第16話 前夜。
【九条凪side】
終業式を抜け出した零がローブ姿の魔獣と一戦を交えた。その日の夜であった。
自宅に戻っていた凪は、同じく帰っていた兄
「結局その魔獣については何も分からなかったのか?」
「零は大丈夫って言ってたけどね。……間違いなく何かあったと思う」
寒いには鍋と2人して鍋の肉を突き合う中、学校での件を兄に相談する凪。
正直困るくらいシスコンな兄であるが、異能者としては自分達よりも先輩である。
剣の腕なら零に匹敵する技量。
―――数少ない街でも高位の異能使いだ。
「確かに不思議な話だ。彼が手を抜いてたとは考え難いし、本当に逃げられたのであれば、街の警戒を強める為に連絡して来るはず」
やはり察しの良い兄。
少ない妹からの情報だけでもある程度の推測が出来る。
突如学校に現れたという魔獣の意図。
彼程の実力者が取り逃して、あえて報告しなかった理由。
迫り来る厄介事との関係性を導き出していく……。
そして、
「出たのかもしれない。前兆と呼べる存在が」
憶測であるが、もしそうなら取り逃した理由も納得がいく。
「いくら彼でも無敵ではない。上位種までなら対抗出来たかもしれないが、希少種や覚醒種だったらまず間違いなく『ランクA以上』は確定だ」
魔獣にもランクが存在する。一番下のE〜トップのSまで。
通常街に徘徊している程度の雑魚ならEかD……高くても精々Cまで。
実際零がこれまで街で倒して来た魔獣の最高ランクはBまでであった。
そして、肝心のAランク以上は滅多に現れることがなく、情報自体も極めて少ない。
何故なら遭遇しても勝てる異能者自体が限られているからだ。
各地で平均レベルは異なるが、個人の実力ではBランクの魔獣相手でも厳しいのが現実。
Bランク以上の場合は、チーム戦による連携が基本であった。
「じゃあ、もしそうなら、今の零でも……」
「勝てる可能性は低いだろうな。たとえ対象がランクAだったとしても、Bランク以上なら上位種、希少種か覚醒種の可能性が高いからな」
しかし、遭遇に関する具体的な情報は、零自身によって止められている。
何故そうしたか不明であるが、何かを恐れている気がした。
【泉葵side】
学校が休みに入ったというのに、葵の心は暗いものであった。
「明日……どうしよう」
学校の先生や親からは通知表で褒められて、学校の友達や幼馴染の凪や由香からは、休み中の遊びやお泊まり会のお誘いを受けている。
用意された大量の宿題も問題ない範囲。
葵の冬休みは最高な思い出になる……筈だった
「おにぃちゃんに断れちゃったなぁ。やっぱり忙しいのかなぁ」
前日の夜、イブに行われる冬祭と夜を一緒に過ごしたい。
声を掛けるのにもかなりの勇気が必要だったが、葵は兄のそうお願いした。
本人としては相当な覚悟による行動であったが、昔はよく兄に対して甘えて色々とお願いをしていた。
全力で戯れるように甘えていた頃が本当に懐かしく、泣きそうになるくらい今の兄との関係が辛いと感じる時もあった。
しかし、それが一変。
いつ頃か分からないが、元々人の感情に敏感だった彼女はある日から、兄に対してどこか壁を感じるような気がしたのだ。
恐らく最初は何か不機嫌なだけだと感じていたかもしれない。
友達の武や凪が彼をからかって怒らせたか、もしくは別の何かで苛立っていたのだと初めは思っていた。
だが、感じてくる冷めたような気配は、いつまで経っても消えることはなかった。 それは彼から数少ない楽しげな笑みを消していき、やがて別人のような表情となって彼に馴染んでしまった。
どうでもいい。
興味もない。
そんな冷め切った感情が彼から漏れ出たのは、彼女の知っている兄の笑顔が消えた直後であった。
次第に自分に向ける視線にも無感情なものが多くなっていき、彼が中学に上がった頃には視線すら合わすのが怖くなって、家ですら最低限の返事と報告しかして来なかった。
両親や幼馴染の凪たちは、凍り付いたような2人の関係を危惧していた。
なんとか昔のような関係に戻ってほしいと、彼女らなりに色々と策を練っていたが、その全てが虚しく散っていった。
どれだけ訴えたところで、彼は感情で流されるようなことはない。
いや……もしかしたら、彼が冷徹な異能者である限り、不可能なのかもしれない。
その事情を知っている親達は、彼をそうさせた責任を感じてか、何度か零に異能世界から足を洗うか、しばらく休みを取らないかと相談をしたこともあったが……。
『仮に俺が辞めたとして、残っている問題はどう解決する?』
『魔獣は消えない。永遠に現れる』
『根本的にこの街には異能使いが少な過ぎる。隠すべきことが多いからしょうがないかもしれないが、人手が少ないのは明らかだ』
『親父達もまだ力が完全に戻っていない。冬夜さん達もいつも動けるわけじゃない』
『俺がやらなきゃ、いったい誰がやるって言うんだ?』
驕っているつもりなど彼にはない。
ただただ、現実を見ているだけ。
しかし、その理不尽なまでに正しい選択が守りたい筈の妹を傷つけてしまっていた。
「元々なぎおねぇちゃんとゆかおねぇちゃんからも誘われてたけど……」
どうせなら兄に誘って欲しかった。
どうせなら一緒に回りたかった。
どうせなら…………昔みたいに甘えたい。
「やっぱり………嫌われてるのかなぁ」
楽しみにしていた祭りの前日。
なのに彼女の心は沈んでしまっている。
徐々に深まっていく不安の渦に飲まれそうになる中、夜が更けていった。
【大野英次side】
「この辺か……」
深夜のとある神社内部―――その地下にある祭壇。
彼が来ていたのは、扉を開閉する為に必要な鍵が収まっている『箱』が隠された場所。
「はは、無断で来たことがバレたら説教どころじゃないな」
街中で座標が常に変更されている魔獣を呼び込む扉。
それを自由に開ける為に用意された鍵が存在する。
それが彼の視界の前にある。
いくつもの呪符や縄で封された木箱。
祭壇に置かれている明らかに怪しい箱である。
大昔から存在しており、いったい誰が何の理由で用意したかは不明であるが、英次はどうしても明日の前に確認する必要があった。
当然であるが、重要な物である為、常に異能者が見張っている。
神主を含めた大半が異能使いか協力者などの関係者である。
いくら英次でも簡単に入れるような場所ではなく、地下に入る為には零の父親などお偉いさん方々に許可を取る必要があったが……どうやら正規のルートは頼らなかったらしい。
かなりの無茶をして処分も受ける覚悟で彼はこの場所にやって来た。その訳とは……
「勘違いならいいが……もし当たっていたら」
呟きながら箱に軽く触れて見る。
封印を刺激しない程度に異能を発動させると……。
『時間を戻して』箱の中の鍵が使われていないかチェックを始めた。
「……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます