第四話 馬車の中、彼と2人、だから寝ます
彼の私へ対する好感度が少し上がってしまったと気づいた今日この頃……てかついさっき。
カーテンが開けられ、随分と明るくなった馬車の中。
私の真ん前には、ニコニコと天使の微笑みを押し売りしてくる
もしその微笑みを受け取ったとき、代償はかなり高くつきそうだ。
……友人よ、コレ、私はどうすればいい?
死んだ目で目の前の美少年を眺めること数十分(といっても私の体内時計だが)。状況だけ聞くとご褒美にしか聞こえないし、かつての私なら確実に喜んでいた。
……だがしかし、この目の前の美少年の中身は、聡明で冷酷。この頃からそうだったのかは知らないけど……でも多分この笑顔は偽物だ。何か……笑ってるようで笑ってない。
私は鳥肌の立つ腕をさすった。
「……大丈夫です? 寒いのですか?」
貴方のせいで背筋が寒いんです。ですのでお城に帰ってくれ!! 今すぐに!!
……とは言えず、目の前で幼い美貌に心配の色を浮かべる彼に「大丈夫です」と笑ってみせた。
……ハァァァァッ 何これストレス! てか怖い!
何これ、なんで私こんなにメンタルすり減らしてんの……。
目の前の美少年の笑顔に、また気分が重くなった。何かボロ出したらお終いだ。強いて言うなら何か知ってる風な態度を見せた時点でお終いだ。だってそれで察せるレベルの天才って設定だった。
……あーもう考えることを放棄したい。目の前の存在を無視したい。ヤダ、何この美少年、怖い。見た目は可愛いのに、可愛いのに……ッ!!
……この少年の桃色の唇が開くごとにビクッとしてしまっていた。もう正直限界だ。
――――いや、もういっそ無視すればいいのではないか?
ふと、そんなことが頭に浮かんだ。
……よくよく考えてみれば、アレクサンドル側から見た私は9歳である。……アレクサンドルも9歳だけど。
それだったら、普通の子どもはもっと自由奔放のはずだ。ご令嬢はどうか知らないけど……でも、ここまで作り笑いしていちいち気を使う子どものほうが珍しいはず。てか私は孤児の出だし。後で多分分かるでしょ、孤児だって。特定するんでしょ!! きっと!!
……それに私は好感を持たれてはいけないのだ。……さっき思いっきり持たれてた気がするけど! あれは事故! 不幸な事故だ! だから今からゼロに戻そう!
……私は目を伏せ、小さく頭を揺らした。そしてハッとなったかのように目を開く。
これは題して、眠ってしまおう作戦!
我ながら名案……ダサいとか安直だとか言うな!
まぁつまり、題名の通りだが、眠ったふりをしようと思う。
……これがなんで好感度をゼロに戻せるかというと……まぁそれは私にとっても賭けなんだけど、ご令嬢がやってはいけなさそうなことで、尚且つ不敬罪に当たらないレベルで失礼なことをやろうと思ったのだ。
寝るぐらいなら大丈夫だろう、きっと! ……あと、この皇太子を無視できる理由になるから。
……多分、これまで彼が見てきたのは貴族社会のみ。周りにいる女子もみんないいとこのお嬢様だろう。……ってあれ、よく考えたらなんでそんな人が森で遭難してんだ? 馬車から落ちたとか言ってたけどなんで? あなた、帝国唯一の皇太子じゃなかったっけ……? …………これが乙女ゲーあるあるのご都合主義ってやつか……?
こくこくと船を漕ぎながら、思考を元の場所へと戻していく。
……まぁつまり、彼はきっと品の良いご令嬢しか見たことがない。そしてこれは偏見だが、ご令嬢達はきっと皇太子さまを残して自分だけ寝るなんてこと、絶対にしない。
だから、あえて、である。
コイツ品ねーなー、とか非常識だなーとか思わせることが目的なのだ。そもそも孤児なんで品ある方がおかしいんでね!!
……これで、この私を前にして自分だけ寝るなんてありえない、からの、コイツ、面白い、なんて短絡的な思考回路にこの皇太子さまがならないし、なれない性格であることは理解しているのでそこは安心である。
……建前じゃなくて本音を言えって?
この子と会話してるとボロ出しそうで怖いし、謎の威圧感感じるし、何より自然に無視できる理由が欲しかった! チキン言うなら言え! 否定はせんわ!
こくっこくっと船を漕ぐ私を見た少年は、私が眠たそうにしていることに気がついたようで、
「私のことは気にせず、横になってください」
なんて、むしろ気遣ってくれた。
「……え、ああ、ありがとうございます……」
思いもよらぬ発言に、ちょっと心揺さぶられてしまう。
……ヨダレでも垂らせたら最高だな、とか思っていたのだが、やめてあげよう。
品のあるご令嬢しか見たことがない彼には流石に目に毒で可哀想だ。ヨダレって汚いし椅子も汚れるし。
アレクに言われた通り、私は馬車の椅子の上で横になる。
……あぁ〜、高級そうな感触ぅ〜……!
