第三話 エンカウント、しちゃいました

 差し出された手をジッと見つめ、視線を上へスライドして彼の顔を眺める。


 羨ましいほど真っ白できめ細やかな肌、髪と同じで色が薄く、でも量が多くて長くて瞬きするごとにバッサバッサする睫毛。それに縁取られた金色の双眼。


 肩ぐらいの長さで切りそろえられたプラチナブロンドにはキラキラ輝くエンジェルリングが浮かんでいて、顔立ちの繊細さからパッと見は女の子にも見える。

 背後の血溜まりさえなければ、その姿はまさに地上に舞い降りた天使。


 アレクサンドル(幼少期)を三次元に引っ張り出してきたらこんな感じなのかなぁ。

 うっわ、めっちゃ可愛いー、肌プニプニシテソー、オンナノコミタイー。


 そう現実逃避も兼ねて遠い目をしながらぼーっと眺めていると、すっと自然な流れで手を取られた。


わたしの顔に何かついていますか?」


「ッ!?」


 そうニコッとを浮かべて言う彼に、私は嫌でも理解させられる。


 あぁ……これはご本人様だ、と。






――――『血染めの白薔薇』。それは攻略対象全員ヤンデレという設定がトチ狂った乙女ゲー厶。でも私達ヤンデレ好きにとっては至高といってもいい乙女ゲー厶であった。

 

 リリースはつい最近で、テーマはヤンデレ×イケメン×魔法×学園。


 美麗なイラストとファンタジーな世界観、CVは新人声優なのだが出来が良く、ストーリー数も多く戦闘という名のミニゲームもあって、なによりキャラがいい!! 病み方がサイコーでヒロインとの絡みがマジで尊い!! 尊い!!

 ……ゲフンゲフンッ、興奮してしまった。


 ……そして、その攻略対象は全員で5人。幻のシークレットルートを含めると6人。

 その中でこのゲームの顔を務めるのが目の前のこの人、アレクサンドル皇太子なのである。


 帝国の白百合と称された皇后譲りの繊細な美貌に文武両道、品行方正というハイスペック。周りからは優しく落ち着きのある完璧な皇太子と言われているが、そんな彼の性格は一言で表すと、

 

 必要とあればどんなにむごいことでも平気でする、それが彼の本性なのだ。


 ……たしか、幼少期唯一自分を可愛がってくれた皇后と皇室教師が大好きだったが、皇后は病気で他界、教師は皇太子である彼の紅茶を毒味して……相次いで二人が亡くなったことでこの世界に絶望するんだっけ。


 ……あと、この二人に異常な執着を持ってて、他人が名前を口にするだけでキレてた気がする。

 教師の方に至っては亡くなった当時の姿のまま保存魔法かけてるらしいし。……その執着の対象にヒロインが仲間入りするって訳だ。

 

 ……まぁつまり、この『血染めの白薔薇』屈指の狂ったキャラなのである。

 

 ヤンデレテーマは洗脳、監禁。

 バッドではヒロインを自分の思い通りに動くよう洗脳し、人形のようにしてしまう、通称お人形エンド。

 または無実の罪で牢屋に突っ込まれる監禁エンドなどなど。


 そしてハッピーでもほぼほぼ城に軟禁みたいな状態になる。誰か他の男といるだけで、いや、誰か他の人間といるだけで嫉妬する。……彼はとにかく独占欲の強いキャラクターなのだ。


 ゲームやってるときはニヨニヨとちょっとゾワゾワしながらも、この性癖鷲掴みなストーリーにヤンデレサイコー! ってバッドでもハッピーでも楽しめていたのだがこれは……。

 

 この状況は、全くもって笑えない。


「大丈夫ですか? ぼーっとしていますが、もしかして具合が悪いとか……」


 この少年はまだあどけない美貌に心配の色を浮かべ、私を覗き込んでくる。 

 この表情もきっと


「あ、いえ、あんなに沢山いたモンスターを一瞬で倒していたので凄いなーって思っていただけです。……あ、手、だいじょぶです。自分で立てます」


 私もそう笑顔で返して、自分で立つ。口角ヒクヒクしてないよね、だいじょぶだよね!? 声震え、震えちゃった……!


