第36話 往く年
「飲んで」
「なぜでしょうか」
「飲んで」
ゴリ押しだった。ひょっとして、これが俺の人生初のクリスマスプレゼントなんじゃないだろうか。
「飲ませていただきます」
そんな俺たちの様子を見ても、二人は何が起こっているのかさっぱりわからない様子だ。いつもならば察してくれたのかもしれないが、今日は羽目を外して飲んだに違いない。
「あんたも好きね」
好きで飲んでるように見えるか?
「夢子ちゃん、それすっげえかわいいな、今日出てればグランプリ取れてたよ」
トラが言う。今日のパーティーで男女混合のコスプレコンテストを企画していたから、それの事を言っているのだろう。
「ありがとうございます。虎緒さんはどこかの誰かさんと違ってよく見てくれますね」
背筋に冷たい感覚があった。
「あんた、夢子になんかしたわけ?」
何もしてないんです。
「ま、まあ。みんな楽にしておいてくれ」
促すと、三人はちゃぶ台の周りに座って話を始めた。明日のうちに、こたつをにした方がいいかもしれない。
そんなことを思いながら酒を冷蔵庫にしまった。各々飲み物は自分で用意しているようだったからな。ちなみに、夢子は葡萄ジュースだ。
「今年も結構いろんなことがあったな」
年末よりも一足先にトラが物思いに更け出した。ジレンマ拡大の為に相当動いていたから、その集大成のクリスマスパーティーが終わって安心したのだろう。
「お疲れ。よく頑張ってたと思う」
本当に。
「楽しかったけどな。夢子ちゃんはどうだった?この一年」
「楽しかったですよ。高校でも色々ありましたし」
充実した生活を送っているのは間違いない。夕飯を食べるとき、いつもその日の出来事を楽しそうに語っているからだ。
「一年で五十回も告られればそう思うわ」
初耳だったが、驚くこともない。男の関わり方もそうだし、今思えば理子や真琴程隙の無い奴ではないからな。あの二人も、もっと知れば別の見え方があるのだろうか。
なぜ中根がそんな事を知っているのかと思ったが、きっと俺の知らないところで二人の関係があるのだろうと考えて何も訊かなかった。
「やっぱモテるよなー。そういや、中根も何気にファンクラブ出来てたよな」
その話は聞いたことがある。ジレンマ内には本部の他にも得体の知れない支部が出来ていて、その一つに『紗彩様に蹴られ隊』という圧倒的にやべえ奴らがいる、というものだ。
「それ凄いですね」
夢子は目を丸くして驚いていた。
「使えるコマが増えたのが便利」
とんでもない言い草だった。
「虎緒だって、秘書陣の女の子がいっつもいるじゃん。あんなに書記ばっか抱えてどうすんだっつーの」
トラの秘書陣。いつも会議の書記や広報活動などに名乗り出てくれる、彼のカリスマに特に引き寄せられた女性達だ。
それぞれが自慢するわけでもなく、ただ淡々と会話を進めていくの聞いていて「あぁ、こいつらは本当にモテまくっているんだな」と思った。
ぼーっと話を聞いていると、口を開かない俺を気にしてか。
「寂しければ紗彩が慰めてあげるから」
と言って、中根が俺の頭を撫でた。
「あっ!」
叫んで、夢子が俺たちを指をさす。それを見てトラが笑いを吹き出した。
……やがて宴も落ち着きを見せる。時計を見ると、いつの間にか明日になっていた。十二月二十五日。ラジオからは往年のクリスマスソングが流れている。
窓の外にはしんしんと雪が降っている。ホワイトクリスマスだ。
「そういえばさ、文也の高校時代ってどうだったの?」
そう言って、中根が缶酎ハイで喉を鳴らした。
「どうって、別に普通だよ」
これは流石に苦しいだろうか。
「そんなわけないじゃん。それに、夢子もあんま知らないんでしょ?」
「はい。少なくとも家ではそういうの一回もなかったです。……虎緒さんは昔からお兄ちゃんと仲いいですよね?」
「そうだけどよ」
言って、トラは俺を見た。酔っぱらっていてもそこだけは気にしていてくれるらしい。
「話してみてもいいんじゃねえの?夢子ちゃんも中根も絶対笑わねえよ」
「そんな面白い話なわけ?」
面白いって程でもないが。
「お兄ちゃん。私も聞きたいな」
……。
そうか。なら仕方ない。観念して話すとしよう。俺だって、二人の事は信じているしな。
「どこから話そうか」
言葉を探して話をまとめると、俺はビールを一口飲んでから三人の方へ向き直った。
× × ×
「新目ってどいつだ?」
休み時間に教室で弁当を食べていると来客があった。二つの容器を空にして、三つ目に手を出した時のことだ。
クラスメイトが指さす。三年生の恫喝に怯えたのだろう、俺はあっという間に売られてしまったようだ。
それでも食べる手を止めずにいると、三人が教室内に侵略してきた。机を蹴り飛ばして何かを叫んでいる。周囲の生徒は恐れおののき、その中の一人がどこかへ走っていった。きっと、教員を呼びに行ったのだろう。
「てめえか?木田をやったのは」
「なにが?」
目は合わせない。そもそも、俺には木田という人が誰なのかがわからなかった。
「何がじゃねえだろ!ネタぁ上がってんだよ!」
そういうと、彼は弁当を弾き飛ばして俺の胸倉を掴んだ。その身長は、俺よりもかなり高い。
「何か言えってんだコラァ!」
刹那。俺は持っていた割りばしをあらば骨に思い切り突き刺す。確かな手ごたえがあった。そして力が緩んだのを感じると、後ろ髪を掴んでその顔面を机に叩きつけた。
「なにが?」
「だっ、だから」
叩きつけた。
「なにが?」
「えっ、ちょっとまっ」
叩きつけた。
「なにが?」
「ごめ、いふぁい」
もう一度、思い切り叩きつけてから教室の後ろの方に投げ飛ばす。女子生徒の悲鳴が上がる。他の二人が俺を羽交い絞めにするが、俺は顔面に後頭部で頭突きを食らわせてどかすと、ゆっくり歩いてから再度投げ飛ばした男の後ろ髪を掴んだ。
「なにが?」
前歯が飛び、鼻が折れている。血も止まらないようだ。
「ひっ……っ!なんれもないれす!許してくふぁさい!」
それを聞いて、俺は彼から手を放した。散らかった机を立てていると、廊下から騒がしい足音が聞こえてきた。
「新目!またお前か!」
俺は思わず顔をゆがめた。なぜならそこに立っていたのは、生徒指導の竹藤だったからだ。
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