今世では味わったことのない柔らかさを目を瞑って堪能した。ちなみに無表情。私は目の前の少年を居ないものだと扱うことにした。現実逃避言うなし。
……私は今世ではよく笑っていた気がするが、前世では基本的に無表情だった。
人といる時は釣られたりして笑うが、誰も居なくなると途端に無表情になる。目撃してしまった友達Bに表情変わりすぎて怖いと何度言われたことか。表情筋が基本ニートなのだ。
……だから居ないものとさえ認識できれば無表情も簡単である。
人といる時は知らず知らずのうちに気を使って笑顔を作ってしまうのだが、それ以外の時は無表情なんだから。慣れている。今は働かなくていいよ、表情筋!
「……本当に眠るなんて……」
少年らしい少し高めなショタボに、はい! と脳内で同意する。どうやら彼は私が眠ったと思っているようだ。
……後に、人の顔を見ただけである程度何を考えているか分かってしまう、とかほざいていた彼の目を誤魔化せるとは……私には演技の才能があるのかもしれない、無表情なだけだけど。
それともまだそのスキルは未実装なのか? ……どちらにせよ、誤魔化せたことに変わりはないのだ。脳内の私はにっこにこ。現実では無表情。
ふははははっ すまんな皇太子さま! お前のことは嫌いではない、嫌いではないのだが、てかキャラクターとしては大好物なのだが! ヤンデレエンドは避けたいのだ!
たしかゲームでは馬車内で楽しくおしゃべりをした描写があった気がするが!
今思い出したが!
私はフラグを順調にへし折れているらしい!
……どうかそのまま、あなたは私ではない別のお嬢様にヤンデレってくれ!! いろんな意味で泣いて喜んでくれるだろうから!! 共依存が一番幸せだろうからそれ目指してくれ!
そして、それを私はニヨニヨしながら見守るよ!!
などと謎の上から目線で笑っていると、トンッと揺れと馬車の音とは別の、足音が聞こえた。目の前に居るだろう少年のものだ。
どうしたのかな? なんて思うと、さらっと髪が持ち上がり、頬には人肌の感触…………ッ!?
思わず無表情が解け、目を開いてしまいそうになるのを必死で抑え、状況を整理する。
……私今、何されてる……?
頬を、撫でられている。何で、なんて疑問の答えは目の前の少年にしか分からない。困惑するしかない。
あなた、人間不信じゃなかったっけ……!?
ゲームでの知識を引っ張り出す。
確かアレクサンドルは人間不信でなおかつ特定の人間にしか興味が持てない、面倒くさーいタイプの人間だった筈だ。
そしてその特定の人物にヒロインがランクインするのは、ストーリーが始まって好感度がある程度溜まり、ルートに入ってからのはず。
だから普段の彼は絶対にこんなことしない。そもそも必要最低限、人との接触を避けたがるキャラなのだから。
……まさか、もう好感度がそこまで……?
ブンブンブンとヘドバンのごとく頭を振りたくなった。
……ありえない。現実的に考えても絶対無い。彼は一目惚れをできるような人間ではないし、なにより人間不信。心のガードは半端じゃない。
コイツのルートに入るためにッ、どれだけ私が苦労したと思ってるんだ!
何度拒絶され、ノーマルエンドを見て、何度他のキャラから攻略しようとか、攻略サイト見てやろうと思ったことか……! まぁセーブ&ロードで乗り切ったけど……!!
……このゲームにおいて、彼の場合、ルートに入るまでが一番面倒くさい。
そして誰かのルートに入れるレベルの好感度が無ければ、行く先はノーマルエンドである。
……ノーマルエンドというのは、いわゆる誰も攻略できずに学校生活を終える、というエンドである。乙女ゲームとしては最悪のエンドだが、今回私が目指すのはコレだ。
……正直に言うと、どの選択肢が好感度を上げ、下げるのかまでは覚えていない。ぼんやりとだけ……、全て覚えている人の方が珍しいだろう。
そしてここはゲームではなく現実。選択肢なんて便利なものはない。……それに、もしかすると乙女ゲームの強制力とやらで強制的に好感度UPの選択肢を選んでしまう可能性も無いわけではない。……もしかしたらプレイヤーがいて私を操作してしまう……なんて可能性は考えたくないけど。
……だから彼の興味という名の不安の種が生まれる前にもぎ取ってしまおうと、そう思っていたのだが。
……なのになんだ、なんだこの状況は……!!
