第二話 ここ、どこっすか……

 馬車の中だろう、なんて思うのには理由がある。……まぁ、形とか揺れとか音がそれっぽいからだ。


 向かい合うように椅子が並んでて、色は濃紺。見た感じ高級そうってのは分かる。今世では一度も見たことのない綺麗な色と艶してるもの。


 キョロキョロと見回すと、私の、アリスのふわふわとした金髪も一緒に揺れる。髪ゴム無いかな、ちょっと邪魔。


 ……私以外誰もいないようだ。出入り口だろう扉が一つだけあって、カーテンの閉められた窓がある。どおりで暗いわけだ。


 私の身長だと座ったままじゃ窓の外は見えないので、椅子の上に膝立ちしてカーテンをそっと上げる。


 …………森だ。


 窓の先は木、木、木。道を走っているようだが、……ここはどこだ。少なくともアリスとしてこの場所は知らない。


 座り直して腕を組む。カーテンは重力に従ってバサッと降りたためにまた馬車内は暗くなる。


 …………どうしてこんな状況になった?


 最近の記憶を手繰り寄せる。今の私の記憶が色々ごちゃごちゃでわけがわからない。だから整理しないといけない。


 …………そうだ。私はこの前、を受けたんだった。


 ふっと、記憶がまた蘇った。


――――私はその時、神父様の前に居た。


 神父様は優しそうな雰囲気のおじいさんで、いつもこの小さな教会で私達は生活していた。……そしてその日は私、ダニエル、レナのを行う日だったのだ。


 祝福の儀っていうのは魔法を使えるようにする儀式である。9歳になった子どもに行うみたいで、今回祝福を受けるのは私達3人だけ。ついに魔法が使えるようになるんだって皆ワクワクしてたっけか。


 ……後ろに座っている2人の視線を感じながら神父様の持った水晶玉のようなものに触れる。……ヒンヤリと冷たい。……と思った瞬間! ピカァッと雷が目の前で落ちたかのような、物凄い光が教会内を包んだ。

 今の私だったら絶対バ○ス! って言うような目が潰れそうなほどに眩しく衝撃的な光だ。


 そしたらその後なぜか神父様に連れられて、村長のとこに行ったんだっけ。なんだか2人ともかなり真剣で……悲しそうな表情をしてたと思う。


 私その時ぽやーっとしてて何の話か聞いてなかったんだけど……。


 そして少し日にちが経ってから、神父様になんか言われて……そうだ、私この馬車に乗ったんだ。なんで忘れてたんだマジで……。


 ……で、馬車に乗るってなったとき、皆なんでか永遠の別れみたいな表情しててダニエルとレナはギャン泣きで、とりあえずなだめてから手振って……あれ、なんだろ、なんか察してきた気がするな。


 今の私はチベットスナギツネみたいななんとも言えない表情になってるんだろう。


 あ~、あ~……!!


 神父様なんて言ってたっけ……!? 私、ぽやあっとしてて神父様の話あんまり聞いてなかったんだよなぁ、何やってんだよ私! ぽやぽやしすぎだろ!! 頭の中お花畑!? あ、いや9歳だもんね、仕方ないか!?


 記憶を必死で探る。

 えっと……確か……そう! 「お前はもうすぐ、領主様の子どもになるんだよ」って……は……?


 今やっと現状把握できた私は無言で固まった。そりゃ石のように。


 は!? 子ども!? 領主様の子どもって、は!? なんで……!?


 全くもってわけが分からない。領主様の子どもになるってことは……いわゆる養子になるってことなんだろうけどなんで……!?


 言っとくが、私はただの孤児である。


 お母さんは美人だったけど、とくにお金持ちとかでは無かったし、普通の生活をしていたはずだ。なのに、なぜ!?

 なぜ領主様がわざわざ私を養子にする!?


 理解ができない。


 ……もしかして、私は実は領主様の隠し子だったり……? 


 そんな考えまで出てくるのだから……いや、でも隠し子説否定できねぇ……! お母さんすっごい美人だったし。……私はどうか知らないけど。鏡見たことないし。


 ……どうしよう。


 とにかく今、多分領主様の所へ向かっているんだろうってことは分かった。

 ……領主様の所、だよね? 全く別の所とかじゃないよね?


