと細木氏は地元の古い骨董屋に深皿を持ち込んだが門前払いされてしまい泣く泣く諦めたそうな。




…という話を聞いたのが先週末、私の右側頭部にある刈り上げのケアをしてもらった時。何故そんな話を持ち出してきたのかというと、骨董屋から門前払いされた時に言われた言葉が興味深いものだったというのを最近思い出したからとのこと。

どうせまたオカルト系の話なんだろうなあ。そう思いつつ「何て書いてたの」と尋ねると細木氏は嬉々とした様子でこう答えた。


「『これはちょっと…警察…いや違うか。お寺さんとかに預けた方が良いですね。ウチじゃ扱えないです』って」


じゃあ真っ直ぐお寺に届けんかい。そう突っ込もうかと思ったが、お寺に何かしらを預けるのにも金がいるハズだと気づいたのでやめておいた。


「ちなみにそれ今日持ってきたんだけど見る?」


見るかよと言いたいところだが、気になるので見てみることにした。


「そうこなくっちゃ~!おい純也、アレ持ってきて!」


細木氏に指示されて、アシスタントの純也君がバックヤードから古い木箱を持ってきた。所々黒ずんだその箱には御札が張り巡らされており、私はついつい「コトリバコか」と口走ってしまった。


「コトリバコって何?」


「公園の樹についてるやつですか?」


「小鳥さんのおうちじゃねえわ」


しまった、彼等はネットと無縁の環境で育った陽キャだった。得も言われぬ苦しさを感じながらコトリバコの怪談について説明すると何故か大爆笑された。陽キャってよくわからない。

とにかくそれに似てるんだよと言いつつビニール手袋を借りて箱を開けてみる。すると中からもっさりとした黒い繊維に包まれた白磁の深皿が姿を現した。


「どう?」


「どうって…普通の深皿だね。ただ周りの緩衝材がこれお前…」


私は恐る恐る繊維をつまみ上げた。


「髪の毛じゃない?」


店内がシンと静まり返った。かと思うと細木氏と純也君が再び爆笑した。本当によくわからない。


「ていうかこれ御札が貼られてるってことは何か封印してたんじゃないの?髪の主とか」


「カカアに聞いてみる~ギャハハ」


細木氏はその場で母親に電話をかけた。そしてしばらく電話で何やら話した後、如何にも取り繕ったような笑顔で「お祓いできる人知らない…?」と訊いてきた。


「父方のじいちゃんが施設に入ってんだけどさ、今ずっと『鎮めなければ』ってうわごと言ってるって…」


「封印してたんじゃん」


呆れつつ私はある人物のSNSにメッセージを送った。中学時代の同級生にして霊能者であるムラヤマさんだ。中学時代に学校中の怪談を壊滅させてしまった伝説を持つムラヤマさんなら何とかしてくれるだろう。

しかし間もなくしてムラヤマさんから送られてきた返事は『NO』だった。


「NOだって」


「カットとカラー無料にするって言って」


『カットとカラー無料にするよ』という文面をムラヤマさんに送ってみると、既読表示から5分程経ってから『2時間後に行く』と返事が来た。


「2時間後に来るって」


「長っ」


しかし来ないよりはずっとマシだ。もしムラヤマさんが来るまでに何か起こったら、その時は…。

ふと私はあることを思い立ちSNSにメッセージを打ち込んだ。それから20分程待っていると店の前に白い軽自動車が停まり、2人の男女が店に入ってきた。


「こんにちは。五嶋書房の雷門(ライモン)樹です」

「事務の倉下です」


私が日頃仕事を貰っている出版社の編集者である樹氏と事務員のゆうきさんだ。

実は先程私が入れたメッセージはこの出版社の編集長に宛てたもので、『呪われた骨董品を持ってる奴がいるからすぐ来て』と逆取材依頼をしたのだ。急な取材とあってさすがに『馬鹿なん?』と返されてしまったが、雑誌のネタには困っていたようですぐに人を寄越すと約束してくれた。ついでにゆうきさんを連れてきてほしいとお願いするとそれも了承してくれた。実はこのゆうきさんこそが、私が逆取材依頼をかけた本当の目的なのだ。ゆうきさんはこれまでに数々の奇怪なものを趣味のボクシングで鍛えた拳で捻り潰してきた。もしムラヤマさんが来るまでに木箱に封印されていたであろうものが何かし出したら、ゆうきさんに捻り潰すか食い止めるかしてもらえば良いのだ。

