青色の花

@eky31415

あなたに贈る花は

僕、霞水颯はどうやら死神らしい。


僕に深く関わった人は、皆例外なく様々な事故に巻き込まれ亡くなった。

家族は勿論のこと。

唯一優しく接してくれた幼馴染みの碧への墓参りは、相当堪えた。

今は気持ちが和らいでいるが、小学生だった当時でさえ死にたくて堪らなかった。

幼馴染みの両親も露骨に邪険には扱わなかったが、忌み嫌っていたであろう。

碧の妹の遥にも恨まれて殴られたりと散々だった。

当時の僕はもう、踏んだり蹴ったりだった。

いや僕の立場だと、踏まれたり蹴られたりというべきか。


小学生の頃には根暗だと学校で苛められたが、真実を知ってからは誰も寄り付かなくなった。

無論先生や、噂に尾ひれが付いて保護者からも腫れ物扱いされた。

もと居た場所を遠く離れてここに逃げてきたのが、5年前だ。



そんな僕も、早いもので高校2年生になっていた。

偏差値も校則も、驚くほど普通の高校だが。

うちの高校は、とても花壇が広く豪勢だ。

高校を中心に、青、緋、橙、黄、白、黒と。

学校を囲む様に広がる花は、なんと一万平方メートルはあるらしい。



ふと、花壇の近くでうろついている女子生徒が目についた。

制服の袖についている深紅の大きなブローチ、おそらく一年生だろうか。

腰まで届く茶髪のウェーブを、後ろで一つに縛っている。

身長こそ低いが、スタイルは良い。

顔立ちも整っていて、おそらく十人に訊けば十人が可愛いと答えるであろう。

などと暫く見とれていると、その女の子もこちらに気付いたようで。

違う誰かのことだと思ったのだが、こちらに手を振りながら彼女はまっすぐ走ってきた。

「あっみはや先輩!お久し振りです!」

「へぇっ?」

思わず変な声が出てしまった。

やはり誰かと間違えているのではないのか。

僕は面識がないし、お久し振りと言われても誰だかさっぱり分からない。

いや、よく見るとどこかで…?


「忘れたんですか?碧の妹の遥ですよ!」

「…えっ?えっなんでここに?」

意味が分からず動揺の止まらない僕の為なのか、俯いたまま事情を話してくれた。

「実は……あの頃から成長して、先輩は辛い経験をしてきたんだなって思うようになりまして。自分のことしか考えないで殴ったり蹴ったりしていた事を謝りたかったんです。そして、先輩を追いかけてここまで来たんです」

遥はそう告げて、意を決したようにこちらを見つめてきた。

「ごめんなさい、そして仲直りしましょう」

正直、遥の言葉は最初は信じられなかった。

ずっと僕を恨んでいて、そして復讐するためにここまで来たと思っていた。


けどそれは思い違いだったことが、とても嬉しくて。

心に突っ掛かった氷が融けていった気がした。

視界が、涙で歪んできた。

涙ぐむ僕を見て、朗らかに笑いかけてきた。

「先輩、明日土曜なので墓参り行きませんか?」

「……そうだね、うん。そうしよう」



そしてーーー



次の日僕らは、碧の墓に来ていた。

僕は、墓にマーガレットを供えた。

マーガレットの花言葉には、"謝罪"の意が含まれているからだ。


こうして碧の墓の前に立つのは、かれこれ5年振りだった。

理由は、遠かったから行くのが厳しかったのと。

碧から逃げたみたいで、合わせる顔が無かったから。


僕が複雑な心境でいるのを察したのか、彼女が僕に花をくれた。

「昨日も言ったように、私は貴方に謝りたかったんです。なのでこの花を受け取って貰えませんか?」

「いいけど…これは、昨日学校に咲いてた花……?」

僕が受け取ったのは、小さな青い花。

「それ、ロベリアっていう花らしいですよ?可愛らしくて綺麗だったので」

遥は微笑んで、来た道を引き返していく。

「でも、この花の花言葉って謝罪とかじゃなかったような気が……」

僕がそう言うと、遥は足を止めて振り向いた。

「そうですね」

その顔は一瞬、にこやかな物ではなく能面のような表情に見えた。

「でも、綺麗だったからいいじゃないですか!ね?」

多分気のせいだったのだろう、気付けばいつもの明るい表情に戻っていた。

「まぁ、それもそうだな。じゃあ帰るか」

「ええ!」

僕と彼女は、碧の墓を後にした。




次の月曜日。



教室で、聞き捨てならない事を聞いた。

「……えーまじか。あの一年生ちゃん転校しちゃったんか、名前確か…遥っつったっけ?」

「そうそう!俺は好みだから告ろうと思ったんだけどなぁ」


「………え、転校しちゃったのか」

姿を見掛けないので、心配になっていたのだが。

どうやら風の噂で、転校したらしい。


と、教室のドアが勢い良く開かれた。

見た目は所謂チャラい系の一年生男子だ。

と、僕の席に向かってまっすぐ歩いて来る。

「やっと見つけました、みはや先輩。実は遥さんに『みはやって二年生にこれを渡して』と頼まれたんです」


「これを?」


彼が渡してきたのは、小さい青色の便箋だった。


開いた中には一言、こう書いてあった。


『私は大丈夫ですよ』


どういう意味かは分からないが、本人がそう言っているのだから心配しないと決めることにした。


「知り合いなんすか?」

「ああ、そうなんだ」

「なるほど!羨ましいす……俺嫌われてるっぽいんすけどね。それじゃ、物は届けましたよ」

そう言って、彼は教室を出ていった。


「はぁ………あいつも死ぬのかな……」


でも、たったの二言三言だし大丈夫だと信じたい。



……ん?

そういえば、何故遥は僕と関わったのに生きているのか。






一週間後、僕に手紙を渡してくれた男子が。





電車事故で死んだことを知るのは、また別の話。

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