第34話 鉄火場

 それから寒さは日に日に更に増していき、訪れた十二月二十四日。今日はクリスマス・イヴだ。




 大学は中間考査が終わり、現在冬休みの真っただ中。今年一年を通して思ったのは、大学というのは異常に長期休暇が多い機関であるということだ。こんなに休みがあっても、俺みたいな人間は扱いに困る。




 とはいえ、テストや提出課題があれば学内の図書館に通っていたし、ジレンマでの業務活動や広報活動としてボランティア等にも参加していたから、かなりの時間を大学内で使っていたはずだ。そう考えれば、ある意味高校時代よりも充実した生活を送っていたような気がするな。




 閑話休題。




 一体なぜ俺がいきなりそんな話を始めたかというと、目の前の惨劇から目を背けたかったからだ。




 「三から六までオーブン!配達は伝票確認して持ってってくれ!」




 「バジル、イベリコ、シーフード!六時からの予約のお客様は来店での注文なので出来立てでお願いします!」




 「皿足りてねえんだけど!誰か洗ってくれー!」




 本来であれば違う予定があったのだが、どうしても人が足りないと言われて俺はここに来てしまった。給料二十五パーセント増しとはいえあまりに過酷だ。しかも、男性比率が百パーセント。社員全員と、フリーターの兄さん方が四人、それと俺。




 「ポテトの在庫、予定より早くなくなりそうだぞ!」




 店内に声が響いた。




 「じゃあ他店から借りてきてくるしかないな。新目、頼めるか?」




 嫌です……。




 とはいえず、俺は現金一万円を預かると、極寒の寒空の中原付で街へ繰り出した。




 隣の店舗までの距離は遠い。しかし一刻の猶予も許さない今、俺はフルスロットルでバイクを飛ばして知る限りの裏道という裏道を駆使した。そのおかげでかなりのタイムを叩き出したのだが、そんな俺の目に飛び込んできたのは衝撃の光景だった。




 「あれ、新目君。サンタ帽かわいいね~。今日はどうしたの?」




 設楽さんというおばちゃん店長含め三人の店員が俺を温かく出迎えてくれた。ヘルプで何度か通っているため、彼女たちは俺の事を知ってくれている。




 「お疲れ様です。ポテト切らしちゃいまして、一万円分もらえませんか?」




 とても穏やかな場所だった。先ほどの鉄火場などどこ吹く風といった様子で、暖房の効いた店内でバイトの高校生たちが楽しそうにクリスマスツリーに飾り付けをしていた。




 「いいよ。誰かポテト持ってきて~」




 店長がそういうと、後ろの方から恰幅のいい兄さんが紙袋に入ったそれを往復で五個持ってきてくれた。一つ五キロだから、原付で運ぶには結構な重さだ。




 「寒いね。これ、設楽サンタのプレゼント」




 そういうと彼女は、どこから取り出したのかわからないが俺にホットココアを差し出した。




 「ありがとうございます。ここで飲んでいっていいですか?」




 外に出たら冷えてしまう。というか、もう戻りたくない。




 「いいよ。じゃあ事務所いこっか~」




 その後、五分程俺は現実から逃げた。設楽店長は息子が友達とクリスマスパーティーに行ったのだと楽しそうに話していて、その優しい口ぶりから聞いているだけで心が温かくなった。頼むから俺をここで働かせてください。




 しかし現実はそういうわけにもいかず、俺は缶を空けると再び極寒の中へ舞い戻った。別れるときに「彼女作りなよ~」と言われて少し困ってしまったのは内緒だ。




 その後、店に戻るとやはりそこは地獄だった。全く本当にひどい場所だ。俺は今日バックレたあの二人を逆恨みしながら、せっせとピザを配達して回った。(当然トラと中根の事だが、あいつらはジレンマのクリスマスパーティーに参加している)




 ……時刻は九時。ピークタイムを過ぎて店から解放された俺は、ゆっくりとした歩調で帰路についていた。最後に「年末年始も頼めるか?」と言われたが、流石に無理ですと断りを入れた俺を一体誰が責めるだろうか。電話がかかってきても絶対に出ないからな。絶対だぞ。




 途中のコンビニで売れ残りのフライドチキンのパックと小さめのホールケーキを購入した。夢子はどこかへ行くと言っていたから、今日は映画でも見ながらこいつを食べよう。




 そう考えながら家の前に立つと、どうしてか玄関の向こうから声が聞こえる。不思議に思いながら、俺は恐る恐る扉を開けた。すると。




 「メリクリ~!」




 という名曲を彷彿とさせる掛け声とともに、クラッカーが三回鳴り響いた。




 銀のラベルやホイルの星が宙を舞い、そのいくつかが俺の頭に乗っかった。




 「お兄ちゃんお帰り~。びっくりした?」




 「お久しぶりです、お兄さん」




 「つーか兄ちゃんクリスマスまでバイトなんだ。ウケる」




 三人のサンタが俺を出迎えてくれた。さてはここ、ヴァルハラだな?




 「あー、いらっしゃい。……これチキンとケーキ」




 あまりの衝撃に言葉を失った俺は、とりあえず手元にあったクリスマスセットをちゃぶ台の上に置いた。やたら高級そうな瓶が置いてある。もしやと思いラベルを確認すると、それの中身は俺の予想に反して葡萄ジュースだった。




 コートを脱いでから雪で濡れた頭を払い、お湯を沸かしてインスタントコーヒーを入れた。俺はキッチンのに寄りかかると、三人が盛り上がる様を見ていた。


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