夕立にキミは笑ったんだ

もち米ユウタ

 

 毎日が退屈だった。


 学校の勉強も人間関係も僕にはまるで必要ない。将来の夢も希望もないから毎日を惰性で生きている。生きる目的が無ければそれは死んでいるのとなんら変わりない。僕は息をしながら死んでいた。


 学校に仲の良い友人は何人かいる。誰とも関わりたくないから輪の中に僕はいた。偽りの笑顔は我ながら良く出来ていると思う。教室内に響く笑い声が腹立たしい。他でもない僕の笑い声が酷く酷く腹立たしい。


 勉強は中の上といったところ。得意科目も無ければ苦手科目も無い。全てが平均よりも少し上。今以上に勉強を頑張ろうとは思っていない。現状で僕は満足している。


 学業に友人関係と興味のない僕が最も嫌うのは異性との交遊だ。つまりは恋人が一番必要ない。限りある時間の中で愚かだとさえ思っている。ただ勘違いしないでほしいが、何も僕は恋愛をする人を馬鹿にするつもりは毛頭ない。僕には必要ないだけ。ただそれだけだ。


 夕焼けに染まる町を歩く。目的はない。愚者は前へ前へ歩くだけ。


 河原のすぐ側に小さな東屋がある。今日は誰もいない。僕の貸し切りだ。ベンチの上に腰を下ろし、ため息を吐きながら視線を彷徨わせた。

 どこを。何を。誰を。

 彷徨う視線は何も見つけられない。


 やがて小粒の雨がアスファルトに跳ねる。生憎と傘は持っていない。


「ここ、いいですか?」


 公共の場所に僕の了承が必要か疑問の余地が残るものの、頷いて返事をかえす。

 尋ねてきたのは同年代ぐらいの女の子だ。


「いきなり降ってビックリしましたよね」


 濡れた制服と髪をハンカチで拭きながら彼女は微笑む。見覚えのない制服だ。


「雨が止むまでお話しませんか?」


 気が乗らない僕は表情で返事をする。彼女は「まずは好きな季節からですね」と話し始めた。


「私は夏が好きです。あなたは?」


 僕は夏が嫌いだ。汗を吸った制服が気持ち悪い。


「なるほど。じゃ冬が好きなんですね。大丈夫です。私も二番目に好きです」


 勝手に納得されて僕は彼女を無視する。


「次は好きな異性のタイプですね。私は優しい人が好きです」


 僕は優しい人が嫌いだ。優しさを信じれないから僕が嫌いだ。


「なるほど。特定の人はいないんですね。大丈夫です。私もいません」


 どうでもいい情報を彼女は喜々として話す。


「じゃあ最後に……私は野々江留美です」


 反射的に名前を口にしてしまう。彼女は嬉しそうに笑った。


「それじゃ、晴太くん。また会いましょう」


 ひぐらしがカナカナと悲しそうに鳴く。

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夕立にキミは笑ったんだ もち米ユウタ @mochi0410_yuuta

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