第11話 父親。

 借りた道場で英次を軽くいじめた(鍛えた)後、既に日が暮れて帰宅した時には夜であった。


「ただいま」

「おかえり、遅かったわね?」

「途中、英次と一緒にいたから」

「あら、そうなの? お父さんはもう帰ってるわよ?」


 リビングに入ると夕飯の準備中の母さんと会う。怒っている様子はないが、事前連絡しなかったからか少し不思議そうな顔でして、テーブル席にいる父の方を向いた。……葵は自分の部屋で勉強中かいなかった。


「ん? ああ、おかえり」

「ただいま」


 眼鏡を掛けた優顔なTシャツ姿の親父――いずみしんは新聞を読んでいる。完全にオフのスタイルで休日は大体あんな感じで椅子かソファーで楽していた。


 とりあえず俺も鞄と上着を片付けると、向かい合うようにテーブル席に腰をかけた。


「母さんも言っていたが遅かったな。トレーニングか?」

「あの英次が珍しくな。軽く付き合ったつもりが遅くなった」

「英次君が? そうか……」


 少し意外そうな顔をする。何か思うところがあるのか、しばらく黙り込んでいる。


「ま、本人も危惧してるんだろう。少し役立てたいって苦手な訓練も自分から頼み込んだ」

「危惧? いったい何のことだ?」

「柊さんから話は聞いてないのか? 近いうちに王レベルの魔獣が出現するんだろう?」

「『門』のことを言っているなら問題ないぞ。既に修正案が出ている」


 聞いているか、聞いてないかは関係ない。そんな風に親父は切り出しているが、こっそり調べている俺たちに釘刺ししたいのか、既に手は打ってあると言い出した。


「遠出している者達に招集をかけた。来週には結界の再構築が出来る予定だ。3日は掛かるだろうが、あの門の状態ならそれまで問題なく保t――」

「何も分かっていないのはアンタらの方だ。来週は出来る予定? 来週どころか結界が砕けて門が開くって言うのによ」


 思わず冷たい声音で割り込んで言ってしまった。睨みたくなくて俯いているが、その声だけでも十分凶器であった。


 それだけ親父達の危機感の無さにイラつきを覚えたか、それとも結界の再構築なんて甘いことを言い出していることへの不満か。


 いずれにしてもリビングの最悪になった。

 キッチンで調理中で殆ど聞こえていなかったが、凍り付いた空気に気付いたか、困惑した顔でこちらに顔を向けていた。


 それに対して親父はというと。


「あ、あと5日だと? それは何処からの…………いや、英次君か」


 流石に動揺が生まれたらしい。俺が相手の時は割とクールな親父が顔を強張らせていたが、しばらくして冷静さが戻ったようだ。すぐに英次からの情報だと察した。


 だから、ある程度理解したと判断して俺も話すことにした。


「最近になって未来に陰りが見えたらしい。俺も最近狩ってる魔獣たちにも何かで違和感を覚えた」


 切っ掛けは本当に単純な変化である。

 魔獣達の生態なんて正直言って謎が多い。他所の世界からの侵略獣なんだから、この世界の常識が通じないのは当たり前であるが。


 微かな違和感を俺は見付けて、同じく嫌な予感を感じ取った英次に頼んでしばらくの間、能力を通して瞑想を続けてもらっていた。


「分かったのは今日になってだが、かなり異能を使ったらしい。当分は回復が必要だ」

「そんな無茶なことを……」

「その辺りは俺も反省してる。英次にはなるべく無理のない範囲でとは何度も言ったが……」

「はぁ、済んでしまったことは仕方ないか」

「反省はある。けど機関にも所属してない、少人数の俺たちにはどうしても必要なんだ」

「分かってる。……本当にしょうがない」


 親父は新聞を折り畳む。やっと誤魔化すのを止めたか、眼鏡越しに見える糸目がいつも以上に険しい感じでこちらを捉えていた。

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