 ……ガタガタと揺れる馬車内で小さくなって座る。ひとりぼっち。とにかく孤独だ。


 ……どんな人だろう……? なんてまだ見たことのない領主様に不安を覚える。

 村長はあの人は凄いお方だ、とかべた褒めだったから悪い人じゃないと信じたいけど、ロリコン野郎とかだったらどうしよう……。


 もし性的興奮を抱いちゃう方のロリコン野郎だとしたら9歳にして貞操の危機に晒されることになる。それは避けたい。全力で避けたい。……いや、その場合はむしろこのモンスターも黙る怪力で股間でも蹴り上げて逃走しようか。うん、そうしよう。多分潰れるけど。

 

 私がそんな野蛮な計画をたてていると、ガタッと体、っていうか馬車全体が傾いた気がした。というか傾いた。


「……何……!?」


 思わず立ち上がる。そして慌てて椅子の上に乗って窓の外を見る。


 ……あ、道にハマった……?


 道がドロドロとぬかるんでいて、どうやらハマってしまったらしい事が分かった。1人の男の人……多分運転手……って言えばいいか分からないけど、馬の手綱を引っ張ってた人が降りてきて、ぬかるみ前でオロオロしている。


 え、マジで……? ここでアクシンデント……? こんな森の中で……?


 一瞬餓死する自分を想像して青い顔になる。


 ……あ、でも私なら、牛車持ち上げられるしもしかしたら……?


 ……やってみるか。


 私はそう意気込むと馬車の扉をゆっくり開けた。


「あー……」


 そして思わずため息のような声が漏れた。


 ……高い。割と地面と距離があるのだ。


 ……たしか、乗るときは運転手さんが階段を置いてくれていた気がする。それが無いからかなり高い。私9歳の幼女ですし身長的に。


 下はドロドロだから飛び降りたら……足がハマりそうだ……。服が汚れるのはもうすでに汚れてるから別にいいけど、靴ドロドロとか馬車が汚れそうで嫌。弁償無理。


 ……んー……それなら……。


 己の脚力を信じてみるか。


 私は思いっきり足を縮め、飛び出した。


 ガッ


 馬車を蹴る音と同時に余計馬車が沈みこんだ気がするのは気のせいか?


 ……うわっと……! 

 

 着地でよろけた体を手を使って持ち直す。


 ふー……。


 とりあえず、なんとか奥の乾いている部分に着地成功だ。よし、よくやったぞ私……!


 着地音と馬車が沈みこんだ事に驚いたのか、運転手さんが目を丸くしてこちらを見ている。


「お、お嬢様……?」


 ………私?


 初めての呼ばれ方に胸が高鳴った。


 お嬢様……初めて言われた……。


 正直、まんざらでもない。女の子だもの。お嬢様呼びは少し憧れる。


 ……これから領主の、多分養子に迎えられるとしてもこんな見た感じ貧乏そうな子どもをお嬢様って言ってくれるんだ。いい人。


 私の運転手さんへの好感度が少し上がった。ついでにちょっと領主様への安心度も上がった。


「……あ、あの、手伝います!」


 そう申し出ると、運転手さんはもっと目を丸くした。そして申し訳無さそうに首を振る。


「お気持ちは嬉しいのですが……。わたくしでも動かすことができるか五分五分です。少し待っていてもらえませんか?」


 いや私には牛車をぬかるみから救出したっていう実績が……分かるはずがないか。


 私見た目は多分ただの幼女だし。こんな幼女が怪力持ってるとは誰も思うまい。


 ……んー……。


 運転手さんはかなり頑張っているけど、キツそうだ。……ごめん、それに私さっきもっと沈ませちゃったかもしれない。


 運転手さんの言う通り待ってみたが……罪悪感もあるしもどかしい。


「あの……やっぱり手伝います」


 そう言うと、運転手さんの反応、返答を待たずに馬車に手を当てた。


 あー……ぬかるみの中入ったから結局靴は泥まみれ……。ま、あとで運転手さんに落とせるものないか聞いてみるか。


 そんなことを思いながら力を入れると、馬車はゆっくりと持ち上がる。うわ、マジパネェ……アリス……いや私の怪力……!


