第五話 寝顔は天使なのに……

 ちなみに、これまで私が自分がヒロインだと気づけなかったのは、アリスの幼少期とのギャップと、そもそも私がヒロインの名前を変えるタイプの人間だったからである。

 

 ……そういえば、ヒロインのデフォルト名アリス・ルヴィエだったかな〜レベルの認識だ。ちなみに変更してたときはスズ・ルヴィエになってた。前世の私、涼乃の名前をもじっただけですが。

 

 ……そして、幼少期とのギャップというのは……まぁ言わずもがな怪力、サイクロプスの乙女の件である。

 

 ゲームでのヒロインちゃんの容姿は、ふわふわの金髪にラベンダーみたいな薄紫色のぱっちりおめめ、乳白色の肌に触ったら折れてしまいそうな華奢な体と、まるで妖精のような儚い系美少女であった。


 アリス、というデフォルト名からか白うさぎの髪飾りをつけていて、パッケージを見たとき可愛い〜って思ったのを覚えている。し、実際可愛かった。

 

 ……中身は見た目の通り、儚げでとても優しくて、でもちょっと引っ込み思案な感じの女の子。

 そんな子が、ヤンデレ攻略対象達にどんどん墜とされていくのを見て、何度尊さに悶えたことか……! 特に地下牢監禁エンドが最高だった! 逃げられないって気がついたヒロインの恐怖、絶望……その中にほんの少し顔を覗かせる期待、あの表情はヤバイ。神絵師。あれはそりゃ狂愛したくなる。画面越しでなおかつ同性なのにヤバかった。制作者と絵師さんは確実に変態。最っ高の変態だ……!! ……ッいかんいかん、自分の世界に入ってた。


 そしてそんな、そんな儚げ美少女が、昔サイクロプスの乙女なんて言われる程の怪力の持ち主だった……なんて誰が思うものか。

 

 ……正直、信じたくない。


 ……いや、キャラとして、ヒロインちゃんが怪力なのはギャップとしてOKなレベル、てか萌えれるのだ。それに攻略対象に無理やり迫られたときその力で拒否して逃げれるはずなのに、しなかった……理由を勘ぐっちゃいますね!? 最高、素晴らしい、神。


 ……でも今回はそうじゃない。それが……私なんだぞ?


 キャラ崩壊もここに極まれり。いや、キャラ崩壊のレベルじゃない、全くの別人だ。


「あ゛~……!!」


 小声で出すと、頭を抱えた。


 私が、私がヒロインちゃんを汚してしまった! そんな罪悪感も生まれてくる。

 ……だが、この体は確かに私の物だ。記憶も感覚も全てが私の物だと主張してくる。別の人格がある感じもしないし、どちらかというとこれまで記憶喪失で、昔を思い出したって感じの感覚。


 ……でも、この世界の、儚げで優しくて引っ込み思案なヒロインちゃんはどこにも居なくなってしまった。私がどれだけゲーム通りに演じても、心までは演じられないのだから。


 ……あの神スチルの表情だけは私には絶対に再現できないのだ。したいとも思わないけどな……!!


 ……クッ、これなら伯爵くらいのモブ令嬢に生まれ変わりたかった……!! ヒロインちゃんと攻略対象の様子を安全な第三者視点から見てニヨニヨしたい人生だった……!! 叶わぬ願いである。


 ……気をそらすように、目の前の、とにかく容姿の整った少年の顔を眺める。


 うわ、髪サラサラだし絹糸みたいにキラキラしてるし、まつ毛やっぱ長! 量多!


 肌は毛穴無いの? 精巧な3Dモデルなの? ってくらい真っ白なたまご肌だし、頬は今は健康的な桜色で、寝顔は本っ当に可愛い……!

