ペルセウス腕から愛を込めて
一縷の望みをかけて電源スイッチを入れる。ブン、と電気の通る音がする。固唾を飲んでコンソールモニターを見守るが、ついに文字が表示されることはなかった。
「――ダメね」
もう手は打ち尽くした。私はそのまま主制御室の床にゴロンと横になる。
この調査船の命は尽き、やがて私の命も尽きるのだ。
銀河系ペルセウス腕探索チーム第五分隊、E3方面の探索は調査員行方不明という結果で終了する。
本当にありえない確率だと思う。星系間ワープの息継ぎに出た通常空間で、遊離岩石と衝突したのだ。当たりどころが悪く、MB機関の暴走でランダム跳躍した挙句、航法AIが死んだ。
私は何とかシステムとAIを甦らそうと手を尽くしたが、もう、やれることはなかった。
——ああ、まだ一つあった。
「救難信号だけは出しておかないと」
私は起き上がり、制御室の隅に設置されたメッセージシステムの前に座った。
これは航法AIとは独立しており、クラッシュに巻き込まれていない。ただし、できることはメッセージ信号だけを送り出すことだけだ。
「ま、気休めだけど」
自嘲気味に呟いて、簡単なメッセージを添えた救難信号を打つ。
クラッシュ直前の航法AIが弾き出した座標から計算して、調査母船、出発基地、母星系の方角。運が良ければ信号を拾ってもらえるだろう。
「こっちが見つかるとは思えないけどね」
私は改めて主操縦席に座り直す。
すでに予定航路より一千光年以上も離れている。広大な宇宙空間で航路をロストした船を探し出すのは、砂漠の中で針どころか特定の分子一つを見つけるのに等しい。私はもう、誰にも見つからないだろう。
疲れた。私は目を閉じる。
イオタ星系基地はペルセウス腕方面への出発基地だ。食堂で、明日出発の仲間たちと食事をしていた。
「寂しくなることってない?」
と、同僚の男性調査員が聞いてくる。
「たまに。でもタキオン通信だってあるし——」
「時々すごく怖くなるんだ」
私の答えを聞いてないかのように同僚は続ける。
「広大な宇宙空間で、たった一人。チリもないような真空の中で黙々と調査を続ける。誰もいない空間で、あの狭い船に閉じ込められていると思うと気が狂いそうになる」
「——疲れてるんじゃない?」
「半径何十、何百光年の空間にたった一人なんだ。たった一つ、タキオン通信という細い糸で繋がってるだけだ、それが切れたらお終いなんだ!」
叫び、しばらく沈黙し——それからまた笑顔に戻る。
「ごめん、出発前はいつもこうなんだ。今回も調査行、頑張ろうな」
何事もなかったかのように食事に戻る。
「一人、か」
私も呟いて、食事を口にする。
真っ暗だ。
「夢か……」
星系間宙域に灯りは何もない。
メッセージシステムと、生命維持装置のいくつかのランプだけがゆっくりと明滅している。
腕を上げて手首のリストモニターを見る。救難信号が受け取られた形跡はない。
(広大な宇宙空間に一人……タキオン通信という細い糸……切れたらお終い)
夢の中の彼との会話を反芻して、私はぶるっと身震いした。
私は今、完全に一人なのだ。誰も知らないところで、誰も知らないまま死んでいく。
怖い。
たった一人で死んでいくというのはこんなに怖いことなのか。
「あああ……」
私は座席に座ったまま唸り声をあげる。だがどうしようもない。
私はなぜこんな調査行に出ようと思ってしまったのか。
どうして……どうして……。
私はまた、ゆっくり微睡のなかに落ちていく。
「宇宙人なんかホントにいると思ってんのかよ!」
中学校の教室で、男子が囃し立てる。
「いるに決まってるでしょ!」
私はムキになって反論する。
「そのために調査隊が出てるんだから!」
「それは宇宙人じゃなくて惑星探査だろ。おまけに人が生きていける星だって見つかってないじゃないか。二十年も続くプロジェクトで、資源惑星三つなんて割りに合わない、ってニュースでやってたぞ」
「それが宇宙人のいない証拠なんかにはならないでしょ!」
「だいたい宇宙人に会って攻撃されたらどうするんだよ。敵かも知れないだろ」
「そんなことない。向こうだってこっちと仲良くなりたいに決まってる」
「何でそんなこと分かるんだよ」
「それは——」
「ほら、席につけ——」
先生が入ってきて、皆慌てて席に着く。
私も教科書を開き——黒板でなく窓から空を見上げた。
空の先の宇宙の先の、遠い星の誰か。
私はさっきの続きをボソリと呟く。
「この広い宇宙に、人類が私たちだけって寂しいじゃん……」
ハッと目を覚ます。
思い出した。そして分かった。
私は飲まず食わずで弱りきった身体を無理やり起こし、メッセージシステムの前に座った。
誰かに見つけて欲しい。
私はここにいる。
震える手で、座標をセットする。私が出発したのと反対の方角。まだ見ぬ未知の世界に向けて。
ああ、神様、どうか。
このメッセージをまだ見ぬ宇宙の友人に。
この宇宙は私たちだけには広すぎる。私たちだけでは寂しすぎる。
どうかまだ見ぬ友人よ。私はいなくなってしまうけど、私たちはまだ諦めない。
だから神様、お願いします。このメッセージを、どうか届けて。
私がここに居たことと、それから私たち人類が居ることに。
どうか、気付いて。
*
SETIプロジェクトは騒然としていた。
ついに地球外知的生命体の信号らしきものを受信したのだ。
ペルセウス腕方面からの電波はか細く弱々しいものだったが、規則正しいそれは何者かの存在を示唆していた。
まるで誰かが、自分の存在を知らしめるかのような信号だった。
オリオン腕に位置する地球以外にも知的生命体が居るのであれば、それは、きっと次のことを証明してくれるだろう。
人類は孤独でないのだ。
きっと。
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