第七話 うーん……まだ天使?
「わぁ……! よく似合ってるよ、アリスお姉さん!」
ミカエルがキラキラした青い目で私を映していた。控えめに言っても天使である。
うっ……これはときめく……! 恋愛的な意味ではなく。
その瞳の眩しさに気圧されながらも、「あ、ありがとう」と控えめに返した。ドレスが似合ってると褒められたのだ。素直に嬉しい。
……うーん、まだ天使? かな。病んでる様子は無い。
ミカエルは家庭内環境が悪くて病む訳では無いのだ。むしろとてつもなく恵まれ、愛されて育つ。その中で私アリスに拒絶され、気になっていき病みに繋がるわけである。
「アリスお姉さん! お母様とお父様にも見せに行こうよ!」
今の所私は拒絶していないし、この少年も普通の様子である。
ミカエルは私の手を掴み、後ろ歩きで引っ張った。
……だからまだ、大丈夫……?
その瞬間、悪寒がした。と、同時に足がもつれる。
あ、ちょ、やべ!?
体が傾き始める。──咄嗟に、ミカエルの手を振りほどき、体をねじり左に飛んだ。
ズベシャアッと頭から地面にスライディングする。コメディばりに。
鈍い痛みが広がっていく。
いっ………だぁ!?
「……!? アリスお姉さん!!」
ミカエルが心配そうに近づいてきた。見上げると、そのキラキラした青い目と目が合う。何度も言うが、まさしくその姿は天使だった。きらめく顔面を眺めながら、視線を下に戻す。
けど、けど防げた……!!
キャッ彼を押し倒しちゃった! 的なイベントを!!
……とっさの判断は、まさに正解だった。あのまま私が左に飛ばなければ、確実にミカエルを押し倒していた。しかも少女漫画あるあるな描写がある感じで。
私知ってる。そんなことになったらミカエル私にドキッとしちゃうんでしょ!? 初恋のきっかけ的なことになっちゃうんでしょ!? 可愛いね!?
しかも今の私の格好だと……胸チラする。まだ膨らんですらない胸だけど、ドレスの胸元カパカパだから胸チラする!! 胸チラする!!
まだ膨らんでないとはいえ、前世の記憶があるだけ嫌だ。一応前世高校生、そういうのが気になるお年頃。
ミカエルが手を伸ばしてくるので、その手を掴み、立ち上がった。心配そうな少年はこちらを覗き込んでくる。
「ご、ごめんなさい。躓いちゃった……」
「大丈夫? 怪我とかしてない……?」
躓いちゃったとかどこのドジっ子でしょうか。私ですね! 我ながらなんてあるあるなことをしてしまったのやら!!
今にも零れ落ちてしまいそうなサファイヤの瞳を見つめ返し、コクリと頷くと、ミカエルはふぅと安心したようなため息を吐いた。そして、ほんのり微笑んだ。
ごめん。本当にごめん。心配させちゃったね。
「……じゃあ、気を取り直して行こう?
えっと……歩ける?」
「歩ける。大丈夫だよ、本当に。心配させちゃってごめんね」
謝ると、「ううん、そんなことで謝らなくていいよ! アリスお姉さんこそ怪我がなくてよかった!」とまさしく天使のような返事が返ってきた。
何この子、超いい子やん……。天使かよ……。
そんなエセ関西弁が出るほど感動していると、ミカエルは遠慮がちに手を引いた。引かれるがままそろそろと後ろを歩いていく。
しばらくすると────ゲッ……。
光に透けキラキラと光るプラチナブロンド、長い睫毛が飾る金色の瞳はより輝き、こちらを見るその目は少し見開かれた。
それも一瞬のこと。ナイスタイミングというかバッドタイミングな、この国の皇太子殿下は私を見て口元を緩めた。
ひえっ!
反対に、私の口元は引きつった。
な、なぜお前がここに……!!