 何かに目覚めてしまいそうな位の可愛さである。


 そして、髪が肩まであるから本当に女の子みたいだ。……女装させてみたいな。……許してくれるわけがないのは理解しているけど。


 ……それに、その寝顔は年相応だった。

 常に完璧に表情を貼り付けていた彼だが、今は無防備で、あどけない表情に母性本能がくすぐられる。……やっば、目が離せない。

 

 思わず、彼の綺麗な髪に手が伸びる。起きたらどうしよっていうのが無いわけじゃないんだけど、どうしても触ってみたかった。

 

 ぽんっと優しく触れると、本当に軽くて柔らかくてサラサラで、起きないのをいいことに何度も撫でる。……この子が、後にあんなヤバい行動ばっかする見た目儚げイケメン(ヤンデレ)に育つんだよなぁ……。お姉さん信じられないわぁ……。


 彼の一切絡まない白金色の髪を梳き、頬に触れる。……ほんのり暖かい。

 そしてふにふにっとする。うわ、なにこれ、柔らか……!! 


 さっきの仕返しのつもりだったのだが……これはやめられなくなってしまう……! とぱっと手を離した。はらはらと髪が手からこぼれて元の位置へ戻る。


 ……けど、可愛いけど、やっぱり恋愛対象としては見れない。

 

 どちらかといえば庇護欲をくすぐられるというか、弟に欲しい……ってのもまた違う気がするけど、そんな感じの印象だ。


 成長したらどうか分からないが、今の所は恋愛対象としては見れない、という事実に少しだけ安心した。

 乙女ゲームの強制力とかで強制的に恋に落ちさせるとか、そういうことは無いって分かったから。……ゲーム本編がスタートしたらどうか分からないけども。


 ……じゃあ、次もきっと大丈夫だ。


 私はこれから向かうルヴィエ侯爵家について思い出す。

 

 ルヴィエ侯爵家とはルヴィエ辺境伯領を治める一家のことであり、私の新しい家族となる人達のことだ。――――そして、その中には攻略対象の1人が居る。


 気を抜かないようにせねば……!


 そう思いつつ、私は「ふあぁ……」とまた可愛らしいあくびをした。

 






***




「起きて…………起きてください」

「……んぅ……っ」


 可愛らしいショタボ、体を揺さぶられる感覚に目を開くと、視界いっぱいにとびきり眩しい美少年の顔が。ついに私は天に召されたのか……! なんて起きてすぐは本気で思っていたのだが、しばらくすると脳が覚醒し、今の状況を理解する。


 ……違う! これ、皇太子さまだ!

  

 サッと顔が青くなり、目を瞑りたい衝動に駆られる、がそんなことを彼が許してくれるはずもなく、「おはようございます」と笑いかけられた。


「……おはようございます……」


 仕方なく返すが……やっぱこの子、笑顔作ってる。


 寝ている時はあんなに可愛かったのに……と悪態をつきたくなるが、ついたらついたでややこしいことになりそうなので我慢した。

 

 ……揺れがない。し、起こされたってことは着いたのかな?

 

 ゆっくりと体を起こすと、皇太子さまはやっぱりあの笑顔で私を見ている。ずっと笑ってて疲れないのかしら……。


 その笑顔は正直に言うと、可愛い、可愛いけど……! 

 でも私はこの笑顔、嫌いだ。


 それは一般的なヒロインみたいな(このゲームのヒロインちゃんは絶対言わないと思うけど)、偽物の笑顔を浮かべる貴方を見ているのは辛いからとか、そんな綺麗な理由じゃなくて、その笑顔の下で何を考えているか分からないから……つまり、怖いのだ。


 ……ちなみにこの作品のヒロインちゃんはそうやって口にするより、受け入れてただ側に居てくれるような、そんな子です。マジ天使。私はこっちのが好き。


 ……やっぱり私にヒロインは務まらない。

 だって自分のことしか考えられないよ、私。……まぁ、なりたいとも……思わない、訳ではないんだけど……あ、でもこのゲームでは全力で拒否させていただきますね!!

 

 馬車の扉が開いて、目の前の少年のプラチナブロンドはもっと輝く。

 うわっ眩し……! キラキラが……!! オーラが違う!!


