第76話 三竦み
フォロワー様より頂いたお題を元に書いた作品です。その節はありがとうございました。
以前『蛇 前後編』というお話で書かせて頂いたが、私は幼い頃に犯した過ちが元でとある集落の氏神である大蛇に取り憑かれ化身にされてしまった。
しかし化身にされたところで何かすごい存在になったということは無い。ただホルモンバランスの乱れが酷い三白眼の男になっただけである。
そんな私だが、ついに先日"大蛇の化身"故の危機に瀕した。きっかけは日頃お世話になっている出版社から頂いた取材の仕事。県西部の山中に存在するという大蛞蝓の塚とやらを探し出しレポートを書けというものだ。
しかしこの仕事をメインで行うのはライター仲間の木村氏。私は腸炎で休んでいる編集者の金本氏と、別の取材を控えている同じく編集者の樹氏の代わりにカメラマンをすることになった(お金は貰えるらしい)。
依頼を頂いたその日のうちに私は木村氏とSNSで打ち合わせをし、2日後の金曜日に取材を行うことに決めた。
そして当日。私は木村氏が運転する車の助手席に乗せてもらい、あらかじめネットの情報を元に目星をつけておいた山へ出発した。この日は私の同居人である秋沢氏が年休消化の為に仕事を休んでいたので、彼もついてくることになった。
コンビニで買ったホットスナックを貪りながら県西部へ向け国道を進んでいくと、店やら民家やらが密集していた街並みが徐々に閑散としていき、やがて辺りに見えるは濃緑の樹々のみとなった。
「もうそろそろ噂の山に着くかなー」
言いながら木村氏は辺りを見回し、それから道の脇に学校帰りらしい男子中学生の5人組が歩いているのを見つけて声をかけた。中学生達が面白いものに出会ったといわんばかりに目を輝かせて寄ってくる。
「ダ○ツの旅ですかー!?」
「ハハ違うよー。おじさん達心霊スポット的なスピリチュアル的な所探してんだけどさ、何かこの辺で知らない?蛞蝓の塚とか蛞蝓の塚とか蛞蝓の塚とか」
あからさまに誘導してんな。突っ込むより前に中学生達が「はいはいはい!」と合点のいった様子で頷いた。
「蛞蝓てアレや!ヨシキがキモくなったとこ!」
「この山の上っす!ガチで変になったやついるんで気をつけて下さい!」
一斉に付近の山を指してワァワァと騒ぐ中学生達に木村氏は「ありがとう」と言って人数分のフルーツのど飴を渡し車を発進させた。
「やー聞いといて良かったね。もうすぐそこまで来てたんだ」
「よく通行人に声かけられましたね」
「こちとら海外で言語の壁を乗り越えてきたからね。同じ言語圏の人間なんか友達に話しかけるみたいなもんだよ」
「えぇ…コミュ力お化け」
木村氏が持つ怪物級のコミュニケーション能力に恐々としているうちに車は件の山の入口へと入っていった。道は狭く、頭上まで樹々に覆われている為に人の出入りを拒んでいるような印象を抱かせる。
だからといって引き返すと収入が得られなくなるので、私達は写真を撮りながらこの鬱蒼とした山道を突き進んだ。すると中腹まで登ったところで、道の脇に生い茂る樹々の奥に大きな岩のようなものが見えた。
「アレじゃないですか?」
木村氏に車を停めてもらい、3人で岩に迫る。岩だと思っていた物は大きな石碑で、殆ど消えかけているが「山浦大蛞蝓之塚」という文字が読み取れる。
「あっさり見つかっちゃった」
脱力して笑う秋沢氏のそばで私はカメラのシャッターを切る。
何だい蛞蝓のくせに立派な造りしやがって。大蛇塚なんか石を乱雑に組み合わせただけなのに。謎の敗北感で胸をモヤモヤさせながら塚を前から、後ろからと撮影していると、木村氏が「そういえば黒牟田君、蛇に取り憑かれてるって?」と訊いてきた。
誰から聞いたのかと眉をしかめてから、私は少し前に木村氏を含む友人知人を招いて宅飲みした際、自分の生い立ちについてベラベラと話してしまったことを思い出した。
「よく覚えてましたね」
「まあねー。で、思ったんだけど…ここで蛞蝓を踏み潰したら、僕は大蛞蝓の化身になるのかな」
