第4話 血の雨のレベッカ
「レベッカさんは、どうしてシュメートさんのメイドさんになったんですか?」
昼下がりのアラヴァー探偵事務所。レベッカと一緒に事務所の掃除をしていたテイイチくんがそんな疑問を呈した。
――そんな、藪をつついて蛇を出すような真似、わざわざする必要ないだろ。
僕、クローニン・サイナンは事務所のソファに座って我関せず、他人のフリをしている。レベッカは何故か、僕にやたらと辛辣な女である。なにか恨みを買うようなことをした覚えはないのだが。
「話すと長くなるが、構わないか少年」
――レベッカが、素直に口を割ってる!?
僕とは明らかに態度が違う。何故だ。
「はい、お二人の馴れ初めをお伺いしたいです」
「馴れ初め……馴れ初めか〜……そんなに聞きたいなら仕方ないな〜……」
――!?
こ、こんなデレデレなレベッカ初めて見たぞ……怖……。
「おい、ヘボ作家。今、私のことを馬鹿にしてるだろ」
「何も言ってないけど!?」
「目は口ほどに物を言う。今度そんな目を向けたら、アラヴァー大佐に黙って放浪の旅に出たことにしてやるからな」
遠回しに殺すぞ、と脅され、善良な一般市民である僕は極力目を合わせないように他人のフリを続行した。震えているのは武者震いというやつである。ちなみにこの事務所の主……シュメート・アラヴァーは現在事務所を留守にしている。
「私と大佐の出逢いは、とある戦場から始まるんだが――」
どうやら回想が始まったようだ。これは長くなりそうな予感。
彼女――レベッカ・ブラッドレインは、『血の雨のレベッカ』と呼ばれ、恐れられた女傭兵である。傭兵団には所属していないフリーランスで、金を積まれ求められるままに世界各地の戦場を転々としながら敵を屠り続けてきた。個人勢では最強の傭兵の呼び声高く、あらゆる軍隊、傭兵団が彼女を喉から手が出るほど欲していた。彼女の通った道には、血の雨が降る――。そんな伝説がまことしやかに囁かれるほどには、レベッカの戦績は素晴らしいものだった。
そんな彼女が我らが国軍のシュメート・アラヴァー大佐と運命的な出逢いを果たしたきっかけは、レベッカが我が国の軍に雇われ、戦場に出撃した先であったという。シュミーとレベッカは偶然同じ部隊に配属となり、その戦場が初めての共同作業(レベッカ曰く)だったらしい。
レベッカは、最初はシュミーに関心を示していなかったそうだ。もともと人間に対する興味が希薄で、どこか淡々とした性格なのだ。だからこそ、どこかの傭兵団に所属することもなかったのだろうし、機械的に人間を殺せたのだろう。
シュミーはその部隊の隊長として、部下に指示を出したり、人間関係を円滑にするための潤滑剤のような役割を自ら進んで行っていた。あいつはそういう世話を焼くのが好きな性分であった。部隊の他の軍人たちが遠巻きにしていたレベッカに対しても心を砕き、献身的に集団に馴染ませようとしていた。残念ながら当初、レベッカにとっては余計なお世話だと映っていたらしい。「なかなか心を開かない野良猫のようだった」と後にシュミーが語っている。
さて、そんな二人の共同作業――戦場での作戦行動は、当然ながら足並み揃ったものとはならない。レベッカは作戦開始早々、単独行動を始め、敵兵を次々と葬っていった。ナイフ一本で敵の背後に忍び寄り、喉をひとりひとり掻き切っていく手並みの鮮やかさは、傭兵というより暗殺者に近い。敵は恐慌状態に陥り、戦線崩壊を起こしていた。
味方はどうかというと、「アイツ一人に任せておけばいいんじゃね?」と士気が下がりつつ、混乱した兵士たちを捕縛し捕虜とするなど、一応の連携は取れていた。しかしシュミーがいなければ、不満が募っていた可能性は大いにあっただろう。
「待て、ブラッドレイン。そいつは殺すな」
