第六話 腹が減ってはなんとやら

 屋敷の中は想像以上に大きく、迫力があった。濃紺ベースの絨毯や家具、目の前にはドーンと大きな木製の階段があって、木目がきれいで、なんとなくアンティークのような落ち着きもある。


 そんな空間にまた1人圧倒させられるが、隣の銀髪美少年が根気よく話しかけてくれるおかげで圧倒されている時間ヒマがない。


「アリスお姉さんの部屋はもう決まってるんだよ! ぼくが案内してもいい?」


 ミカエルが義母……お義母かあさまにそう聞くと、あらあらと笑った彼女はセリアと一緒ならいいわよ、とすっとそばにいた茶髪の女性へ手を向けた。

 

 古き良き、という言葉が似合いそうなメイド服を着た茶髪の女性がペコリと頭を下げる。


「アリスお嬢様、初めてお目にかかります。セリアと申します。これからはお嬢様の身の周りをわたしがお世話しますので、何かあればわたしにお申しつけください」


 これがお抱えメイドってやつ……!? 某百均ショップみたいな名前ですね!? とか考えつつ、あわてて私も自己紹介せねば……! と口を開く。


「あ、アリスと言います。よろしくお願いします……」


 ……結局、簡単でありきたりな自己紹介になった。いや、いいんだけど、別にそんな記憶に残る挨拶がしたかったわけじゃないんだし……!


 そんな私の様子を見て、夫婦もふふふっと笑った。なぜ……? おかしい所はどもったところぐらいだったはず。


「アリス、君は今日から僕達の家族だ。だからアリス・ルヴィエと名乗ってほしいな。

 ……それと、僕のことはお義父とうさま、シャルリーヌのことはお義母さまと呼んでほしい。できるかな?」


 そう銀髪のイケメン、お義父さまが空色の目を合わせて屈んでくるものだから、しばらくぼーっと眺めたあと、ハッとなって私はぶんぶんと首を縦に振った。

 

 ……び、美形の破壊力パネェ……!!


 今ちょっと見惚れてた。


 よくよく考えてみれば、私悲観しすぎてたけど、周り美形だらけで貴族ってかなり役得な立場なのだ。それに愛してくれるだろう家族もできて……村のみんなと離れてしまったのは寂しいけど、恵まれすぎってほどに恵まれている。それならこの状況を楽しむっていうか満喫しないと損だろう。

 

 ……けど、そうか、ミカエルと一緒に部屋へ向かうのかぁ……。

 

 隣のキラキラした目を向けてくる義弟おとうとには悪いが、正直……困る。

 私は彼に……どう対応していいのか分からないのだ。

 

 彼はストーリー上、ヒロインに拒絶されてヤンデレに目覚めることになっている。なら構えばいいんじゃね? という意見もあるだろうが……やめたほうがいい。


 さっきアレクサンドルが発作みたいなのを起こしたみたいに、ちゃんとイベントを遂行しないと何かしらの異変が現れる、かもしれない。それに構いまくれば、別方向のヤンデレに目覚める可能性がある。


 ほら、構いまくれば好感度上がりすぎて過保護になって監禁ルート、とか小説ではあるあるじゃない? 残念だったな! わたしゃ同じてつは踏まねーんだ! 

 

 ……ならどうするか、拒否してもヤンデレ、構いすぎてもヤンデレになる可能性大。それなら……適度な距離を保てばいいの?


 ミカエルルートへ入るのはそこまで難しくない、言っちゃえばゲーム内で一番簡単かもしれないルートだ。


 元々の好感度、てか興味? が高いから、彼に構うような態度をすればルートに簡単に入れる。そして構ったら最後、別キャラルートへ入らない限り逃してくれない。つまり……詰み!!

 

 だからといって、拒否し続けるのは私の精神的な問題で辛い。ゲームが終わったとしてもヤンデレじゃなくなる訳じゃないだろうし、一生だぜ、一生! 無理だよ! 私罪悪感で潰れちゃう!! ガラスのハートなんだから! 