 扉の外には御者マチューさんがいて、階段を設置してくれたようだった。

 奥には前世でも今世でも見たことの無いような大きなお屋敷。驚きで口があんぐり開いてしまいそうになるのを抑え、立ち上がる。


 馬車の外に出ると、晴天の下、とても大きなお屋敷と庭園が私達を出迎えていた。その装飾は華美ではないが落ち着いていて品を感じさせる。あ、庭師さんっぽい人が低木整えてる。


 パネェ……貴族パネェ……!!


 なんて、これからその貴族の仲間入りをするとは思えない言葉遣いをしながら、その存在感に圧倒されていた。


 ……ふと隣を見ると、キラキラとプラチナブロンドを輝かせる、こちらも美しすぎて圧倒されてしまいそうな絶世の美少年が当たり前のようにその光景を眺めている。……何この空間、場違い感が凄い。

 

 まぁ、アレクがこの空間に驚かないのは当たり前といえば当たり前なんだろうけど、ちょっと自分と同じように驚いて欲しかったという気持ちもある。人の気持ちって面倒くさい。

 

 ……だって、この子皇太子だもんなぁ、そら驚かんよ。この子の住んでるお城の方がもっとデカくて豪華なはずだし。

 

 隣の少年の態度を見て、ちょっと冷静になる私。9歳の子の前で自分だけ圧倒されているのが恥ずかしい。

 ……てかほんとこの子何をしても絵になるな!? 


 表情には出してないはずだが、冷静を取り戻す。見られているのに気がついたのだろう。アレクは私にニコっと天使の微笑みを向けてきた。スマイル注文してないんで! 押し売りはやめてくれませんかね!? 

 

 ……なんてふざけながら考えていると、見た感じ品が良くて主人って感じの銀髪イケメンと亜麻色の髪の美女が、メイドさんと執事を連れて、こちらへ近づいてきていた。


 もしや、ていうか絶対……!


 ゲームでの立ち絵より若く見えるが、この人達は……!


「……君が、アリスちゃん? こんにちは、僕はレナルド・ルヴィエ。今日から君のお父さんになるんだ。よろしくね?」


「まぁ……こんなに痩せてしまって……。セリア、後で美味しいチキンスープを用意してあげて? 

 ……私は、シャルリーヌ・ルヴィエ。今日から貴方のお母様になるの。娘ができて嬉しいわ!」


 白魔法の適性と強い魔力を持つといえど、孤児で痩せぎすな少女にも優しく語りかけてくれる夫婦。美男美女で、仲睦まじげで、何より雰囲気が柔らかい。


 ……そしてその足元、隠れるようになっていた空色の目がこちらをチラッと伺った。

 その整った顔が一瞬真剣になったかと思えば、ニコっと隣の彼とは違う……満面の笑みを浮かべる銀髪の美少年。  


「ぼくはミカエル・ルヴィエ。今日からあなたの弟になります! よろしくね、アリス……えぇっと……お姉さん!」


――――ミカエル・ルヴィエ。

 クルクルとおしゃれな感じに天然パーマのかかった銀の短髪に空色の目、愛嬌のある整った顔立ち。


 ルヴィエ侯爵家唯一の令息であり、その人懐っこく優しい性格から周囲に存分に愛されて育ってきた。だからか、村から離れ寂しげにしていたヒロインにグイグイいきすぎて、拒絶されてしまう。


 そして唯一自分を拒絶した姉に、頼られたい、仲良くなりたい、と強い思いを抱きはじめ、それが病みに繋がっていく。


 ヤンデレテーマは追跡・束縛。


 後にヒロインにストーカーまがいな行動を行うようになる――――攻略対象の1人である。

 

「ょ、よろしくお願いします……!」

 

 緊張をごまかすように、笑顔を作って、頭を下げる。すると、目の前の少年に両手を取られ「うん! アリスお姉さん!」と曇りのない笑顔を向けられた。


 ……クッ、純粋すぎて眩しい……!


