第26話 秋刀魚
中根と酒を飲んだあの夜から二週間後。今日は件のサークル主催のバーベキューの日だ。
早くに着いてトラや初期のサークルメンバーと現場で準備をしていると、時間が進むにつれて人がどんどん増えてきて、予定時刻になる頃には三十人以上の人間が集まっていた。……こんなにいたっけ?
「今日は勧誘も含めた懇親会のようなもんだから、新しい部員やサークル外の奴も多い。ゲストを連れてきた奴はみんなに紹介してやってくれ」
トラが場を仕切る。訊けば俺がそうしたように、他の部員も仲間を連れてやってきたようだ。中には他大学の奴もいる。インカレサークルにでもするつもりなのだろうか。
みんなにプラのカップや皿、割り箸を配りバーベキューコンロに火を点ける。その間に紹介が始まった。これなら黒子に徹する事が出来る。そう考えながら、話を耳に入れつつクーラーボックスに氷水を張って、ドリンクを冷やした。
しばらくして準備も終わったころ、ほぼ同時に俺が紹介する番が回ってきた。皆が俺に……いや、俺の両隣に注目している。
「もしかしたら知ってる人も多いかもしれないけど、俺と同じ学科の中根紗彩さん。それと」
もう一人。
「えっと、妹の新目夢子。まだ高校生だからお酒は控えさせてくれ」
二人が挨拶をする。美少女二人の登場で会場(五分の三くらいは男だ)は更に沸いた。あのテンション、さては既に飲んでいる奴もいるな。……まだ午前中だぞ。
夢子がここにいる理由を語るには、三日前の出来事を説明しなければならない。
× × ×
「あぁ、わかった。まあそのうち来ると思ってたぜ」
中根のサークル加入の件を話すと、トラはすんなりと受け入れた。元々知った顔だし、特に異論はなかったようだ。ただ。
「ルールって程じゃねえけど、うちのサークルは男の方が多いんだ。下手に掻き回されねえように気を付けておかねえとな」
「それに関してなんだけどさ」
俺は中根がどうして前のサークルをやめて、次はどうしたいと思っているかを伝えた。
「……ふーん。まあフミがそう言うんなら信じるか」
話が早くて助かる。
俺は当日の移動手段として借りるレンタカーや、大型のバーベキューコンロ、テントの手配をしていた。今は何でもインターネットで申し込みが出来るから楽だ。作業は終わったから、あとは取りに行くだけ。借りた車は型落ちのミニバンだ。
「悪いな、いっつも雑務させちまって」
トラが俺に缶コーヒーを手渡す。
「いいよ。気にすんな」
俺はそれを受け取ると、礼を言ってからプルタブを開けた。結局のところ、俺がサークルに貢献しようと思ったらこういう業務的な部分しかない。場面を盛り上げたり、組織をデカくするために動くのは向いていないからな。
そういえば、こうしてトラと二人で話すのは久しぶりだ。サークル活動が盛んになって、トラはバイトのシフトを減らしているからだ。
「そういや夢子ちゃんはどうなったんだ?」
トラはそう言って部室の窓を閉めた。
「色々あってな、今は俺の家に住んでる」
事の経緯を説明した。
「そりゃなんとも。大好きなお兄ちゃんと住めてうれしいだろうな」
「茶化すなよ」
今は一応収まってはいるが、いずれ時子さんとのわだかまりを解かなければならない。
ワリ、と笑ってトラはコーヒーを飲んだ。
「バーべキューさ、夢子ちゃんも連れてくれば?」
提案の意図がよくわからなかった。
「いや、サークルのイベントに妹連れてくるか?普通」
「彼女連れてくる奴とかもいるし、別にいいんじゃね?」
陽キャってなんでこうもウェルカムなんだろうか。
「まあ向こうが暇だったらだよ。休みの日に一人で居たら寂しいだろ」
その通りかもしれない。夢子も少し、寂しがり屋なところがあるからな。それに、俺がこうして話をしたものだから、トラは夢子に会ってみたいのかもしれない。ならば夢子にも少し協力してもらってもいいだろう。
「わかった。誘ってみる」
了解して、二人で部室を出た。その後はゲーセンでゲームをしていたが(格闘ゲーム。俺はトラに一度も勝ったことがない)、そのうちトラに連絡が入った。どうやら外せない緊急の用事が出来たようだ。さては女だな?
頑張れよ、と見送って俺は帰路についた。
最寄り駅で降りると、偶然にも夢子がいた。どうやらちょうど、俺が何時に帰るのかを確認して、返事次第で買い物をして帰るかどうかを考えていたようだ。ちなみに父が送ってくれる生活費は全て夢子に一任してある。
「お兄ちゃん何食べたい?」
今日も作ってくれるらしい。
「今日はサンマが食べたいですねぇ」
秋らしいメニューがよかった。どうせなら炊き込みご飯も食べたい。
「いいよ。じゃあたけのこご飯も作ってあげる」
夢子の料理スキルの向上は凄まじい。つい先日は俺が名前も知らないような北欧の料理を作っていた。味はもちろんうまかった。
買い物を終えて道を歩く。エコバッグ(レジ袋を持ち歩けば?と提案したらかわいいのがいいと言われて購入した)の中には割と多い食料が入っている。ここから減るにしても、あの備え付けの小さい冷蔵庫に全て収まるだろうか。
「そういえばさ、今週末サークルでバーベキューやるんだよ」
「へぇ、そうなんだ」
夢子は俺の少し前を歩いている。
「それでさ、部長がよかったら夢子もどうかって」
「うーん。でもそれって私が行ったら変じゃない?」
やっぱりそう思うよな。
「そう思うなら強制はしない。忘れてくれ」
煮え切らない態度で「うん」と言った。きっと迷っているのだろう。しかし知らないところへ、しかも年上ばかりの場面に行くのは少し勇気が必要だと思う。変にかしこまっても居心地が悪いだけだしな。
悪いなトラ。夢子は無理そうだ。
家に帰ってから夢子はすぐに料理を始めた。切ったたけのことしいたけ、調合した出汁を入れて炊飯器のスイッチを押す。次に秋刀魚を焼いて、味噌汁を作った。ついでにとほうれん草のお浸しを加えて、今日は純和食、と言った面々だ。ちなみに俺はというと、テーブルを拭いて、大根おろしを擦っていた。幼稚園児でももう少しマシな働きをする気がするが、まあ仕方ないだろう。
出来上がって、それを運ぶ。最高にいい匂いがする。
「いただきます」
手を合わせて箸に乗せ、それを食べる。思わず「ゥンまああ~いっ!」と叫んでしまいそうな味だった。こういう時、食べる量が減ってしまったことを悲しく思う。その代わり、しっかり味わって食べよう。
その夜、食事を終えて皿を洗っていると来客があった。
「出てくれ」と夢子に頼む。彼女は大人しく俺に従って玄関に向かう。扉を開ける音。夢子が扉を開けたという事は配達業者だろうか。しかし、そんな俺の予想に反して部屋に入ってきたのは。
「やっほ~。来ちゃった」
そういって憎たらしく笑う中根だった。
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