第12話 過去。

 ――『冬祭』まで残り2日の放課後の夕方。

 英次が視たという『悪夢』の前兆なのか、街中に徘徊していた魔獣達が何処かしか慌てていた。


「どういうこと? なんでこんなに逃げ回って……」

「決まってる。王の出現が近いんだろう」


 討伐に付き添って来た凪が困惑した様子で、散らばっている魔獣の死骸を見ている。煙になって大半が消えかけているが、さっきまでの交戦を思い出して首を傾げていた。


「まだこちら側に出現してない為に、俺たちには認識出来ないが、あちら側の世界の住人である魔獣は例外なんだろう。逃げ回りたくなるほど王の存在を感じ取ってる」


 元々連携なんて取れていなかったが、それでも獣らしい囲うような集団戦をしていた。


「でも、同じ魔獣なんでしょう? 何で王だからって逃げ回る必要が……」

。出現する王は、まず下級の魔獣を喰らい尽くす。逃げたくなるのもしょうがない」


 いっそ街から離れたらと思うが、何か怯えたように街の裏の裏へと逃げるだけ。離れようとする魔獣は殆どいない。


「え……何で食べられたの? 仲間割れ?」

「恐らく回復の為だろう。以前もそうして雑魚の魔獣が王の出現直後にいっぺんに喰われたって聞いた。門から出て来た王は消耗して弱っていたそうだ」

「弱っていたって……ただ門を通っただけなのに?」

「俺も記録でしか知らないが、今から20年以上前、今みたいな予兆の後に王の襲来が起きたそうだ」


 消えていく魔獣達を眺めながら、かつて読んだ記録を脳裏で読み出す。【黒夜】の副産物で脳の処理能力が格段に上がっている為、こうした重要情報などは絶対記憶領域に保存していた。


「当時まだ現役だった祖父達と親父達によって討伐されたが、被害が甚大で誤魔化すのにかなり苦労したらしい。具体的な被害は端折られていたが、ビル規模の建物が何軒か崩壊して、大地震に山火事などが起きたとか」

「話だけ聞くなら天変地異ね」

「だから5年前の予兆の際は、徹底的に結界を強化したそうだ」


 これも記録にあるが、祖父や親父達からも聞いたことだ。いずれも俺もやることになると判断して早いうちに教えてくれた。


「だが、結界の強化に注ぐエネルギーは異能者の『心力』。それも膨大で1人分では全く足りず、街にいる精鋭の大半……親父達の心力をあるだけ注いで抑え込んだが……」


 代償として親父達は異能は弱体化してしまった。

 他の人達がカバーしてくれたのは、その後の魔獣被害は少なく済んだが、完全に戻る気配は未だになく、俺が引き継いだ時点で引退を決意した人も少なくなかった。柊さんもその1人であり、サポート面に移って以降は情報屋として助けてもらっていた。



 しかし、平穏は僅か5年だけ。

 今再び、門を保護する結界が綻び始めていた。



「早過ぎるが、今はそれを考えている余裕もない。調査したくても大昔からあって、詳しいことは爺ちゃんも知らない」

「個人的な意見だけど、あの装置に頼り過ぎなんじゃないかな? アレのお陰で門を閉じ続けられて魔獣被害も少なく出来ているけど、私は危ない気しかしないよ」

「それは俺も同じ気持ちだ、凪。……けど、20年前の悲劇が思った以上に深い。この作戦に賛同してくれる大人も全然いなかった」


 あえて結界の補強を諦めて、出て来た端から殲滅させる。もしくは足止めをしながら改めて補強を行う。そんな案も伝えたがあっさり却下された。


「無茶を超えて不可能な話だとさ。もし完全に門が開いたら、上位種の魔獣が自由に行き来できるだけに止まらず、最悪の場合閉じることが出来なくなるかもしれない」


 何より一体の王の襲来だけで全盛期の祖父や親父達でもどうすることも出来ず、特に重傷を負った爺ちゃんなんて引退を余儀なくされた。


 当時の街の中でも『最強の異能使い』と呼ばれた爺ちゃんでもだ。


「門は絶対に開けるわけはいかない。それが大人達の結論だ」

「でも……結界の強化に必要な人数はまだ集まってないんだよね? 完全に開く前に間に合う?」

「間に合うなら最初から話なんてしなかった」


 そう、親父に話した際に要請を早めれないか掛け合ったが、急いでもあと3日は確実に掛かるそうだ。……つまり間に合わない。


「英次と話し合ったが、一番人口が多くなる『冬祭』が標的になる可能性が極めて高い。なら、たとえ開き始めて魔獣が来たとしても、学校には近付かせない」


 未来視した景色があくまで『冬祭』の学校だから、それしか判断材料がないが、取れる選択肢としてはそこまで悪くはない。

 それに英次が視たと言う『未来』には、崩壊するビルなどは見えなかったと言う。かなり賭けに近いが、英次が視たと言う『未来』ではまだ完全には門は全開になっていない。


「この程度の兆候程度なら合間でもいける。残り2日……どうなるか」

「まさか徹夜で見張るつもり? それこそ無茶よ」

「二徹で済めばラッキーだろう。俺なら問題ない」


 実は既に2日連続で徹夜だが、学校ではいつも通りにしているから凪も気付いていない。……親父から朝のうちに忠告されたが、なりふり構っている暇もない。



「こっちから仕掛ける。完全に門が開く前に―――手当たり次第、魔獣共を王ごと狩ってやる」



 正直厳しい予感と嫌な予感しかしないが、やれないとは言わない。

 あくまで慎重姿勢な親父から協力が受けられない以上、代わりに引き継いだ俺がやらないといけなかった。

 

 だが、俺の心はあくまで冷静である。

 余裕がない凪や英次とは根本的に違う俺だけは、無謀にも思える一騎当千のような戦略の鍵を見つけていた。

 





 しかし、その夜に起きてしまった事態に、一切問題ないと思われた戦略に狂いが生まれる。




 なんてことはない。

 大した話ではないが。








 妹が……葵が泣いてしまった。


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