そこに居たのはまごうことなきアレクサンドルである。見間違うはずがない。
アンラッキーすぎる! なんでよりにもよってここでアレクサンドルと遭遇するんですかぁ!! 殿下! ムリ!!
チェェェェンジ!!
私が内心蒼白なことを知ってか知らずか、皇太子殿下はいつも通り見た目だけは可愛い笑顔を浮かべ近づいてきた。
あああああ、こっち来るぅぅぅぅ!!
この国の皇太子にひどい反応だとは分かっているのだが、こちとらこの皇太子に未来、殺されるかもしれないのである。この反応も当たり前ともいえよう。
「アリス嬢……いえ、アリス侯爵令嬢と言った方がいいでしょうか? そのドレス、よくお似合いです!」
「え? あ、ありがとうございます。こう……皇太子殿下?」
皇太子殿下の発音確かこれだったよね……?
ビクビクしながら彼を見る。
あれーなんでだろうな、ミカエルに褒められたのは嬉しかったけど、こっちはなんか……微妙だ。お世辞感があるからかな。
「この侯爵家にいる間は堅苦しくなくアレクでいいですよ」
そうにこっと微笑むこうた……アレク様に私は引きつりそうになりながらも笑顔を浮かべた。するとアレク様は我が新たな弟、ミカエルに向き直る。
「……君は……ミカエル侯爵子息。僕はアレクサンドル・レイモン・アルノー・リオステラ。どうぞよろしくお願いします」
「……! えっと、よろしくお願いします、アレクサンドル殿下。皇太子なんだったっけ、すごいなぁ……」
「そこまで凄いものでもないですよ。でも、ありがとうございます」
アレク様とミカエルは握手を交わした。
うわぁぁ……ヤンデレとヤンデレ(予定)が握手してる……。ファンとしては眼福だけど喜べねぇ……!!
私は今すぐUターンしたい気分になりながら、二人を眺めていた。二人が並ぶとマジ一枚の絵というか、スチルなのだが、今は二人が変に意気投合してしまわないかとかそっちが心配だった。ヤンデレタッグ組まれたら確実に詰む!
「あの、アレクサンドル殿下、皇太子ってどんなことしているんですか?」
ミカエルが興味津々といった感じで問いかけた。うわまじかお前勇気あんな……、流石だわ。
「うーん……弓や剣の稽古や、帝王学、マナー……こう考えてみると基本授業を受けてますね……。他は行事などに出席したりでしょうか」
「ひええ……大変だ……。殿下って、すごいんですね!」
「いえいえそんなことは……。これが王族としての責務ですから」
談笑してる……ミカエルすごい……。いや、そっか、ミカエルってアレク様の本性知らないから……。てか私さっさとお義母さまのとこ行っていいかな? ここに居たくないんですが……!!
割とこれ私の未来の生死に関わっているんですが……!?
しばらく彼らの談笑を、早く行きたいとウズウズしながら眺めていたが……。
「そういえば、君達は何か用事があったのではないですか?」
という、まさかのアレクサンドルの一言で会話は切れた。おおお、ナイス!? ……ナイス……? いや、そもそもこの人と遭遇しなけりゃこんなことにならなかったんじゃ……?
あ、とミカエルはハッとした顔になり、私を見る。そして、思いついた、といった顔でアレクサンドルを見た。
……ゲ、なんだろ、嫌な予感が……。
「今からお母様にアリスお姉さんのドレスを見せに行くんだけど……殿下もご一緒にどうですか? まだお話したいです!」
ミカエルゥゥゥゥゥゥ!?
