第10話 神様

東京競馬場のパドックの裏側。

そこには池があり、ちょとした日本庭園の様になっている。

開催日でも、人が少ないこの場所に、毎週集まる3人のおじさんがいる。


「また当たったよ・・・」

訝しい顔で顔でマモルくんがシゲさんを見ている。

今日5レースを終えて、シゲさんが4レース的中させている。

少々、神憑るっている。

いつものシゲさんではない。

「まぁ、当たりが見えてるからね。」

いつもなら大声で「よっしゃ!!」とか叫んでいるのに、

こういう反応もいつものシゲさんではない。

僕とマモルくんは、ここまで来るとそう思う以外に考えられなくなっていた・・・

神様はいる。


シゲさんの異変は、今日の朝から始まった。

「神様っているんだよ。」

1レースのパドックを見ながら、急にシゲさんが言い出した。

「どうしたんです?変な宗教にでも入ったんですか?」

そう返したマモルくんにシゲさんは

「知り合いがよ〜。そう言うんだよ。」

シゲさん曰く、知り合いから「ギャンブルで勝つには神様を味方につけないといけない。」と教わり、一緒にパチンコ屋さんの前でゴミ拾いをしたそうで、

「そしたらよ〜出たんだよ!」

「お化けがですか?」

話の腰を折るために生まれてきた男マモルくんが本領発揮をしたところで、

「パチンコだよ。嘘みたいに出てよ〜。それでわかったんだよ。神様はいるんだよ。だからほら。」とビニール袋を差し出した。

中には、吸い殻やら空き缶などのゴミが入っている。

「来るときにな。拾ってきた。良い行いをして、神様を味方につければ、神様は当たり馬券を教えてくれるんだよ。」

「んなバカな話・・・」とマモルくんが言いかけたとき、

小さな女の子がシゲさんの足にぶつかり倒れてしまった。

「大丈夫か?怪我ないか?」

シゲさんが女の子を起こしてあげると。

「すいません。ほらミキ!前見て歩かないから。」

女の子の父親がシゲさんに謝罪をした。

「ちゃんと謝りなさい。」

「ごめんなさい。」

「いやいや、こちらこそぶつかってくれてありがとう。怪我がなくて良かった。

気をつけるんだよ。」

「ありがとう?・・・いえ、すいませんでした。失礼します。」

少し訝しげに、父親は女の子を連れて去っていった。

ぶつかってくれてありがとう?何を言ってるんだシゲさん?

訝しく思うのは当然である。

親子が去った後、「なんでありがとうなんです?」そう聞くマモルくんにシゲさんは、「女の子の服。白い帽子にピンクのスカート。黒い靴。1レースは1枠2枠8枠の馬で決まりだよ。」


1レースはシゲさんの言う通りになった。

「たまたまですよ。祐介さんもそう思うでしょ?」

「うん・・・」

とはいえ気持ちが悪い。

そんな簡単に当たるものなのか?本当に神様が当ててるなら、そもそも予想なんて意味がない。

その後も2レースで、青い帽子と青いパーカーを着たカップルがシゲさんにぶつかり、4−4で決まった。

3レースは、フランクフルトを持ったおじさんがぶつかり、シゲさんの服にケチャップとマスタードで赤と黄色のシミをつけ、3−5で決まった。

そして4レース。

全身黒の出立ちのおじさんがソフトクリームを買っていたところに、ぶつかりそうになった。ぶつかってはいないのに、なんと1−2で決まってしまった。

ぶつかりそうになっただけで当てるなど、もう神様の仕業としか言いようがない。

ケチャップとマスタードのシミだけでも痛いのに、ソフトクリームまでつける訳にはいかない。神様の粋な計らいなのだろう。

神様はいるのだ。


こうして、僕たちは競馬新聞を捨て、それっぽい人にぶつかられる為に競馬場を徘徊し始めた。

黒、白、赤、青、黄色、緑、オレンジ、ピンク、その色を身につけている人を見つけてはぶつかられに行くが、なかなか思うようにぶつかってくれない。

人にぶつかられることがこれほど難しいとは・・・それだけ、神の啓示を受け取るのは至難の業ということなのだろう。


誰にもぶつかられないまま最終レースを迎えた。

ここまで全く馬券を買えていない。

「こうなったら最終手段だ。」

最終手段とは?

「自らぶつかりに行く。」

「シゲさんそれはやっちゃダメだ!禁忌だよ。」

「新しい信者を獲得するためにも、君たちに神様の存在を示さなければ、

神の使徒としての示しがつかない。ギャンブルの神様は、どこかの金だけ奪う神様とは違うのだよ!」

「シゲさん。」

そう言うと、シゲさんは黄色のシャツと赤いカバンを持った2人組にぶつかりに行った。

その光景は神々しく、スローモーションにも見えた。

そして・・・ケチャップのマスタードのシミが黄色のシャツに付いたと言う理由で

シゲさんはボコボコに殴られる。

止めに入った僕らも殴られ、警備員に助けられ、殴った奴には逃げられ、

最終レースも締め切られ、医務室に連れてこられ、治療され、競馬場を後にした。

結局、ほとんど馬券を買うことなく終わったので、全員プラスで終わった。

やはり神様はいたのだ。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る