 

 ……だから、なんとかヤンデレにならない具合の関係を保つのがいいのかな。冷えた姉弟関係は……できれば寂しいから避けたいけど……目指すは友達みたいな姉弟、とか?


 ぽわぽわぽわ〜と想像が浮かんでくる。


「ミカエル、好きな子居るのー?」

「へ、いいいい居ないよ!?」

「そんなこと言ってー、この色男! お姉ちゃんに話してみなさい! 誰にも言わないから!」

「……実はクラスの……」

 的な的な的な!


 好きな子の情報共有できて茶化したり惚気《のろ》けたりできるぐらいが良いかな! 私は……学園卒業するまでできないと思うケド……(ヤンデレとかヤンデレとかヤンデレとかに)気ぃ抜いてられないし。


 うへへへへ……。


 私、ひとりっ子だったから弟とか憧れてたんだよね。それもこんな可愛い子! ヤンデレの素質さえなければ最高なんだけど……いやいやでも私の行動次第じゃ矯正できる可能性も無きにしもあらず!!


 アレクサンドルみたいに根本的に性格がダメとか過去に何かあったわけでもなし、そこまで難しくはない……はず!


 てか、対象が私じゃなければ別にいいよ!! 美味しいから!! お姉ちゃん惚気聞くから!!


「……アリスお姉さん……?」


「へ、あ、うん、ミカエル……くん? えっと、部屋に行くん……ですよね……!? 案内オネガイシマス。えっと……お義父さま、お義母さま……? 行ってきていいですか……?」


「あぁ、行ってらっしゃい」


「……っええ! 行ってらっしゃい。お部屋についたらチキンスープを持っていかせるわね。お腹が空いているでしょう? その後お風呂に入ってからこの屋敷の案内をしましょうね!」


 お義父さんはニコッと笑って、お義母さんとミカエルは凄く嬉しそうな、花の咲くような笑顔を返してくれた。美形の笑顔……眼福です……! それも純粋な笑顔だからなおさら……!!

 

「殿下も客室へご案内しましょう。セバスチャン、頼んだよ」

 

「じゃあアリスお姉さん、ぼくについてきて!」


 例の作り笑いの少年は私達とは逆方向へ向かうらしい。……シャアッ! 別ルートだぜ!!


 この少年と離れられるだけでこの安心感。アレはラスボスですからね。ミカエルの方がまだ扱いやすいはずだ。


 スッとまだ小さい手に引かれた。これが大きくなったら角張ってきたりするんだろうなー……なんてもう未来のことを考えながら後ろを着いていく。

 

 銀髪動くたびにふわふわしてる……地毛でこのクルクル具合か……かわい……。


「こっちが台所で、あの1番のっぽな人が料理長のヘレーさんだよ。ヘレーさん!!」


 コックみたいな人達の中、頭1つ分大きい男性がこちらを振り返ると、会釈をした。


 ヘレーさん、ヘレーさん……ごめんなさい今日だけでは多分名前全部覚えられない。


 ミカエルは通りかかったメイドさんや使用人の方々? をいちいち紹介しながら部屋へ向かって行った。


 残念ながら記憶力が格段に上がった、とかそんなことはないようだ。教えられた名前の半分も覚えられてない。……生活してくうちに慣れよ……。

 

「ここが、アリスお姉さんの部屋だよ」


 ミカエルはスッと扉を開き、私を通してくれた。レディファーストがちゃんとできてる……教養の差……いや、私元孤児だもんね当たり前ね、これから覚えてこ。


 最終的に案内された部屋はかなり広くて、ちゃんと女の子用って感じに内装が整えられていた。すごい可愛い。


 わわ! まじか! リアルで天蓋付きベッド!?


