第26話 絶望。

 ――許せ零。これも全て街の安定の為だ。



 幼ない頃の微かな記憶が蘇る。

 掠れたようなノイズ塗れな声音で誰なのか検討も付かないが。



 何故、この瞬間……その微かな記憶が俺の何かを刺激させた。



『―――』

「一瞬で決める」



 全身の布を震わせるが、俺の『威圧』に耐え切ったようだ。

 だが、こちらも前回の戦いから分析して、こいつの耐久力は物理攻撃に強いだけなのは把握している。異能攻撃は空間を歪める何かしらの能力で逸らしていたようだが、だとすると範囲限界や許容限界が必ずある。


 さらにいうなら致命的な箇所ウィークポイントも気付いてないだけで、何処かにある筈だ。



(【鷹の眼】ッ!)



 視界の色が三色に分かれる。


【黒夜】で生成した先端が鋭利な槍を構える。


「……」


 微かな違和感の正体。

 そこが……奴の弱点。能力隙間だ。


「ッ!」

『―――』


 瞬速で間合いを詰めて槍を振るう。

 すると接触する寸前で躱され……いや、槍の刃を外へ逸らされた。


 間違いなく奴を中心に空間が捻じ曲げられている。

 しかも、自然にかつ見分けが付き難いようにローブと同化しているようだ。


「無駄のない能力だ。敵じゃなければ素直に賞賛したが……」


 さらに前回と同じなら空間の歪みを一気に外に変化させ、衝撃波を生み出して一定範囲の物も異能などの攻撃も弾き飛ばすことが可能なようだ。


 どの程度まで出来るか知らないが……狙うなら


『―――』

「どうした? 避けてるだけじゃ俺を排除出来ないぞ?」


 接近して槍で斬りに掛かる。予想通り逸らされて避けらてしまうが、【鷹の眼】はその能力を解いていく。未だに謎が多い魔獣の能力であるが、簡略化すれば致命箇所も見切れる。




 そして―――


「惜しかったな?」

『―――』


 危機を感じて能力で弾こうとしたらしいが、その前に捻れた空間を突き破り俺の黒槍がローブを射抜いていた。

 驚いた雰囲気はない無の反応しか感じられないが、ローブの魔獣は全身から煙を上げて弱々しくボロボロに崩れた。


 ところが……


『―――』

「こいつ……」


 微かに揺れる周囲の空間。どうやら結界を張っていたのか、発動者であるこいつが負傷したことで維持できず綻びを見せていた。



「とっとと消えろ――害虫がッ」



【―始槍シソウ黑槍乱舞コクソウランブ



 黒槍からオーラが迸ると貫いた状態から舞を振るう。ローブをバラバラにして最後に一槍を浴びせて、存在の全てを消滅させた。






「護衛は消えたぞ、葵」

「そうみたいだね。……やっぱり擬似的なそれじゃ本気のおにぃちゃん相手じゃ無理過ぎだねぇ」

「擬似的な……」


 それが何を意味するか、推測は出来るが確信に来るものは少ない。

 

「二重人格か、ずっとそうして騙してた訳か」

「それはお互い様だと思うよ? おにぃちゃんたちだって全員でを騙してたんだから」

「……そうだな」


 声音から責められている感じはしない。不満はあるが、ここまで仕出かす理由とは考え難い。何か……魔獣と手を組む程の目的があるのか?


「いや……どっちにしても関係ないな」


 ここまでのことを引き起こした相手だ。いつもの妹と認識するのは危険だし、まともな交渉が出来るとも考えない方がいい。


 技を使用したことで消滅した槍の代わりに手頃な剣を生成する。基本殺傷能力はないから安全の筈だが、相手が妹だと思うと……


「ああ、なんてやり難いんだ。マジで」

「すごい不満顔だよ? おにぃちゃん」


 お前に言われたくない。いちいち言わず踏み込もうとした。面倒になる前にさっさと拘束した方がいいと、容赦なく斬りに行こうとした。








「じゃあ、そろそろ代わらせてあげようかぁ。も揃ったし」

「……は? 何を言ってんだ、おまッ――」



 言いかけたところで、突如視界がブラックアウトした。



「は? なんだ? これは……」



 気づいたら手にしていた筈の剣がない。葵も凪の気配もない。屋上でもはっきりと感じ取れた客達の気配も消えて、完全に虚無の世界に取り残されていた。


「また幻覚か? 警戒して薄く【黒夜】のガードの準備してたが……」


 事態が飲み込めず困惑してしまう。思考回路は正常な筈なのに、警戒を怠っていなかったにも関わらず……幻覚に―――ッいや、待てよ!? 


「ここ最近見させられてた悪夢だって警戒の外からやられてた。まさか葵の異能は【黒夜】で強化されてる俺の警戒網をすり抜けれるのか?」


 寝込みとはいえ俺を欺いた葵の異能だ。もしかしたらさっきまでの流れに幻覚に掛かるとやらが……


も揃ったし』


「――ッ! もしそれが狙いなら、ま、マズ――っ!」


 異変に気付いたのは、葵の発言を思い出した直後である。

 頭の中へ流れてくる大量の情報の山。……微かに感じるのは倒した筈の魔獣の瘴気と葵の心力。俺が倒したことが条件だったのか、細胞の隙間を縫うように入り込んで来るッ!