 内心、心臓バックバックだ。

 ……だって、だってこれ、この状況、確実にそうだもの。


 ヒロインとアレクサンドル、幼少期の


 アレクサンドルがヒロインに興味を持つキッカケとなるイベントだ。


 そしてつまり、そういうことなら……私、アリスは――――このゲームの、ということになるのだ。





 …………全力で辞退したいんですけどデキマスカネ!?


 正直この状況、回れ右して逃げ出したい。


 ヤンデレが好きなら、ヤンデレ(しかも最上級のイケメン)を落とせるこの乙女ゲーのヒロインって最高の立ち位置なんじゃないの? って思う人も居るかもしれない。違う、違うのだ。


 中には本当にヤンデレに愛されたいっていう人も居るかもしれない。でも私はそういうタイプじゃない。できるのなら普通の感性を持つ人と恋愛したい。


 友達の格言がある。「ヤンデレは二次元だからこそいい!」全くもってその通り!


 ヤンデレなんて三次元に持ち出したら狂気的思想の犯罪者予備軍である。


 よく考えてみよう。誰か異性と話しただけでその異性が離れていく、もしくは消えていた……どう? 怖くない?

 ヤンデレ最高とか考える余裕なくない?


 そしてなにより私はヤンデレを第三者目線から見るからこそ好きなのだ。主観じゃない、これ大事。 ヒロインとヤンデレの絡みを見て愛されてんねー! とか思いながらニヨニヨして、その狂気的な行動や表情にゾワゾワするのが楽しいのだ。……かなりの趣味なのは自覚済みだ。


 ……しかもこのゲーム、他のキャラのバッドエンドでは無理心中エンドとか普通にバッドでヒロイン死ぬ。惨殺もある。もちろんアレクサンドルルートにも死ぬバッドエンドはある。


 ……そうでしたね!! ヤンデレゲーなんて私みたいなバトエンも美味しくいただけますなプレイヤーもいっぱいいますからね!! ウザイくらいに需要分かってんじゃねーか制作陣んんん!!


 分かる。監禁とかサイコーだけど、無理心中もストーリーとして見ればサイコーだけども!! 現実に持ち出したら駄目だろ!!


 私は死にたくはない。幸せな恋愛して沢山旅行とかして世界のいろんな景色を見て、老衰で死ぬことを所望する……!! 


 ……と、いうわけで、どうにかしてこのイベントで彼が私へ興味をもたないようにする、それを今からの目標としよう、そうしよう。


 この一瞬でそんな結論に至った。


 ……だけどあんまり露骨に変な行動をすると駄目だろう。アレクサンドルは天才、頭の回転が早く聡明だ。むしろ怪しまれる。し、大げさに嫌われるようなこともできない。だってこの子皇太子。私まだ庶民。不敬罪とかなんとか言われたら人生詰む。


 ……ゲームあるあるーって前世では思ってたけど、マジでこの子チートすぎん? 本当に同い年?


 難易度はリアル。ハードモードとは比べ物にならないほどに難しい。が、やるしかない。


 彼がヒロインの何に興味を持ったのか、ゲームでは語られてない。

 それなら純粋に、私はとにかくありきたりでフツーの人間を演じればいいのだ。……たぶん。

 あ、キャーキャーすればいいのかな、モブみたいに。


「……本当に大丈夫ですか? やっぱり具合が……」

 

 ずっとぼーっと突っ立っている私が気になったんだろう。

 10cmもない距離で私を覗き込んでくる皇太子さま。ぱっちり二重で睫毛がバサバサする金目は私を映し、心配の色を浮かばせている。距離が近いからこそ、その白い肌のきめ細かさがよくわか……じゃねぇ!!  


「ッ!?」


 そのあまりの距離の近さに声も出ず、絶句した。


 おまっ、距離近くね!? 私ら初対面! そんなキャラだった!?


 それとも私の動揺見越して面白がってんの!? その年で!?


 どうにか離れようと何歩か後退して誰かにアタ、あ、運転手さん!


