第8話 3年という時間と優越感

東京競馬場のパドックの裏側。

そこには池があり、ちょとした日本庭園の様になっている。

開催日でも、人が少ないこの場所に、毎週集まる3人のおじさんがいる。


いや、いたと言った方がいいだろうか・・・

昨今のコロナ禍で競馬場は入場制限を敷き、当日券での入場は出来なくなっていた。

当然、毎週のように集まっていた3人は来れなくなり、約3年の時が過ぎた・・・


「久しぶりだな・・・」

10月の東京競馬場。

約3年ぶりに当日券での一般入場を始めた。

その知らせを受け、久しぶりに来た競馬場。

見慣れた景色が、いつもよりも新鮮に映る。

「唐揚げまだやってるかな?」


競馬場のスタンドの端にある唐揚げ屋。

シゲさんが好きだった店の唐揚げが食べたくなり、向かってみる。

しかし、店は跡形もなく無くなっていた・・・

3年とはそういうことが起こるだけの時間なのだと改めて思う。

シゲさんもマモルくんも元気だろうか?


競馬場が入場規制を始めてすぐのころは、リモートなどで毎週集まって競馬をやっていた。

「ネットなんてわかんね〜よ!」といっていたシゲさんも、ネット投票を覚え、

リモートの繋ぎ方や、バックの画像を変えたりして楽しめるまでになっていた。

マモルくんも当初は毎週顔を出していたが、仕事が忙しくなり、そのうちG1開催時のみとなり、さらに彼女ができると、いつの間にか参加しなくなっていた。

2人だけでも続ければ良かったのだが、気がつけばリモートをつなぐこともめんどくさくなり、それぞれ別々に楽しむようになっていた。

その間、シゲさんは競艇にもハマり出していたが・・・


3年とは、今までの当たり前を簡単に無くせる時間なのだ。

唐揚げ屋が無くなっただけでも、それをまざまざと感じてしまう。


その後も、競馬場を歩き回り、馬券を買うのも忘れて懐かしんだ。

一通り回って、所定の位置に戻る。

いつもの日本庭園はあの時と変わらず、静かでほとんど人もいない。

やはり、ここが一番落ち着く。


「遅いぞ。もう6レースが始まっちまう。」

後ろを振り返るとシゲさんが唐揚げを持って立っていた。

「シゲさん。来てたんですか。」

「当たり前だろ!ようやく競馬場に来れるようになったんだ。来ないなんて選択肢はないだろ。」

「競艇はもういいんですか?」

「競艇は平日でもできるからな。」

働けよ!そう頭の中でツッコミつつ、シゲさんの手元の唐揚げに目が止まる。

「その唐揚げどうしたんですか?」

潰れて無くなった唐揚げ屋の唐揚げを手に持っている。

「そうなんだよ。いつもの唐揚げ屋が潰れてやがってよ〜。もう建物ごと無くなってやがった。」

それは僕も確認済みだ。しかし手に持っているということは・・・

「ショックでさ〜。あの唐揚げがもう食べれないのかって・・・それでスタンドの受付の姉ちゃんに文句言いに行ったら、移転してるって教えてくれてよ。さっき買ってきたんだ!」

「そうなんですね。良かった。僕もさっき見に行って無くなってたので、寂しく思ってたところです。」

「後で場所教えてやるよ。」

そんな話をしていると。また懐かしい声が聞こえてきた。


「祐介さ〜ん!シゲさ〜ん!」

その声に振り向くと、マモルくんが丸めた競馬新聞をブンブン振り回しながらこちらに向かって走ってくる。

クララが立った時のハイジを思い出す。

いくら人が少ないとはいえ、大声で名前を呼ばれるのは恥ずかしい。

「祐介さん!お久しぶりです!シゲさんも!」

「マモルくん・・・」

「“も”ってなんだよ“も”って!俺はついでかよ」

「シゲさんは相変わらずですね〜。さっき来たら、誰もいなかったんで、もうここには来なくなったのかと思って、寂しかったですよ〜」

「別にマモルのために来てるわけじゃないからな。」

「シゲさんは相変わらずですね。」

「お前はそれしか言えね〜のか!」

なんだか懐かしい。3年経っても変わらないやかましさがここにある。


「どこ行ってたんですか?」

「久しぶりに来たから、少し競馬場を回ってたんだ。」

「そうだったんですね!シゲさんは?」

「俺はこれよ!唐揚げ買いに行ってたのよ。」

「シゲさん。相変わらずにも程がありますよ。3年も経ったのに、何も変わってないじゃないですか〜」

「いい加減にしろよ!久しぶりに会って、それしか言えないのか?」

「だったら目新しいことしてくださいよ。」


また3人が集まった。そのことが少し嬉しかった

シゲさんはもしかしたらいるかなと思っていたが、彼女ができたマモルくんは

もしかしたら、もうここには来ないのかと思っていたからだ。

「それにしても久しぶりだね?彼女は元気?」

「そうだ!お前彼女できたんだろ!写真見せろ!写真!」

「すいません。振られました。」

「あ・・・ごめん。」

久しぶりが距離感を鈍らせたか・・・いきなり地雷を踏んでしまった。

申し訳ない気持ちが、再会の嬉しさを上回ってしまい、言葉が出なくなる。

「なんだ。振られちまったのか・・・せっかく祝ってやろうかと思ってたのに・・・」

流石のシゲさんもしおらしくなる。


「悪かったな。知らなかったから。」

「シゲさんやめてくださいよ〜。もう落ち込んでないですよ。1ヶ月も前なんで。」

「僕も、知らなかったからごめんね。」

「祐介さんまで、全然大丈夫ですよ〜。2人ともやめてください。それに、彼女に取られてた時間とお金で、また競馬が楽しめるんですよ。良かったじゃないですか〜」

「やっとできた彼女だったのに・・・」

「ですね〜。高校の時以来ですからね。」

「何年も彼女できないって嘆いて、やっとできたのに・・・」

「実際、彼女ができてみると想像してたのと違うってことが多くて。

今となっては何であんなに彼女が欲しかったのかわからないくらいです。

っていうか、さっきから2人が引きずってるみたいじゃないですか!

慰める気全然ないでしょ!」

「慰めてほしいなら落ち込めよ!」

シゲさん?なんでキレてるんですか?

「俺も祐介も、落ち込んでいる奴を慰めるという行為で、優越感に浸りたいんだよ!」

シゲさん、僕はそんなこと思ってませんけど・・・

「さぁ!落ち込め!泣き喚け!彼女ができて振られたなんて野郎には、そうする義務があるんだよ!さぁ!優越感をよこしやがれ!」

この人には彼女できたとか言うのやめよう。

そう誓った久しぶりの東京競馬場でした。




















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