にこっと花のほころぶエフェクトの浮かぶ笑顔を見せたミカエルの一言は私にとっての最悪手だった。
「良いのですか? それならぜひ!」
と、それはそれはもういい笑顔を見せたアレク様。もうこれ確信犯だろ。私嫌がってんの知ってんだろコイツ。
もう私は死んだ目をしていると思う。バレてませんように……いや、いっそ、バレてていいや……。
ここまできたら諦めだった。四面楚歌とはこのことか。右にミカエル、左にアレク様、背後壁。完璧囲まれてらぁ、諦めるしかねえ。
「行こう? アリスお姉さん!」
はい……。
それからのお義母さまの部屋への道のりはそれはそれは長いものだった。私は終始相槌を打つ程度だったのだが、ミカエルコミュ力やばいね。アレク様に話しかける話しかける。凄い。私なら一言で終わっちゃうのに。
だからお義母さまの部屋についた頃にはもうクタクタだった。コンコン、とノックを二回。
「お母様、ぼくだよ!」
ミカエルがワクワクが抑えきれない様子で言えば、すぐその扉は開く。
「ミカエル、どうしたの……ってアリスちゃん!? 可愛い!! 写真を見た頃からラベンダー色が似合うとは思っていたけれどこれほどまでとは思わなかったわ! 妖精みたい!
……と、え、皇太子殿下!? どうしてこちらに……?」
お義母様が早口で私を褒め称え、皇太子に気がつき慌てて膝をつくまで5秒ほどしかかからなかった。オタクが尊さを語るときの弾丸トークのようだった。お義母さまって意外とオタク気質……?
「ああすみません。お邪魔してしまいましたね。私はただついてきただけですので、お気になさらず」
お気にしますが!?
義母の言葉に対する彼の言葉に、思わずそんな言葉が飛び出そうになった。
やっべ、よく抑えた私の喉……!
アレク様を気にしないとか無理だろ。この国の皇太子殿下でなおかつこの存在感だぞ? 無理だろ。
お義母さまもそう思ったようで苦笑いをしている。そうだよね、気にするよね。
「……ああ、そうだわ! 皇太子殿下にぜひご案内したい所があるんです。王室のものには叶わないと思いますが、この屋敷には空中庭園があるんですの」
空中庭園……? え、てかまだこの皇太子と一緒にいなきゃいけないの!?
「空中庭園ですか! ぜひ!」
あああ、この人頷いちゃったよ!!
私だけ不参加とかできないかな!? できないよね知ってた!!
「……! ぼくも行きたい!!」
あ、ミカエルがキラキラした目で見てくるぅ……。
「……わたしも、行きたいです……」
こう言うしか、無いですよねぇ……。
そうして、お義母さま、ミカエル、アレク様、私のパーティーは空中庭園へと向かった。いや、あの、お母様話しかけなくていいです……できれば無言でいたいです……!!
一番上、3階まで階段で上がれば、扉が見えてくる。その扉を開くと、そこには青空、そして色とりどりの薔薇が咲いていた。そして……私はここに見覚えがあった。
……あー……できれば、これは思い出したくなかったなぁ。
ルヴィエ侯爵邸の屋上。純白の薔薇が咲き乱れ、星々の輝く夜空に舞い散る中。
私は──ミカエルに刺し殺される。
その私の血で白薔薇が赤く染まり、血染めの白薔薇、タイトル回収である。
…………いや、やめてくれよ!? いらねーよそんなタイトル回収!!
もちろん殺される以外にルートはあるものの、それでも嫌だ。可能性があるだけで嫌だ。
しかも律儀なことに全キャラ白薔薇が真っ赤に染まるエンドあるんだぜ? しかもその血、私の血だけじゃない。
そんなに白薔薇赤く染めたいのか!? なんでこんなタイトルにしたんだ!! ……ストーリーとしては最高ですよこの野郎!!
バッドエンドうまうまと楽しんでいた頃は良かったものの、いざヒロインになってみれば最悪のルートだらけである。
「……リス……アリス侯爵令嬢」
誰かに呼ばれてると気が付きハッとなる。そしてそちらを見ると……
「アリス侯爵令嬢、どうかしましたか? ぼーっとしていましたが」
そこには紛れもない皇太子殿下が立っていた。
第六ルート「ヤンデレ乙女ゲーヒロインに転生してしまった……!?」 らい @rairaito
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