第15話 前兆。

『―――』


 そのモノの特性は無――虚無だ。

 誕生して早々、何かに導かれるようにとある学校の屋上まで足を運んだが、具体的に何をしたいか、目的らしい目的が一切なくただ風に当たっているだけ。


 ぼんやりとした思考の中、あるかないかも分からない瞳でやや曇っている空を眺めていた。


『―――』


 生き物特有の衝動が皆無。

 支配欲や破壊衝動といったものからも、かけ離れた無害に近い存在と言ってもよかった。



 魔獣と呼ばれる中でも比較的に穏やかなタイプであるのは明らかであったが。



「なんだ? お前は」

『―――』



 しかし、狩人は魔獣であると気付くや、躊躇いなく斬りかかった。


 柄から剣先まで漆黒の刀。

 見た限り我流のようだが、空気を裂くような鋭い一閃が灰色ローブ姿の魔獣を斬り裂こうとした。


『―――』


 ただ、そんな危機的に状況であっても、魔獣の方から動揺した気配はなかった。







 微かな気配を追って視界に捉えた時点で、異能【黒夜】を発動して斬りに行ったが、まさかあっさり躱されてしまった。


 動作的な反応は軽くローブが揺れた程度だったが、それだけで黒刀の刃が空振りした。


「躱した……というより、存在があやふやだな」


 姿はボロボロの灰色のローブ。中に何か入っているのかと目を凝らして見るが、中身らしきモノは何も見えない。


 

 いや、元々もないんだ。

 

 

 推測通りならこいつは……



か……珍しいな」



 空中に無数の黒刀を呼び出した。

 遠隔操作してあらゆる方向から突き刺そうと飛ばす。


『―――』


 ローブの魔獣は風に揺れる布切れのように飛んでくる刃を躱していく。感情が読み取れないタイプではあるが、攻撃に対する危機感はあるらしい。鮮やかな躱し振りであるが……。



「【武闘】―――アジリティ」



 直後、俺自身も地面を蹴り、屋上の壁など利用して横から跳躍していた。

 相手が避けるであろう方向を先読みした上での裏側からの攻撃である。



 瞬間、振り返ったと思われる魔獣の頭らしき部位に狙いを定めた。

 仮に避けようとすれば他の刃が奴を狙う。完全に捉えていた。



『―――』

「っ!?」



 が、刃が届く寸前で俺の体が空中で止まってしまった。



 他の刃も同様で、止まったと思えば強い衝撃波と共に一斉に押し返された。



「クソ……念力系か一定範囲限定の防御能力か」


 飛ばされてしまうが、どうにか屋上の地面に着地したところで、いったい何をされたかを推測する。


 相手のタイプと感覚的になら念動力の方かもしれないが、俺の異能を弾くほどだとすれば非常に厄介なタイプだ。



「ランクBは確実だ。肝心の瘴気が微かにしか感じ取れないが、まさか省エネ系の上位種じゃないだろうな?」



 【武器ウェポンチェンジ】―――刀から弓へ。



「試してみるか」


 黒弓の弦を引くと、弓の先から黒き輝きを放つ矢が生成した。

 


 【ー始矢シヤ黑射天撃コクシャテンゲキ黒渦クロウズ



 放たれた『漆黒の矢』は一直線に上空の目標に向かって飛翔。

 軽い放物線を描いて漂っている標的へ直撃。



 瞬間、矢に込められていた黒き光を解放される。

 直撃した対象を光の中に閉じ込めて、効果によって敵の存在を消滅させる技であった。





 筈だったが……。




『―――』

「これでもダメか」



 また直撃する寸前で掻き消された。

 試しに続けて溜め込まず矢を連射したが、結果は同じ。



「能力の上下なんて関係ない。強制的な無効系……反則タイプかよ」



 だとしたらランクBも怪しい。

 ヘタしたらランクAの上位種どころか希少種、あるいは覚醒種の可能性が出て来っ―――!



「……――『王』?」

『―――』



 不意に口から出た恐ろしい単語。

 俺たち異能者にとっての宿敵であり、天敵でもある魔獣達の中で稀に誕生すると言われる『王』。


 親父や祖父達、さらにはその前の先代達も苦しめて、天変地異を引き起こした迷惑極まりない覚醒種。



 すぐそんな馬鹿なと思った。



 予定ではまだ1日ある筈。


 


 あり得ない筈なんだ。




 なのに……なんで。



「お前はいったい何の為にここに来たんだ!?」

『―――』


 これまで通り無言のまま宙に浮かぶだけ。

 返答など一切するつもりがないのか、そもそも人の言葉が分からないのか。


 いずれにしても倒す手立てが思い浮かばなかった。



『―――』



 ローブの魔獣はぼんやりとこちらを見ているようで、俺の言葉に対しても特に何も反応を示すこともない。



 微かに感じ取れる気配と視線。

 それ以外は全くと言っていいほど感じ取れない無の存在。




 そいつはただこちらを眺めているだけで、しばらくこちらが立ち尽くしていると、蜃気楼のように姿が乱れて、静かにその場から消滅していった。








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