柔らかい指の腹が頬を撫でる感触をどうも意識してしまい、少しくすぐったくて無表情を続けているのがかなり辛い。
やめろ、撫でるな、やめてくれ……!
……そんな切実な思いが届いたのか、いや届いたとしてもこの皇太子は続けそうだが、アレクサンドルの手は頬から離れた。
……ふぅぅ……!!
バレないように唇から空気を出す。さっきはこらえるために息を止めてしまっていた。
トントンと足音が少し遠ざかり、ボフッと椅子に倒れ込むような音がする。
これまでの彼の行動からして考えられないような音だ。少しの違和感と、離れていってくれたことに対する安堵が残る。
「……ゔ……」
すると前から少し苦しそうな息遣いが聞こえた。荒く、何度も繰り返していて…………ちょっと心配になってきた。
薄ーく、本当に薄ーく目を開く。すると、目をギュッと閉じ、苦しそうに頭を抑える少年の姿がそこにあった。
……あれ、これ、大丈夫なの……?
少年の額には汗が滲み、表情は苦しそうに歪み、体は心なしか震えているようにも見える。
……まさか、何かの発作……とか?
サアッと顔が青くなるのを感じた。
ゲームではそんなことは一切語られていない。が、マズい、どうしよう、大丈夫なの、これ。
いくらルートに入りたくないとはいえ、こんなに苦しそうだと心配になる。まさかこのまま死んじゃったり……なんて最悪の事態が頭をよぎった。
……その場合、私第一発見者!? 身分的にも確実に処刑される!!
……どうしよう……!
こんなのイベントには無かった。イレギュラーな事態だ。……もしかして、私がイベントをちゃんと遂行しなかったせい……?
自分のせいかもしれない、という事実にもっと顔が青くなる。
……とにかく何かを! と起き上がった私は、苦しそうなアレクのおでこに手を当てた。その白い肌は赤く色づいていて……あっつ!? 熱があるんだ……!
ハァッ ハァッ と肩で息をする少年は本当に苦しそうで辛そうで、……私はどうすればいいか分からない。冷やすものもないし、もちろん薬も無い。ならどうすれば……! なんて、情けない自分に嫌気が差す。
……おさまって………。
そんな神頼みのようなことを思った瞬間――――私の手から、光があふれ出した。
同時に体から、手から何かが流れ出す感覚。……この感覚、私は知ってる。教会の、あの水晶に触ったときと同じ感覚だ。
私の手からあふれる白く柔らかな光は、彼の体を包み込む。
彼の体全体が発光していて……本当に天使のようで、そんな不思議な光景に、こんな状況なのに見惚れてしまう。夢見心地とはこういうときに使う言葉なのだろう。
……しばらく経ち、私の手から光が引いた。ずうっと夢見心地でぼーっとしてしまっていたが、ハッと我にかえって手を離す。
……少年の表情は先ほどとは比べ物にならないほどに穏やかで、すーすーと規則正しい寝息をたてていた。
これでひとまずは安心……
……え、私、何した……?
まず、困惑した。
まさか、私がこの子を治したの……?
……だが、『血染めの白薔薇』をほぼ全制覇した私は、すぐにその答えを見つけることが出来る。
……まさか、これが白魔法か……!?
……ヒロインがルヴィエ侯爵の養子になる理由である、白魔法の魔法適性、それがこの現象を起こした正体だ、と私は確信した。
――この世界には魔法があるといったが、その種類は大きく色で分類される。
赤、青、黄、橙、緑、紫、白……そして黒。
どの種類の魔法も使えるには使えるのだが、基本、得意な魔法と苦手な魔法がある。
そう、つまり適性があるのだ。……魔法の適性だから魔法適性。まんまである。
……そして、その中の白魔法の適性は特に珍しく、宗教的理由などなどで羨まれるらしい。その上、私は基準以上の魔力量を持っていた。
……この世界では基本、誰でも魔力を持っている。
そして、基準以上の魔力量を持つ者は平民、貴族、王族関係なく強制的に国立魔導学園に通わされることになる。
……言わずもがな、その国立魔導学園が『血染めの白薔薇』の舞台だ。
基準以上の魔力量に、白魔法の適正持ち。
だから私は孤児だというのに領主様……ルヴィエ侯爵の養子になることになったのだろう。
で、気になるであろうその白魔法の効果は……光、治癒。
そう、治癒だ。
そしてヒロインちゃんの膨大な魔力量を持ってすれば、どんな病気や怪我でも治すことができるというチート魔法だ。
それが今、発動した……?
……それで先程の現象は理解できるが、実感が湧かない。まさか自分がそんな力を使えるだなんて……。
私、アリスがヒロインだということすら実感が湧いていないのに……詰め込みすぎで頭がパンクしそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます