第25話 策略。

【泉葵side】


『あの地獄から……おにぃちゃんを解放したい』――それがわたしの願いだった。


「本当にいいの? 私が取っちゃうかもよ?」

「うん、いいよ? それで……おにぃちゃんがわたしの側に居てくれるなら」


 いつからわたしの中で生まれたか。

 それは当然と言うか、おにぃちゃんの影響で異能が覚醒した時だ。


 異能によって生み出された人格―――わたしと合わせ鏡。


「私が生まれるとチカラの権利も私に移る。だからわたしが心力操作が出来ない以上、記憶の共有も出来ないよ? 入れ替わったら私が好きにやっちゃうけどいいの? この会話も終わったら記憶から無くなってどうすることもできないけど?」

「チカラとかしんりょく? が何かは分からないけど……わたしは自信ないから」


 分かってる。だから私が生まれた。

 ただ異能に目覚めただけなら問題にはならなかった。けどわたしはどんどん遠ざかっていく兄に対する孤独から、抜け出したくて……私を無意識に作ってしまった。


「……分かった。正直私も自信なんて無いけど……わたしの為にもやるだけやってみるねぇ?」


 新たな人格の誕生。けどそれはわたしがベースになって気持ちも理解している。だからわたしの願望を叶える為に私は動くだけ。だってそれが……私の存在理由なんだから。


「大丈夫、何があってもわたしは絶対守るから」


 少しでも不安を拭い去るように優しい声音で……。

 異能の本体である私は計画を練り始めた。タイミングを図って入れ替わり、兄や家族、幼馴染の人達にもバレないように、常に気配を誤魔化して動いていた。


 異能世界の知識は、家に隠されてある書物から簡単に手に入った。

 血の繋がった兄妹だからか、無防備に眠っている兄の記憶を探るのもそれほど苦労はなかった。後に夢を操作して悪夢を見せることも可能になり、そうして兄の深層心理から乱していった。


 そして調べていくうちに、いくつか異能者である兄のことも分かった。



『死神』――泉零。

 冷酷かつ冷徹な異能者であり、子供とは思わないほど一切の情けもない。罪を犯した異能者の人間が相手でも容赦なく、その心をズタズタにしていく行動からそう呼ばれるようになった。



 必要ならその身内や家族すら利用する。

 尋問拷問も厭わない。徹底的に相手を追い詰めて最後はあっさりと断罪する。



 その冷たい殺意は魔獣すら恐怖で震わせて、あまりの恐怖から逃げ惑うモノもいるほど。

 何処までか本当か嘘か……あやふやな部分もあるが、多分本当だと私は思った。



【黒夜】の影響だと思われる。アレは根本的に何かが狂っていた。

 使い手の肉体と人格の調整。集中力を極限まで高めて、脳内の演算速度も引き上げる。効率的な戦い方を導き出していく。




 異能世界の中でも特殊なタイプの異能使い。

 それがおにぃちゃん――泉零の異能者としての姿



 ……表向き、つまり裏の姿もあるということ。



 魔獣と手を組んだことで偶然知った。知ってしまった事実。

 本人であるおにぃちゃんですら知らない真実。



【黒夜】とはいったい何か?

 おにぃちゃんがなんで『死神』なんて呼ばれているのか?

 どうしてアレほど強い? どうして感情が欠落するのか?




 大人達がひた隠しにしていた―――真の罪。……押し付けた最大の闇。



 だから私は許せない。わたしは悲しんだ。

 おにぃちゃんを解放する。それがただ一つの願い。


 その為なら誰でも利用する。

 どんな悪にも身を染める。



『兄ヲ解放シタイノナラ我ニ従エ』



 どんな得体の知れない存在だって……利用する。



『我ハ覇王、王ノ我ヲ解放スレバ、貴様ノ望ミヲ叶エテヤル』



 その結果、この街が危機に瀕したって知らない。おにぃちゃんを苦しめ続けた、この街なんていらない。



『サァ、モウ一度……貴様ノ望ミヲ言ッテミロ』



 たとえ全部が台無しになっても、私はわたしの望みを叶える。


 それさえ叶えれば……私は






 この身を犠牲にしても構わない。

 最後におにぃちゃんを救えるなら、それでいいから。




「葵ッ! 貴様ッ!」

「いいよ? おにぃちゃん……」



 だから、ちゃんと計画通り……? 

 ねぇ? おにぃちゃん。



「ごめんねぇ?」

「――零ッ! ダメぇぇぇぇぇッ!!」


 なぎおねぇちゃんの悲鳴が聞こえる中、『死神』と化したおにぃちゃんが『合成魔獣』を退けて迫る。


 私の異能――【夢幻ムゲン】の影響なんだと思う。

 手間は掛かるけど一番強力な幻覚。感情誘導や強力な幻覚を見せる【幻魔ゲンマ】の効果。

 

 えいじおにぃちゃんの『時間操作』もおにぃちゃんの『異物排除』も関係ない。



「大好きだよ、おにぃちゃん」



 敵意を剥き出しにしている兄を見て、私はもう少しだと微かに笑みを溢した。

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