 逃げ道が見つかった! とばかりに運転手さんに話しかけた。


「……あの、大丈夫ですか?」


「あ、はい、大丈夫です。ご心配をおかけしてしまい申し訳ございません……で、あの、そちらの方は……?」


 …………え、知らないの?


 運転手さんの反応に驚いた。


 え、だって、皇太子さまだよ? ゲーム内では知らない人は誰もいない程の有名人だったあの皇太子さまだよ? 街でのお忍びデートイベントでは誰もが皇太子さまについて喋ってたし、現像魔法使って作った写真とか(量産品)がすっごい高値で売ってたし……え、マジで?


「……知らないんですか?」

 

 そう小声で聞くと、はい、と返ってきた。え、マジで? そうなの? 幼少期はまだ知られてないとかそういう感じ? え、私ボロ出してないよね、大丈夫だよね。


「……君はわたしのことを知っているんですか?」


 突然後ろからかかる声にビクッとなる。声が意外と近い。聞かれてた……!?

 振り返ると、私の真後ろにアレクサンドルが立っていた。コテっと首を少し傾げ、その顔には疑問が浮かんでいる。傍から見たらただただ可愛いと思えるその表情。……だけど私は彼を見て……思わず固まった。


 彼の目が……何の色も映していない、そう感じたのだ。しいて言うならば無機物、金色の、ガラス玉のような。

 だけどその奥に、何か黒くドロドロとしたものを感じる。見た目なんかじゃない、感覚で、だ。


 ……始めてみた。これがきっと……病んだ目だ。


 ブワッと全身の鳥肌がたち、悪寒が走ったのがわかる。


「あ、いえ、助けてくれたので運転手さんのお知り合いの方なのかなぁって思いまして

それにしても綺麗ですね! すっごい美少年!」


 出来る限り自然な態度を意識して話す。変な汗が服の下を流れる。

 我ながらかなりキツイ言い訳だと思うが、そうですか、ありがとうございますと皇太子さまがあの目をやめていたので安心した。


 リアルハイライトのない目……!

 怖かった。マジで怖かった……!

 

「……そうですね。それでは、わたしのことはアレクと呼んでください。……それで、ええと……」


 計算され尽くしているだろう可愛らしい微笑みのあと、困ったような顔をする皇太子さま……アレク。

 これはつまり早く名乗りやがれゴラァってことですね、わかります。


「あ、えっと、私はアリスです。助けていただきありがとうございます」


 そう言って、スカートの裾を掴み淑女っぽい礼を……はなんで孤児の私にできるんだって話なので普通に両手を前に揃えてお辞儀した。反応は……よーし、普通だ。成功したらしい。

 

「……わたくしは御者のマチュー・ジュヴェと申します。お嬢様だけではなくわたくしまで助けていただきありがとうございます」


 すると運転手さん……ギョシャさん? の……マチューさんも品の良いお辞儀をした。……お嬢様呼びされる私の方が品が無いってどうなんだろ……いや、仕方ないよね……! 私今まで孤児だったし!


 皇太子さ……アレクはフッとまた微笑むとその薄く形の良い唇を開く。


 ……私と同い年でなおかつ私の方が精神年齢上のはずなのに、なんだこの子の余裕っぷりは。なんで私より大人っぽいんだ。


「アリス嬢、マチューさん、申し訳ないのですが、わたしは馬車から落ち、遭難してしまったようでして……ルヴィエ侯爵閣下の元へ行きたいのですが、方角を教えてもらえませんか?」


 皇太子さまの口から出た言葉は、私にとって少し意外なものだった。


 ……馬車に乗せてくれとは言わないのね? 