 これが後に見た目爽やか系イケメンになって、ヒロインにストーカーまがいな行動をするようになるんだぜ……!? マジで美味し、じゃなくて信じられん。

 

 私が必死に笑顔を浮かべていると、義父レナルドさんと義母シャルリーヌさんは、気になっていたであろう私の隣、輝かんばかりの美少年アレクに視線を向けた。


 あー……そういや、この皇太子さまは侯爵様に会いにきたんだっけ。その途中で遭難するとか本当に運悪いよなぁ、可哀想に。……ハッ、まさかこれが乙女ゲームの強制力ってやつか……!? ってこの下りさっきもやったっけ……。


 アレクは動じることなく白金の睫毛の影がかかった金色の目を細め、私に見せていた子どもらしい(といっても作られている)笑顔……ではなく、王族らしい微笑みを浮かべて会釈する。

 

「はじめまして、ルヴィエ侯爵閣下。

 私はアレクサンドル・レイモン・アルノー・リオステラと言います。

 ……突然のことで申し訳無いのですが、城からの迎えが来るまで貴邸に滞在してもよろしいでしょうか」

 

 私が日本語訳するとこうだが、実際はもっと綺麗な言葉で喋っていた。……すまん、翻訳のスペックが足らんのだ。

 今世の私は神父様にある程度の教育は受けてきたものの、こういう上流の言葉はよく分からない。


「……それはもちろん、我が屋敷総出でもてなしましょう。それで……アレクサンドル皇太子殿下がなぜ、我が領に……?」


 義父レナルドさんはひどく困惑したような表情で、片膝をついてアレクと目線を合わせた。


 「……ええ、それが……実は、私にも思い出せないのです」

 

 はぁ!?


 さっき思いっきり馬車から落ちて遭難したとか自分から言ってたのに!? と、思わずアレクの方をバッと見ると、少し困った様な笑顔が帰ってきた。……な、何だその反応は……。

  

「実は、気がつけば森の中に居まして……、運良くアリス嬢に拾ってもらったのですが、もしアリス嬢が居なければ私は……」


 ちょ、待てよ……! なんで私、命の恩人扱いされてんの!?


「あのっ、違くて、こうた……アレクさま? が私達がモンスターに襲われている所を助けてくれて……!!」


 なんて必死で弁解しながら思い出す。

 ……そういえばアレクサンドルルートでは最後は命の恩人ってことで無理やり他の令嬢押しのけて婚約したんだっけなぁ、と。

 反発も大きかったんだけど、ヒロインちゃん天才で努力家だから妃教育もきちんとこなし、その上でお人形(バッド)エンドかハッピーエンドかの選択肢を選ばされるんだっけ。


 …………駄目じゃん!! フラグじゃんこれ!!


 必死で自分が命の恩人じゃない、こっちが助けられたんだ、と弁解する私を義父レナルドさんは微笑ましいものを見るように見ていた。


 違う、違うんだって……!!

 

「よくやったね」と、ぽんと頭を撫でられて、理解する。あ、これ、無理だ。もう無理なやつだ。微笑ましいものを見る目しか返ってこないやつだ。……ちくしょう!


 隣を睨んでないギリギリの視線で見つめると、一瞬、怪訝そうな顔が帰ってきた。すぐに笑顔に戻ったが。そりゃ、皇太子の命の恩人なんてメリットしか無さそうに思えるけどね、私には死活問題なんですよ……!!


 私も助けられて皇太子さまも助けられたんだからプラマイゼロで無かったことにできません? ……なんてことは言えず。


 その流れで一緒に屋敷の中へ入ることになってしまった。


 右側にはプラチナブロンドを揺らしながらニコニコ笑うアレクサンドル。左側には空色の大きな目を輝かせながら、仲良くなりたい! と言わんばかりに話しかけてくるミカエル。それを微笑ましいものを見る目で眺めている大人達。


 両手に花ならぬヤンデレ。


 ……どうしてこうなった。

 


 

 


 

 


 

 

 


 

 

 

 



 


 

 

 

 

 

 

 


 



 


 


 

 

 

 

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