 その上お姫様ベッドみたいなのもあって、まるでお嬢様の部屋、ってテーマのスタジオのセットみたいだった。これが自分の部屋になるっていう実感が全く湧かない……。


「あ、セリアさんおかえりー!」


 ミカエルの声に振り返ると、ちょうど今セリアさんがスープを持ってきてくれたようだ。チキンスープの良い香り。多分香料もそこそこ使っているのだろう。


 村に居た頃は香料とか地元で取れる限られたものだけで、売りにも出すからほとんど素材の味を生かした料理……美味しかったけど、そういう感じだったから、この本格的なレストランで出そうな匂いは前世のことを思い出させた。

 

 ……私、本当に死んじゃったのかな。だとしたら、母さんにも父さんにも……迷惑、かけたのかなぁ……。


 正直に言うと、両親の顔は……おぼろげなのだ。

 あくまで私は、記憶を思い出した感じだ。今世よりも前世の記憶が強すぎてそっちに引かれてしまっているが、根本はこっちの、アリスとしての私、だろう。


 思い出しても……喪失感があるだけなのだ。悲しいくらいに、寂しくない。


 何度もヤンデレトークをした友人同志も、両親も、遠い夢の様に感じてしまうのだ。確かに覚えてるのに、私がああなる前に何の話したとかも、でも、顔は思い出せない。……いや、声も思い出せないみたいだ。内容は割とはっきり覚えているのに。


「アリスお嬢様、どうぞ」


 セリアさんの言葉にこくりと頷いてから口をつける。


 …………美味しい。


 普通に美味しかった。久しぶりに食べたよ、こんな雑味ないコンソメスープ……!! 村のも美味しいには美味しかったけど臭み強いのも少なくなかったから。……ただ、ちょっと薄いかな? 村の味付け素材だけだけど塩気も旨味もその分強かったし、私の舌がそれに慣れてしまってるだけ?


「あの、おいしいです!」


 そう返すと「それなら良かったです」と優しい笑顔が帰ってきた。


「それじゃあ、ぼくの部屋の場所も案内するね!」


「ミカエル様、その前に奥様がアリスお嬢様を着替えさせてほしい、と。それからにして頂けませんか?」


 その言葉にミカエルは青い目を緩め、「それなら着替え終わったらぼくを呼びに来てもらえるかな。アリスお姉さんならどんなドレスでもきっと似合うよ!」と天使の微笑みを浮かべた。花のエフェクトが見える。


 やっぱり可愛い……!! し、紳士的!?


 さすが乙女ゲーの攻略対象。幼少期から凄い。


 そうしてミカエルが出ていくと、セリアさんは箱を差し出してきた。リボンのついたきれいな箱だ。


 その箱を開くと、中にはラベンダー色の柔らかで上質そうな、そして動きやすそうなドレスが入っていた。なにより……


「可愛い……」


「そのドレスは奥様がアリスお嬢様のために、と選んだものなんですよ」


 そのドレスはとても可愛かった。

 前世では七五三のときにしか見たことのないようなものだが、アリスが美少女なことを考えると絶対似合う。シャルリーナ様……お義母さまはセンスが良いらしい。


 するとセリアさんがドレスを置き、私の服に手をかけた。


「へ?」


「手を上げてください」


 言われた通りにすると、セリアさんは服を脱がす。


「そのくらい自分で……」


「ご令嬢は自身で着替えることはしません」


 あ、はい……。


 するとドレスを着せられ、整えられていく。そこまでキツくは無いがコルセットみたいな物もつけられた。


 鏡の前に立たせられると……アリスの目の色と同じそのドレスはよく似合っていた。

 アリスはまだ痩せぎすではあるが妖精のような美少女である。そりゃあ似合う。


「よくお似合いですよ。さっそくミカエル様にお披露目しますか?」


「はい……あの、ありがとうございます」


 お礼を言うと、いえいえとセリアさんは微笑んだ。


「では、ミカエル様をお呼びしますね。少しこの部屋で待っていてもらえますか?」


 その言葉の後に、セリアさんは部屋を出ていった。








 


 

 

 

 

 

 

 

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