 遭難した、はまぁイベントが起こるために必要だったのだろう。そこまで驚かない。……でも、謙虚なことには驚いた。


 ……ゲームではこんな感じだったっけ……? あれ、でも一緒に馬車に乗った記憶があるんだが……。


 アレクサンドルルートは一番最初に攻略した為、いまいち記憶が曖昧だ。


 ……そうそう、私はシークレットルート以外全てのルートを攻略済みである。


 ……多分、私は友達にシークレットルートへ入る方法教えてもらってウキウキで帰路についたときに何かあって死んじゃったんだろう。……いや、死んだかは分からないか。……とりあえず、だからシークレットルートの内容や、誰が攻略対象なのかが分からない、それがかなり怖いんだけど……。


 ……友達いわく、ある意味全く別の人が出てくるらしい。ある意味全く別の人っていったい……って危ない危ない、また自分だけの世界に入るところだった。


 御者さん……マチューさんは少し考えているようだ。


「……そうですね。侯爵様のお屋敷まで、ここからはかなりの距離があります。滅多にないはずですが先程みたいにモンスターが出る可能性もありますし……。私たちも伯爵家へ向かっているのです。

アレク様は、高貴な身分の方だとお見受けしますが……お嬢様、もしよろしければ一緒に連れていって差し上げたらどうでしょう?」


 ……え、ちょっと待て、なんで? 気づけばなんかナチュラルに2人で乗る流れになってるんだけど。


 皇太子アレクサンドルさまの方を見ると、ニコニコ笑顔でこっちを見てて……おまっ、謀ったな……!?  ……とか思いながらも、やっぱり、と思う自分もいる。

 なんだかんだやっぱり一緒に乗ることになるんだ、と。


 ……この子はきっと最初から御者マチューさんがこう提案することを見越してわざとあんな謙虚なこと言ったんだ。

 何この子末恐ろし……! いや、ある程度どんな感じになるかは知ってるけども……!!


 ……マチューさんの提案を受け入れない、という選択肢は無さそうだ。


 だって相手は皇太子、下手したら不敬罪。

 その上こんな森の中に9歳の少年1人放置するなんて流石に心が痛む。


 ……泣いてもいいかな?


「……はい」


 私は少しためたあと、諦めて肯定の言葉を口にした。


「いいんですか? ありがとうございます!」


 ……ニコニコ笑っている彼は見た目だけだと本当に天使。目の保養だ。

 

 ……これだけ見てると中身も天使なんじゃないか、なんて希望を抱いてしまうが、私はこの子の中身がホントやばいって事知っちゃってるからなぁ……。どう反応すればいいか分からない。

 あ、でも可愛い……お人形さんみたい……。


 表情には出さないが、かなり微妙な心境である。

 

「ではお嬢様、アレク様、どうぞお乗りください」


 マチューさんは馬車を少しだけ動かし、私達の乗りやすいように階段を置いてくれた。

 そういえば! と私はあることを思い出して問う。


「あのっ、私、泥まみれなんですけど、馬車の中入っても大丈夫ですか……?」


「ああ、大丈夫ですよ。でも、お嬢様が気になるのであれば拭くものをお出ししましょう」


 おもに靴が泥まみれだ。ぬかるみに入ったから仕方ないが、このまま入ったら確実に馬車が汚れてしまう。拭くものが貰えるのは助かるなぁ……なんて考えていると、ふふふっと隣から可愛らしい笑い声が聞こえた。アレクである。


「アリス嬢は少し変わっていますね……ふふっ」


 え、いきなり何。


 まずは困惑。


 変わってることと言ったら……私のこの貧相な服装? 品の無い態度? すごく遠回りなdisり? この皇太子ならやりかねんな……。


 ……なんて考えを表に出さず、できる限り自然な顔で「変わってる……?」と問いかける。


 するとニコニコと年相応に見える笑顔で「はい」と答える彼。


 マチューさんは困ったような、なんとも言えない表情をしていた。

 ……まぁ私お嬢様呼びされてるわけだけど村ぐらし村生まれの孤児ですから。そりゃこれまで彼の見てきたであろう普通のお嬢様とは違うだろう。品が無くて悪かったな! いや印象悪いほうがいいならこれは良い流れ……!!


 ニコニコとした彼は答える。


「……別に悪い意味で言ったわけじゃないんです。モンスターに囲まれても自分ではなく御者ぎょしゃを守ろうとしたり、泥まみれになっても泣かずに馬車の心配をする女の子なんて、初めて見ましたから」

 

 ……



 …………あれ、これってかなり好印象じゃね。





 

 

 


 

 


 

 

 

 

 

 



  

 

 



 

 


 



 


 

 

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