なってどうするのか。蛞蝓を探して回る木村氏に問うと彼は塚や地面を見つめながら「僕、君のことライバルだと思ってるから」と答えた。
「君の蛇よりも強大な力を手に入れようと…」
「さっきの子達の話からするにキモくなるだけですよ」
「それはダメだな」
木村氏はあっさりと蛞蝓探しをやめてしまった。
しかし1口に「キモくなる」と言っても、どういった方面にどの程度キモくなるのだろうか。例えば蛞蝓のようにどこかしらにベッタリとくっついたり、粘液とか出したりするのだろうか。
もしかしたら"三竦み"という言葉のように、蛇に取り憑かれている私に何かしら悪影響を与えるかも。頭に浮かんだ恐ろしい考えを払拭する為、木村氏に「写真撮るから塚の前に立ってください」と指示を出した。大人しく従う木村氏。彼は塚の前まで歩み寄ると、突如顔を強張らせた。
「どうしたんですか」
「…あ、何か…踏んじゃったみたい。…蛞蝓」
木村氏の目線が地面に釘付けになる。その様子からするに、何かの見間違いや嘘ではなく本当に蛞蝓を踏んでしまったらしい。
しかしそれで木村氏が必ず蛞蝓に取り憑かれる、或いは化身にされるとは限らない。塚に奉られているものと同じ生物をあやめることで塚の主の怒りを買うという話は、あくまで私の経験談なのだから。しかし、それにしたって、蛞蝓を踏んだというのは…。
「えんがちょ!」
「なんでだよー!」
私の一言に木村氏が叫喚した。
「僕ら友達だろー!」
「いやー!来るな蛞蝓野郎!」
叫喚しながら迫ってくる木村氏と、何か(生理的に)嫌なものを感じて距離を取る私。私達は秋沢氏を軸にしてグルグル回り始めたが、まもなく木村氏手を掴まれてしまった。
「黒牟田くぅん!」
「うわっやめろ!やめ痛っ!」
木村氏に触られた部分がピリピリと痛み出した。まるで皮膚が溶かされているような痛みだ。
まさか本当に蛞蝓に取り憑かれたのか。痛い痛いと訴えて木村氏の手を振りほどこうとするが全然離れてくれない。このままでは私の手が骨になる。
数分後の恐ろしい未来を想像して叫びかけたところで、突如木村氏の頭に白い粉が降り注いだ。彼の頭上には食塩の入った青い蓋の瓶。そしてそれを持つ秋沢氏。
「木村さん、なんかわかんないけど初郎君嫌がってるからやめてね」
困惑した顔で諭す秋沢氏が着ているオーバーオールの胸元、下に着ているTシャツに印刷された写真から、カエルのぬいぐるみの顔が覗いている。
「あ、三竦みだ」
その場にへたり込む木村氏と彼を介抱する秋沢氏をよそに、私は1人で感動していた。
この後、私はへたり込んだままの木村氏を写真に収めてから、秋沢氏と2人がかりで木村氏を担ぎ塚を離れた。その間、秋沢氏になぜ食塩を持っていたのかと尋ねると、秋沢氏は恥ずかしそうに「大蛞蝓っていうから何かあった時の為に塩持っとこうと思って」と答えた。
車の側まで戻ると先程の中学生5人組が待ち伏せしており、目を輝かせて「どうでした?」と訊いてきたので「ヨシキ君に塩かけたらキモいの治るよ」とだけ伝えた。
後日、大蛞蝓の怒りから解放され普通の人間に戻った木村氏は爆発的なスピードでレポートを書き上げ出版社に提出したらしい。樹氏を通じてレポートが載っている雑誌を見せて頂いたが、へたり込んだ木村氏の写真付きで顛末を事細かに記していたにも関わらず何故か妙に胡散臭かった。
ヤラセだと思われるんだろうなぁ。どれだけ大変な思いをしても読者には伝わらないのだろうと考えると少しだけ辛くなった。
余談だが、最近秋沢氏がカエルの着ぐるみパジャマを購入した。
"三竦み"においてカエルは蛇に食われるものとされている。先日のシャツにプリントされたカエルといい、ただ偶然そのデザインを選んだということで済ませていいものだろうか。もしかしたら何か意味が籠っていたりするのだろうか。
私は何だか変な気分になった。
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