 それを見て、おぉぉ……なんて運転手さんの漏らす溜息のような驚きの声を聞きながら、私は馬車の救出に成功した。


「ま、まさか本当に持ち上げられるとは……。あ、ありがとうございます……」


 はっと我にかえった運転手さんは私に向き直るとお礼を言ってくれた。だけど物凄く困惑しているのがわかる。


 そりゃ困惑しますよねー……。

 私だってそんな光景見たら同じ反応するし。


 ぅゎょぅι゛ょっょぃ、前世のオタク達がこの光景を見ればきっとこの言葉が再生されただろう。

 

「……えへへ、今はそれより早く進みましょう!」   


 無邪気! を意識して笑い、そう話題を逸らすと、運転手さんはまたハッとしたように馬のもとへ駆け寄った。断じて怪力について説明するのが面倒くさかったわけではない。……本当に。


 運転手さんが駆け寄った2頭の黒い艶々な馬は利口にもほとんど動かず待ってくれていた。


 ……今更だけどどれも全部高級そうだ。


 馬、馬車、運転手さんもさっきはオロオロしていたが、立ち振る舞いは私よりずっと綺麗だ。馬車も泥で汚れてはしまったものの、よく見る運搬用の牛車とは比べ物にならないほど上等そう。


 ここに馴染んでないの私だけ……「ウアァッ!?」


 ッ!?


 運転手さんの悲鳴が聞こえて、私はその方向へ駆けた。


 「どうしたんですか!?」





―――ヒュウッと喉のなる音がする。目を見開き、固まった。


「ヴゥゥ……ヴゥゥ……」


 低い唸り声を上げ、毛を逆立てた狼型の――モンスター。彼らに囲まれて恐怖で動けなくなってしまったのか、運転手さんはギギッと壊れた人形のようにこっちを見た。


「……逃げて、くださいッ……お嬢様」

 

 そのか細い声を聞いた瞬間、私の体の硬直は解けた。


 


 瞬時に理解し運転手さんの前に立ち塞がる。数は1、2、3、4、5……。

 これまで経験したことのない数に嫌な汗が流れた。


「お嬢様、何を!?」


 運転手さんの言葉を無視して狼型モンスターを睨む。……見たことのないモンスターだ。強さも未知数。……下手したら死ぬ。

 

 いくらモンスターをワンパンで返り討ちにできると言えど、こちとら9歳の幼女。それにあの時は一対一。今は五対一、完全に不利である。

 

 あー、こんな時に魔法が使えたら……!! なんて無い物ねだりだ。今はどうやってこの状況を打破するか考えないと。


 ……この睨み合いの状態もそう長くは続かないだろう。向こうはこちらの出方を伺っているようだが、動かないと知った瞬間攻撃を始めるはずだ。


 唇を噛む。


 やらなきゃ、られる。

 

 私が思い切って飛び出そうとしたその時、


 ザシュッ


 1つの剣撃の音と共に、目の前のモンスターの首が……ズレ落ちる。

 まるでアニメのような現実の光景に、思わず足を止め……見入ってしまった。


 モンスターの首があった位置から金の目がこちらを覗いている。……あぁ、なんか、これ、知ってるかも。


 ふと感じる既視感、ありえないのに。

 ……だけど、私達は助かるって、なぜか分かる。確信できる。

 安心で力が抜けてしまい、へなへなと座り込む。ただぼうっとそれを見つめる。


 その金の目の持ち主は、その金色に輝く剣を振るった。4体もいたモンスター達がその飛ぶ斬撃を受け、崩れ落ちる。吹き出る鮮やかな血。ドスッという鈍い音。むわっと充満する鉄の臭い。


「……大丈夫ですか?」


 こんな状況だというのに、ニコッと笑いながら私に白い手を差し伸べる金の目の美少年。このモンスター達を屠った張本人。


 なぜか全く血を被ってないサラサラなプラチナブロンドが太陽を反射して輝いている。


 ……あぁ、知ってる。このアニメーション、このイベントは、彼は……。


 彼の名は、アレクサンドル・レイモン・アルノー・リオステラ。

 リオステラ魔導帝国の皇太子であり、





――――『血染めの白薔薇』の攻略対象だ。

 


 

 

 


 

 

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