「がっ!? な、なにぃ……!?」


 安定させよう俺の心力が抑えようとするが、まるで『ウイルス』のように侵食していく。それによって加速する演算回路。尋常ではない情報量も合わさって脳が処理し切れず俺自身に負担が……ッ!



「が、ガアアアアアアアア!? あ、頭が、わ、われ、る……!!」



 全て逆手に取られた感覚だ。

 流れ込んでくる言い知れない『憎悪』に疑問を覚える余裕すらない。

 侵食を抑えようと懸命に脳の処理能力を引き上げようとする。さらに【黒夜】を発動させて葵の異能をかき消そうとするが……



 それこそが今日最大の失敗であった。



 高度な処理能力で制御していた【黒夜】。それが流れ込んでくる『ウイルス』の所為で制御から外れてしまっている。


 つまり、この瞬間だけここまで協力関係であった【黒夜】は、己が意思のままに解放されてしまった。


「ッ!? な、なんでだ!? どうしてだよ【黒夜】ッ!」


 ようやく出て来た【黒夜】のオーラは何故か使い手である俺の意思に従わず、自由を得た獣のように戯れを好み暴れ回る。


「や、やめ、ろ!! 俺を困ら、せるな……! 今は非常事態なんだッ……!!」


 いくら呼びかけても応えてくれる様子がない。本当に自我に目覚めたのか、害悪である筈の異物『憎悪』まで受け入れていく。


 俺の意識を飲み込んで体の支配権を奪おうとする。全身の心力が俺の意思に関係なく【黒夜】に注がれて―――そして



「よ、せぇ……! か――!?」



 ……擬、似――意識……崩、壊。


 予備、識……停止。

『――す、まん、な』



 処理、機能……再、設定。


 人間……殺……許、可。 



『災い……は、摘……ま、ねば、なら、な……い』



 擬似機能……『殺戮殲滅』――起動。


』……【黒夜】――覚醒。




『許せ零。これも全て街の安定の為だ』



 そして、を呆然と聞いてた俺の脳裏で新たな演算が始まる。

 いつの間にか激痛が治まっていたが、体の九割以上を【黒夜】に支配された以上、もう関係なかった。


『いつか誕生する新たな王を倒すには、千年に1人……お前の素質が必要なんだ。悪いが拒否権はないと思え』


『悪を滅ぼすには悪のチカラしかない。かつてワシが倒した其奴のチカラを上手く使ってくれ』


『念の為、補助は付けておく。万が一暴走した際の保険だが、可能なら……』


 祖父に埋め込まれた【黒夜】と俺を繋げていたパスが崩壊したことで、封じられていた記憶が蘇った。


 同時に親父達が俺に書き込んだ『制御システム』も機能を停止。

 葵の策略は見事に成功して、『憎悪』を取り込んだ王の権能だった【黒夜】は―――




【奪ってしまえ。お前にはその権利があるだろう】




 俺の声なのに俺じゃない誰かがそう言った気がした。




「葵ッ! 貴様ッ!」

「いいよ? おにぃちゃん……」



 全てを察したような慈愛の笑みを浮かべた妹が間近で見える。

 いつの間にか身体中が……心までが憎しみで膨れ上がってる。手にしていた剣から禍々しいオーラが放出されて、明らかに危険な気配を放っていた。



「ごめんねぇ?」



 今さら何を謝るんだ。とにかく憎くて憎くてしょうがない俺は、そんな対応すら腹が立って仕方なかった。


 止まれない。止まりたくない!

 今すぐあの女を黙らせたい!

 

 憎しみのままに、その息の根を―――!!



「――零ッ! ダメぇぇぇぇぇッ!!」



 凪の悲鳴が聞こえる。視界の端で泣きそうな顔で手を伸ばしているのが見えたが、もうどうしようもなかった。




「大好きだよ、おにぃちゃん」

「シネェええええええええええッッ!!」



 自分の意思のまま、憎しみのまま。

 大好きな筈の家族。妹に向かって俺は……俺はッ!!











 彼女の胸元に剣先を、渾身の一撃で突き刺した。









 ――ガシャン!


 刹那、何かが壊れたような音。

 それが盗み出された『鍵』だと気付いたのは、この騒動の後。




「あ、あああ……あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!」



 正気に戻って傍に倒れている妹を目にし、学校を巻き込むほどの異能を暴走させ父を含めた異能者達に取り押さえられた後だ。



 俺の一撃の所為で封が解かれた扉から出て来た王の出現を聞かされる。それを聞かされてやっと妹と魔獣の狙いが初めから隠していた『鍵』を俺に壊させることだったと気付かされた。



 しかし、『冬祭』を滅茶苦茶にしかけた俺は、父親直々に自宅待機を言い渡される。



 守る筈の街の人々を危険に晒した罪は大きい。発狂し妹を抱えて校舎内を暴れていたことを含めて、強制権限で異能者としてのすべての権利をその場で剥奪された。



 もう俺に出来ることは、自宅のベットで眠っている妹の側で見ているだけだった。


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