第74話 血筋の記憶 続

私には離れて暮らす兄がいる。兄がいるのに何故私の名前が"初郎"なのかは説明するのがしんどいから割愛するとして("蛇 前後編" 参照)、この兄には少し不思議な力が備わっている。それは"頭痛を起こした日に夢の中で先祖の記憶を見る"というものだ。

黒牟田家は幕末まで刀工として栄えており、黒牟田家の長男として生まれた者は跡継ぎとして刀工の技を教え込まれた。現在での黒牟田一族は皆農家か会社員をしており鍛冶屋の影を一切見せないが、長男たる兄は何かの影響を受けているのか刀工見習いとして期待をかけられる夢を見るらしい。

現実でも精神を病む程プレッシャーをかけられ続けてきたのに、どうして夢でまで同じ目に遭わなければならないのか。兄の頭痛を止める術は無いかと考えていたところへ、私達兄弟を黒牟田本家の法事に誘ってきた父から興味深い情報を与えられた。黒牟田本家の庭には藩主が建てたといわれる灯籠があり、建てた当時から火が灯され続けているという話だ。もしかして兄に降りかかった現象の原因ってそれじゃね?と勝手に推測した私は法事の日に灯籠の火を消そうと試みたが兄に止められてしまった為に断念した。兄の頭痛は今も続いている。




というのが前回("血筋の記憶" 参照)のあらすじ。実はあの後、一晩だけであるが私も先祖の記憶らしき妙な夢を見た。

夢の中で私は座敷牢らしき場所に閉じ込められており、木製の格子越しに着流し姿の若い男が私に向けて饅頭を差し出していた。


「母上には内緒やけんな」


そう言って笑いかけるその男を、夢の中の私は自分の兄だと認識していた。私は兄の言葉の意味を理解する間もなく饅頭を手に取り平らげた。直後、兄の背後に立つスラリとした影。その気配を感じるなり兄は慌てて立ち上がり「母上」と呼んだ。母上と呼ばれた女─小さな松模様の描かれた着物を着た初老の女は私を一瞥した後で兄に厳しい目を向け何やら叱りつけた。私は女が自分の母親であると認識していたが、何をそんなに怒っているのかわからずひたすらオロオロとして母と兄を見比べた。

ややあって母の説教は終わり、兄は弾かれたように座敷牢を飛び出した。1人残った母は私の前にしゃがむと、格子戸にその細い腕を通し私の頭を撫でた。何を言っているのかはわからなかったが、声は先程までと打って変わって優しくなっていた。

そこへ母の背後から安っぽい着物の女が小さな男の子の手を引いて現れた。母は男の子に笑みを浮かべて何やら一言か二言語りかけた後、私に向き直りこのように言い聞かせてきた。


「新しいお友達よ。大事になさいね」


「友達」という単語だけを理解した私は格子にへばりつき男の子に手を伸ばした。男の子は驚いて縮こまる。男の子の顔は秋沢氏にそっくりだった。




夢はここで終わった。驚きながら目を覚ました私のそばでは秋沢氏があぐらをかいており、自分で握ったものと思われるおにぎりを頬張っていた。


「仕事は?」


尋ねながらスマホの時計を見てみる。月曜日の午前10時。秋沢氏が既に出勤しているハズの時間である。


「年休消化で休み。食べる?」


そう言って差し出されたおにぎりを受け取り一口かじる。夢の中で兄から受け取った饅頭を食べた時の光景とリンクした気がして変な気分になった。

おにぎりを平らげた後、私は秋沢氏に夢の話をしてみた。秋沢氏は自分によく似た男の子が出たということで「もしかしてソウルメイト~?」などと言って紅潮した頬を押さえ、続けてこのようなことを言った。


「"新しいお友達"ってことは前の友達はどうしたんだろね」


そういえば。口振りからして秋沢氏そっくりの彼の前にも友達が存在するハズだ。もしかしたら他の友達は自宅から座敷牢に通ってきていたのかもしれないが、しかし夢の中の母が「大事になさいね」とまるで物を扱うような言い方をしたのも気にかかる。

私は夜を待ってから父に電話をかけ、それとなく先祖のことを問うてみた。息子がいきなり変なことを聞いてくると父は戸惑いつつ『前に話した以上のことは知らん』と答えたが、すぐにあっと呟いてこう続けた。


『本家に牢屋があった。こないだお母さんが見よったホラー映画で"したくかんち"とか言うて似たようなのが出てきてビックリしたわ』


私宅監置。自宅や物置小屋等に牢を作り、そこへ精神に障害を負った家族を閉じ込めるという、昔の日本に実在した医療制度だ。資料が多く残っているのは明治時代かそれ以降だが、それより前にも個々の家でひっそりと行われていたことだろう。ならば夢の中で私が追体験したのは、精神をやられて座敷牢に閉じ込められていた先祖の記憶、といったところか。狭い牢に閉じ込められて一生を過ごすと思うと可哀想に思えてくるが、しかし母親の態度を思い返すに家族としての愛情は注がれていたようだ。

しんみりとしてきたところへ父が『あっもう1個あった』と話を付け加えてきた。


『確かその牢屋に何かわからんけどキ××イの男の子を閉じ込めとって、母親が寺からみなしごを引き取って遊び相手を作っちゃりよったとか言いよったわ』


みなしごを引き取っていたということは自宅から黒牟田家に通っていた友達は存在しないことになる。

なら本当に他の友達はどうしたのか。恐ろしいことが頭を過ったのでもう訊かないし考えないことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る