「ヘイブロー」「ヤー」とお互いの拳を合わせて挨拶する細木氏と樹氏を見守りながらほくそ笑んでいるとと、ゆうきさんから「ヘッドスパ無料になりますよね」と耳打ちされた。私の思惑に気づいたようだ。細木氏に思惑を全て打ち明けてゆうきさんの分も無料にしてもらうことにした。




それから細木氏と純也君は他の客の対応をし、私と樹氏達は箱を持ったり置いたりしながら打ち合わせをしていたが、そこへ樹氏が「これ重くなってません?」と箱を指して言い出したので、私は恐る恐る箱を開けて中を確かめてみた。そして絶句した。

緩衝材に使われている髪の毛が増えていた。燕の巣程度の大きさだった毛の塊が、人の頭1つ分の大きさにまで量を増やしている。

私達は他の客に迷惑がかからないようにバックヤードへ移動し「薄毛の人羨ましいだろうなぁ」などとほざきつつ毛の成長を見守った。そして箱からはみ出すまでには毛が成長したところで、私達は目を剥いた。髪の毛の間から人の目がギョロリと動いたのだ。


「ヤバイヤバイ」


「ムラヤマはよ来いはよはよ」


小声で慌てふためいている間にも毛はかさを増し、その間に青白い皮膚のようなものまでチラつき出した。

ムラヤマはよ来てくれ。目を瞑って強く祈ったところで、すぐそばでパリンという音がした。何かと思い目を開けると、そこには燕の巣サイズまで戻った毛の塊と白磁の欠片を持ったゆうきさん。


「これで頭叩いておきましたぁ」


アンタ悪役レスラーか。穏やかな笑顔に釣り合わぬ行動に私達は震えた。

それから間もなくしてムラヤマさんが駆けつけてきた。ムラヤマさんは箱の中身を改めると「これ」とゴム手袋を嵌めた右手で毛の塊を掴んだ。


「派手に割ったなぁ。でも皿は普通。問題はこれよ」


「髪の毛?」


「髪の毛と思うやん?よく見て」


ムラヤマさんに促され、毛の塊に目を凝らす。よく見ると毛の中に、僅かに太さの違う紐のようなものが混ざっている。


「これ乾いて変色した毛細血管だわ」


私と樹氏は絶叫した。細木氏と純也君、ゆうきさんは腹を抱えて笑った。マジで陽キャがよくわからない。




この後、ムラヤマさんが「もう封印せんで良いように成仏させとくね」と言って緩衝材を持って帰った。深皿の残骸は普通にゴミに出した。

それから数日経って、私のSNSに細木氏からメッセージが入った。


『爺さんの見舞に行ったらいつになく元気だった』


お祓い成功したのかなと返すと、更にこんなメッセージが入った。


『爺さんが施設入ったのって俺が専門学校行ってた時なんだよね。ちょうどあの皿を見つけた直後』


『あの時点で封印を解いてしまったとして、爺さんだけに影響がいったのはなんでかなって思ったのよ』


『で、爺さんに皿のこと聞いたら"ごめんなさい"って泣かれちゃった』


『あの血管の塊、ルートはどうあれ爺さんが入れたんだろうな』


嫌な結論に行き着いたものだ。返事に困ったので『昔のことだし何でもアリだよ。考えるのやめよう』とだけ返しておいた。

ちなみにムラヤマさんは何か察していそうだが、特に何も言ってこないのでこちらも聞かないようにしている。

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