第35話  サンタ

 「ところで、どうしてここにいるんですかね」




 当然の疑問だ。なんなら夢子さん、当たり前の様に友達を呼んでいますけど、ここは俺の家ですよ。




 「お兄ちゃんが寂しいかなーと思って」




 寂しくないことはないが、気を使わせるほど表に出ていたのだろうか。そこまで分かりやすくはないと思うのだが、気にしても仕方ない。




 「まあ、何はともあれ歓迎するよ、皆ご飯は食べたのか?」




 「タコサラダとローストビーフ食べたよ。美味しかった」




 そういう事らしい。ならばさっきのお土産は、予定通り俺が食べることにしよう。




 と思ったのだが、どうやら甘いものは別腹のようで、三人ともケーキに群がるとあっという間に切り分けてそれぞれが食べ始めてしまった。




 「お兄さん、この前は姉がお世話になりました」




 ケーキを頬張りながら理子が言う。




 「こちらこそ、あれは事故みたいなモノだったし」




 あれ、とは例の喧嘩沙汰の事だろう。そもそもの原因を辿れば俺に行き当たるから、誰が悪い訳でもない。




 「兄ちゃんが殴られた動画がSNSで回ってきてたからあたし達も見たけど、あれって痛くないの?」




 あの動画、俺が思っているよりもかなり広い範囲に拡散されているようだ。実際、部活内でも何度か尋ねられた事がある。




 「そりゃ、殴られたら痛いよ」




 ただ、それで弱気を見せたら損をするのを俺はよく知っている。気が狂ったように泣き叫べば、それはまた違う意味で効果があるのだろうけど。




 「でもホント微動だにしてないの、笑える」




 ウケがよろしいようで何よりだ。




 「まあそういう事もあるんだよ」




 雑に話を纏めると、俺はチキンのピースを一つ手に取り骨ごと齧りついた。




 「えっ?骨ごと食べるんですか?」




 骨ごと食べないんですか?俺は軟骨を噛み砕きながらウンウンと頷く。




 「ウケる」




 真琴はかなりツボにはまったようで、ケラケラと笑っていた。夢子はまるで当然のような顔をしてケーキを口に運んでいる。




 「まあ、ちょっとお腹減っててさ」




 どうやらこいつは骨ごと食べるものではないらしい。持ち手の太い部分以外食べられると思うのだが。




 「エビの頭は?」




 「食べるよ」




 「パセリ」




 「まあ食べるな」




 「枝豆の皮とか」




 「それは食べ物じゃないだろ」




 どこまで行けるか試していたらしい。




 「本当に何でも食べるんですね、そんなにお腹減ってるんですか?」




 「前はいつも飢えてたよ、でも今は普通」




 「なんで?」




 そう訊かれて、俺は夢子を見た。説明するのは恥ずかしいな。




 「まあいいじゃん。それよりお兄ちゃん、サンタさんだよ?今年は会えてよかったね」




 何かを察したのか、彼女は場を流してくれた。流石できる女。




 「そうだな、皆ありがとうな」




 礼をいうと、三人は笑った。




 しかし、夢子はさておき、他の二人も恋人がいないのだろうか。だんだん完璧超人逆にモテない説が真実味を帯びてきた。




 次第に夜が更けてきた。もし二人がこのまま帰らないのであれば、俺は駅前のネットカフェにでも泊まる気でいたのだが。




 「それじゃそろそろ帰るね。お兄さん、どうもありがとうございました」




 「結構楽しかった、また来るかも」




 どうやらそういう事らしい。




 彼女達が着替えている。俺は駅まで送ろうと思い、靴を履いてコートを羽織って、玄関の外で三人を待っていた。




 駅までの道中、俺は三人の後ろを歩いていた。割と不審者じみていたかもしれないが、この三人がこの時間にこんな暗い道を歩いくのは心配過ぎる。多少の不名誉は覚悟の上だ。




 「またね〜」




 挨拶も間に間に、ホームへ向かう二人を見送ってから俺達は家へ帰った。




 家に着くと、コートを脱いだ夢子は未だにサンタのコスチュームを着ていた。てっきり二人と一緒に着替えていたと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。




 帽子も被り直してこちらを向くと、「どうかな?」と首を傾げた。




 「似合ってるよ」




 褒めながら、俺は洗い物を始める。改めて見ると布の面積が少なくて結構破廉恥だ。




 こう言う時にカッコつけて見ないふりをするから、俺はきっと一線を超えられないのだろう。情けない。




 沈黙。水の流れる音だけがする。それを破ったのは、夢子の強い言葉だった。




 「もっとちゃんと見てよ」




 手を引かれて、俺は濡れたまま彼女の方へ向き直った。水滴がフローリングに垂れる。一度、二度。




 胸の部分が少し浮いている。と言ったらきっとぶん殴られるだろう。こうして別の言い訳を考えるのが、俺は上手くなった。




 しかしそんなものは所詮ままごとだ。すぐに、訴えるような夢子の強い眼差しに、俺は自然と意識を奪われてしまった。




 「……その、綺麗だ。凄く」




 たどたどしい喋り口調でそう言った。




 「他には?」




 夢子が俺を引き寄せて。




 「かわいい、かな」




 腰に手を回した。




 「まだあるよね」




 「そ、それは」




 と、そこで部屋にインターホンが鳴り響いた。




 「……もう!」




 夢子はドスドスと足音を立てて玄関へ向かった。下の部屋は確かに空き家だったから大丈夫だろう。




 ガッカリしたような助かったような、ともかくこの二人には何を言うべきなのだろうか。




 「メリークリスマス!酒持ってきた!」




 パーティーを解散したトラと中根が、俺を気にして来てくれたようだ。




 だが、見るからに飲んだくれの様子は見て、夢子は。




 「お兄ちゃんのばか」




 そう呟いていて袋から一本をひったくると、勢いよくプルタブを引いた。

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