第5話 傭兵の思慕

 傭兵、レベッカ・ブラッドレインと、国軍大佐、シュメート・アラヴァーが互いの意見をぶつけ合った翌日。

 荒野のような戦場にはその日も砂塵が舞っていた。

 昨日のレベッカの活躍で、敵軍の戦線はかなり後退し、我が国の軍の勝利も目前であった。

 ――とあれば。敵軍がレベッカを放置するわけもなく。

「レベッカ・ブラッドレインのいる小隊を囲め!」

「最強の傭兵には物量と数で圧し潰せ!」

 敵軍はレベッカを亡き者にするため、アラヴァー隊を集中砲火する。

「くそっ、あの傭兵のせいで俺たちまで巻き添えだ!」

「言うな、ブラッドレインに消されるぞ」

「ブラッドレインに殺されるか、敵国の兵に殺されるかの違いでしかないだろ」

「君たち、落ち着くんだ。まずは包囲を突破するぞ。一点集中だ」

 アラヴァー隊のなかで仲間割れが始まる兆候を、シュミーはなんとか押し留めていた。

「……」

 レベッカは黙って銃を持ち直す。

「私が先陣を切る。死にたくなければついてこい」

「誰のせいだと思って――」

「よせ」

 シュミーは突っかかろうとする兵を腕で抑える。

「わかった、先陣はレベッカに任せる。敵の弾幕が切れたタイミングで突っ込むぞ」

 それから、シュミーとレベッカは二人で話す機会を得た。

「レベッカ、すまない。彼らも焦っているんだ」

「別に、謝る必要などない。人に恨まれるのは慣れている」

「――」

 シュミーは痛ましい表情でレベッカを見たという。

「――君は、何故傭兵に?」

「生きるためだ」

 レベッカは、短くそれだけ答えた。

 やがて、敵の攻撃が一瞬止んだタイミングで、「今だ! 走れ!」とシュミーが叫ぶ。アラヴァー隊の面々は、地面を蹴って無我夢中に駆け出した。

 銃撃の雨の中を猛スピードで走る。服や頬に弾がかすったが、決して立ち止まらない。動きを止めればすなわち死だ。

 走りながらも、レベッカが銃を構え、比較的包囲が薄いある一点を集中して撃つ。敵兵が叫び声を上げる。そこから崩れたところを一気に駆け抜けた。

 アラヴァー隊の全員が包囲をくぐり抜け、追手を撒くまで走り続ける。

 戦場の中に放棄された廃病院があったので、ひとまずそこに身を隠すことになった。

「ハァ……ハァ……」

 全力疾走していた隊の面々は、やっと肩で息をする。

「大佐、増援はまだなのですか?」

「もうじき来る。我々に気を取られてこの病院を包囲している後ろから挟み撃ちにできれば――」

 そこへ、キィンと甲高い音が建物の外から聞こえてきた。どうやらマイクかメガホンを使っているらしい。

「――警告する。レベッカ・ブラッドレインをこちらに引き渡せ。さもなくばブラッドレインごとこの建物を破壊する」

 レベッカを名指しされ、アラヴァー隊に緊張が走る。

「……」

 静かにため息をつき、レベッカは立ち上がる。

「待て、レベッカ。……私も行く」シュミーもどっこらしょと腰を上げる。

「必要ない」

「この隊をここまで追い詰めたのは、上官である私の責任だ。一緒に同行させてくれ」

「……」

 有無を言わさないシュミーの態度に、レベッカは初めて困ったような顔をしたという。

 そうしてシュミーとレベッカは病院の出入り口から出てきた。

「私はシュメート・アラヴァー大佐だ。レベッカ・ブラッドレインに人道的な処遇を求める」

「人道的な処遇だと? こいつひとりのせいで何人死んだと思っている」

「これは戦争だ。犠牲が出るのは当然だ」

「ああ、犠牲が出るのは当然だろうとも。だがそいつは必要もなく無駄に殺人を犯している」

 レベッカは肩をすくめる。事実ではあるからだ。

「たしかにレベッカは無為に命を奪っている。それでも私の大切な隊員だ。捕虜にするなら私も連れていくがいい。彼女を止められなかったのは私の責任であり罪だ。拷問されなくても軍の機密を全て吐いてやる」

「シュメート・アラヴァー……」

 レベッカは呆気にとられた顔でシュミーを見る。大佐クラスが拷問もなしに軍の機密を暴露するなど、我が国では国家反逆罪に近い。それだけのことをしても、シュミーはレベッカを守ろうとした。

「――残念ながら、レベッカ・ブラッドレインは死罪以外に道はない。奪い続けた命に対して己の命で贖うがいい。そして、アラヴァー大佐。あなたもブラッドレインをかばうならば、表に出てきた時点で覚悟はおありなのだろう?」

 敵兵の銃口が、シュミーに向けられる。

 ――レベッカは、シュミーをかばうように立ちふさがっていた。

「レベッカ……?」

「アラヴァー大佐、あなたの覚悟はしかと受け取りました。私のような手を汚した傭兵を人間として扱ってくれたのはあなたくらいのものです。その信頼に、私は全力で応えさせていただきます」

 レベッカが、シュミーを認めた瞬間であった。

「――ええい、ならばこの二人を今すぐ撃ち殺せ! 病院も粉微塵にしてやる!」

 敵国の上官が逆上したが、その時敵軍の背後から悲鳴が上がった。――我が国の増援が間に合ったのだ。敵軍の後ろからどんどん狼狽と恐怖が伝播していき、戦線が崩壊していく。

「さて、あとは一気に片付けるだけだな」

 シュミーは国家反逆罪を犯しかけたことなどなかったかのように何食わぬ顔でレベッカと並ぶ。

「アラヴァー大佐のために、血の雨を捧げましょう」

 レベッカは腰に差したサーベルを二刀流のように鞘から引き抜く。

 ここからアラヴァー隊の反撃が始まるのである――。


「――というわけで、私はアラヴァー大佐を慕うようになったのだ」

「シュメートさん、素敵な人だなあ」

 レベッカの昔話を聞き終えて、テイイチくんは感心していた。

 ――それにしても、レベッカが無駄に人の命を奪うようなことをしていなければ、そんな事態にはならなかったのでは。

 残念ながら、僕には美談とは思えなかった。でも表立ってレベッカには言わない。殺されるから。

「ただいま」

 ドアについた鈴の音が鳴る。どうやら事務所の主が帰ってきたようだ。

「おかえりなさいませ、アラヴァー大佐。お飲み物をご用意致します」

「ああ、冷たいものだとありがたい」

 レベッカはシュミーのスーツの上着を預かり、ハンガーにかけたあと飲み物の準備をし始める。殺戮の限りを尽くした元傭兵だと聞かされていなければ、甲斐甲斐しく主人の世話をする美しく忠実なメイドとしか映らないだろう。

 僕はそっとネタノートをしまう。さて、この話、小説にしてしまっていいものか。


〈続く〉


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