第3話 楽しみじゃないなんて、ことはない

「八月三十一日に、この世界は無くなる。」


「は?」


「言ってなかったっけ?」


その反応おかしくない?とこっちが責められているのかと思わせるくらい自然に、意味の分からないことを言い出す。


「まさか現実世界でそんなこと言う人いたんだ。てか今どきそんなこと書いてる小説とか少ないよ?」

「ちょっと何言いたいのかわかんないけど。」

「いやこっちのセリフだからね確実に。」


信じるとか、信じないとか以前の話だ。結構真剣な話してたよね、今。


「言ってなかったか。まぁ、柚がどう思うかは関係ないんだけどさ。どうせこの世界は、終わる。」

「そっか。」


何おかしなこと言ってんだ、なんて常識人のようなことを言うのは、野暮だと思った。新は、時に世界までも置き去りにして、どこか遠くに行ってしまう。

違う、私自身が、新の見ている世界をありきたりな世界と分断してるんだ。新が見ている世界を、私も見てみたい。けど、見ることはできない。


「今日の映画って、リバイバル上映だってこと知ってた?」

「リバイバル上映?あぁ、確か二十年くらい前の作品の再上映、とかホームページにかいてあった。」

「俺、二十年前にも観たんだ。」

「え、そうなの?言ってくれたら違うやつにしたのに。」

「観れてよかったよ。」

「誰といったの?」

「俺の好きだった人。」

「そんな人いたんだ。」

「その日に告白して振られたんだけどな。」

「青春だね。」

「いや、そん時青春は終わった。」

「一回告って終わりかよ。」

「痛いとこつくな。」


新の恋愛事情を話していると、白石病院がいつの間にか見えるところまで来ていた。映画館からずっと切ったままにしていたスマホの電源をつけて時間を見る。お母さんの仕事が終わる時間だ。

ショッピングモールの込み具合や、中学の時の弱かった自分のことを思い出した時間の不都合さを、丸めて飲み込んで、笑った。


「おかえりー。」

「ただいま。」


お母さんが車の中で私を待っていたらしい。じゃあね、と新に簡単な挨拶だけして、車に乗り込む。

長時間待っていてくれたのか、車の中は既に冷気が後部座席までも包んでいた。


「楽しかった?」

「暑かった。」

「映画館が?」

「いや、歩いてるとき。」

「助手席来たら?涼しいよ。」

「うん。」


靴を脱いで助手席に移る。分散されていた冷気が一気に一点に集まる。


「あー、す、ず、じ、いーー。」

「夏休み最後の日、花火大会だから。」

「恒例のやつね。」


毎年、夏休み最後の日には病院のお医者さんと入院中の患者さんが一緒に広場で花火をする。うちの病院内で皆仲が良くて、中には退院したくないと言う患者さんまでいる。だから、これまでに白石病院で入院経験のある退院していった人も集まったりして、結構な大所帯になる。


「まぁ、気が向いたらいくよ。」

「何言ってんの?向いても向かなくても行くのよ。」

「はいはい。」


八月三十一日、新の六十二回目の誕生日で、新曰く、世界が無くなる日。新は一体何を考えているんだろう。


「花火大会の日、世界が無くなるらしいよ。」

「え?何言ってんの?何かの予言?」

「新の予言。」


多分、何も考えていないんだろう。



この物語青春篇は、


「え、これで完結?」

「最後のシーンが浮かびません。」

「この終わり方でも、まぁ、斬新ではあるけどね。」


小説を書いているなんて、そんな大それたことは言えない。書きたいときに書いて、新に見せて、微妙な顔をされる。いいとも悪いとも、面白いとも面白くないとも言わない。それが私は面白くなかったけど、なにか文章を書いたら新に見せることが習慣化されていた。


「最近よく来るじゃん。」

「家じゃ勉強できないから、空いてる病室でやらしてもらってんの。」

「勉強?してんの?」

「受験生の十分の一くらいは。」

「お前も受験生だろ。」

「そうだったっけ?忘れてたわ。」

「教えてやろうか?勉強。」

「できんの?勉強。」

「一応勉強はしたけど、身分証明できないから高卒認定もらえなくて。」

「高校なんて、行かなくてもいいと思うよ。」

「柚は学校嫌い?」

「好きでも嫌いでもない。」


嫌いっていう感情は、好きになってからその後に生まれるものだ。何も知らない、興味がないものを嫌いにはならない。


「それ以下。」

「そんなに嫌?」


私たちに重たい話は似合わない。だから、至って冗談ぽく、自虐的に言った。


「別に。学校は私に興味がない、私も学校に興味がない。でも、きっと、社会は学校以上に興味を持ってくれないと思う。私にはなにもないから。だから学校に行って、興味を持ってもらえる人間にならなくちゃいけない。」

「深いね。」


あんたの感想は浅いよ。


「だから、新は行かなくてもいいよ。」


新は確かにここにいる。それがわかる。だから、自分の存在を証明しようとしなくていい。


「って、なんの話だっけ?」

「俺が天才だって話。」

「そろそろ帰ろ。」

「おい。」


しょうもない年寄だ。中身はおじいさんでも、見た目と発言は子供で、その摩擦に今更違和感を覚える。


「あのさ。」


病室を出ようとしたところ、声がかかる。


「俺、明日の花火大会行かないから。」

「は?行かないって、ここの広場でやるんだよ?」

「ちょっと、行きたいところ、あって。」

「外出の日終わったじゃん。」

「そうなんだけどさ。」

「お母さんに言ったの?」

「言ってない。」

「いいの?」

「わか、んない。」

「どこ行くの?」

「最高の場所。」

「なんだそれ。」


こんなこと言ってきたのは初めてだ。別にお母さんに言えば許可くれると思うけど。


「お母さんに言いにくい?言っといてあげるよ。」

「別にそういうんじゃなくて、秘密にしたくて、だから言わないでほしいっていうか、別に悪いことするわけじゃないんだけど、その、」

「私も行っていい?」


お母さんが社交的なだけで、私はそのDNAを受け継いでいない。だから毎年すごい人数が集まる花火大会に出るのが苦痛だった。


「別にダメだったらいいんだけど。」

「いいよ、別に。」


なんとなく流れていた私の日々に、一つの予定ができる。変化を求めるくせに、いざ変わろうとしている現実を目の当たりにすると少し面倒になる。今は、この青さを理由にすれば、何でもできそうな気がした。


「なんかご機嫌?」


と受付の看護師さんに言われるまで、自分が小さくスキップしていたことに気が付かなかった。


「いや、別に。」


だいぶきもいな、私。



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