シュミーが不意にレベッカのナイフを持った手を制す。
「何故」レベッカは冷淡な口調で疑問を投げかける
「そいつはおそらく上官クラスだ。捕虜に出来ればそこらの兵士よりも有益な情報が得られる。無闇に命を奪うな」
「……」
シュミーの説得に、白けたのかナイフを突きつけていた敵兵をつま先で軽く蹴り、ナイフをしまう。
さて、その上官クラスの敵兵を縛り上げて、その日、アラヴァー隊は一時引き上げた。
その夜。
シュミーは作戦を確認したあと、テントを張られた自分の寝床に戻ろうとした時だった。
「――誰かいるのか?」
シュミーは真っ暗な草むらに向かって声をかける。草むらからは反応がない。シュミーは拳銃を構えて用心深く草むらに近づいた。と、ガサッと大きな音がしたのは、彼の頭上の大きな木だ。
シュミーが間一髪で後ろに飛び下がると、彼が一瞬前にいた場所には、彼女――レベッカ・ブラッドレインがナイフを地面に突き立てたところであった。
「どういうつもりだ、ブラッドレイン」
「納得がいかない」
「なんだと?」
レベッカは地面からナイフを引き抜き、猫背気味の体勢でシュミーを睨みつける。
「お前の作戦が納得いかないし、お前の存在が気に食わない」
「作戦会議に君は出席していなかったと思うが?」
「作戦など不要。敵は皆殺しにすればいい」
「ははぁ……血の雨とはよく言ったものだ。無差別殺人の愉快犯か君は」
上層部が僕に押し付けるわけだよ、とシュミーは自嘲気味に呟く。
「いいだろう。獣を御するには力の差を見せつけないといけないと言うからね。君をねじ伏せて力量を知って頂こう」
「そ、それでどうなったんですかっ?」
テイイチくんはレベッカの昔話にすっかり聞き入ってしまい、続きをねだった。
「どうも何も、いくらアラヴァー大佐とはいえ私に戦闘力で敵うわけないだろう」
いや、勝てねえのかよ。
「で、でも、今までのお話を聞くに、レベッカさんがシュメートさんに惚れる要素がどこにも無いような……」
「ふっ、そう焦るな少年。ここからが佳境だ」
ま、まだ続くのか……。
僕は呆れながらもネタノートにレベッカとシュミーの出会いの話を書き込んでいく。きっと僕の連載小説に使える話ではあると信じている。
レベッカは話を続けた。
「シュメート・アラヴァーよ、私をねじ伏せるんじゃなかったのか?」
「くっ……」
シュミーはレベッカに組み伏せられて喉元にナイフを突きつけられている。
シュミーとて軍人だ、格闘術の成績だって悪くない。ただ、レベッカのほうが経験も技量も上で、傭兵という戦闘のスペシャリストだ。シュミーには分が悪かった。
「さあ、このまま喉を掻き切ってしまおうか?」
「僕が死んだところで、他の兵士が黙っていないぞ」
「面白いことを言うな、隊長より優れた兵士などここにはおるまい」
「そんなことはない。僕より射撃が上手いやつもいるし、近接格闘が得意なやつもいる。僕はそれらのまとめ役をしているに過ぎない」
「言ってて悲しくないのか? 貴様がこの隊の中で大して強くないと自白しているようなものだぞ」
「そうかもしれないね。でも、複数の人間をまとめる能力を買われて、僕はここにいるもんでね」
「つまり、貴様を殺しても大して影響は無いのか。ふん、興醒めだな」
レベッカは獲物に興味を失ったらしく、ナイフをシュミーの喉元から離した。
「皆殺しがお好みじゃないのかい?」
「無闇に命を奪うなと言ってなかったか?」
お互いの主義主張を確認した二人は、何事も無かったかのようにその場で解散した。シュミーは自分の寝床に、レベッカはテントが信用できないのか、寝床にしていたらしい木の上に戻っていく。
その日の夜は、それで終わった。
〈続く〉
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