第5話 カツラをかぶる訳

東京競馬場のパドックの裏側。

そこには池があり、ちょとした日本庭園の様になっている。

開催日でも、人が少ないこの場所に、毎週集まる3人のおじさんがいる。


「また外れたわ・・・今日はダメだ〜」

シゲさんが新聞を放り投げて嘆いている。

今日はここまで8レースを終えて、全く馬券が取れていない。

「そんな日もありますよね〜。まぁ僕はいただきましたけど」

「マモル・・・ビール奢ってくれ!」

「いやですよ!」

「いいじゃん取ったんだからさ〜。」

「500円しかプラスになってないのに、ビール奢ったらなくなるじゃないですか〜」

「大体、お前が取る日がは馬券が硬くて面白くないんだよ!」

「さぁ!次のレースのパドック見ましょうよ!」

絶好調のマモルくんは意気揚々とパドックに向かった。

僕も後を追い、さらにその後をトボトボとシゲさんが続く。

パドックとは、次のレースを走る馬たちが、円形のトラックを周回している場所で、

そこで実物の馬を見ながら、新聞と照らし合わせ、予想をしていく場所である。

ここで予想をし、馬券を買ってから、コースの方に行ってレースを見るというのが、

オーソドックスな競馬の楽しみ方である。

もうすぐメインだからかパドックも人で溢れている。

シゲさんが真剣な眼差しで競走馬を見ている。

パドックでシゲさんが「良い」と言った馬は、人気よりも上位に来ることがあり、

見過ごせないのだ。

しばらくして、シゲさんが口を開いた。

「あの正面にいるおっさん・・・ヅラじゃないか?」

ヅラ??おっさん?

シゲさん、真剣な眼差しでどこ見てたんですか?

「どこですか?」

「マモルの・・・5列前にいるぴっちり横分けの・・・」

「あ〜あれですか?・・・ヅラですね。毛艶がおかしいもん。」

「ちょっと待て!隣もヅラか?」

「え?・・・隣は違いますよ。あれは地毛じゃないですか?」

「でも、ちょっとズレてないか?髪型が。」

「あれ?ほんとだ。違和感すごいですね。」

「2人ともパドックにきてどこ見てるんですか?」

「いいから、ゆうすけも見てみろって!ほらあそこ!」

シゲさんの指の先にいるおじさんの後ろ姿はどう見てもカツラだった。

1人は、もはやパーティグッズみたいなツヤツヤな髪質で、

どっからどう見てもカツラ。

もう一人は、髪の毛自体に違和感はないが、はっきりと頭部のセンターが

ズレている。

ヅラのおっさんに気を取られ、気がついたらいつの間にか馬が居なくなっていた。

レースの15分前を目処に、馬はパドックから地下を通ってコースに向かうのだ。

それに合わせるように、人もいなくなる。

「全然馬見れなかったわ。」

「シゲさんがヅラとかいうからですよ。」

「だって気になるだろ!マモルも見てたじゃん。」

「なんでヅラなんて被るんですかね?しかもあんなバレバレのやつを・・・」

素朴な疑問がふと口をついた。

「知りたいか?」

シゲさんが空を見ながら口を開いた。

またもや真剣な眼差しでこちらを見ている。

「カツラの裏側を・・・」

カツラの裏側は、ハゲでしょ?

「昔、キャバクラ仲間に原先生という人がいたんだ。元高校教師だったから、原先生って呼ばれててな。」

元教師がキャバクラ行くなよ!

「原先生はカツラだったんだよ。しかもバレバレの。それでな、ある時酔った勢いでキャバクラで転んで、カツラが取れちゃったことがあってな。」

最悪じゃん!

「みんな知ってたけど、変な空気になってな〜。そん時に空気が読めないキャバ嬢が、聞いたんだよ。「なんでそんなバレバレのカツラ被ってるの?」って」

やるな、特攻のキャバ嬢。

「そのとき原先生「ハゲを隠すやつがいるから、ハゲを晒して笑いに変えられるんだ」って」

どういうこと??

僕はマモルくんと目を合わせた。

マモルくんも意味がわかっていないらしい。

「つまりな、「ハゲは恥ずかしいもの」でなくちゃならないんだってことだよ。

そうでないと、ハゲで笑いを取る人たちが、武器をなくすだろ?

恥ずかしくて隠す人がいるから、堂々と晒して笑いにしたりできるんだって。

「俺はそういう人たちの踏み台になってるんだ」ってさ。」

すごい言い訳だな。しかし、一理はあるか。

確かに、ハゲがハゲを晒して堂々と生きる世の中なら、ハゲで笑いは起きなくなる。

カツラをかぶって隠すやつがいるから、カツラが取れて笑いになるのだ。でも・・・

「その話、本当ですかね?その原先生が、適当に作った話じゃないんですか?」

「俺もそう思ってたんだよ。むしろそこまで理論武装してるのはすごいなとすら思ったよ。でもな、逆にハゲってそこまで恥ずかしいことなんだなとも思ってな。」

またシゲさんは空を見た。

「原先生、3年前に亡くなったんだけど、棺の中でもヅラかぶっててな・・・死んでまで隠したかったんだな。そんだけ怖くて恥ずかしいんだよ。髪の毛が無くなるってことがさ。」

確かに、当たり前に生えてくるものが、徐々に、そして確実に減って無くなってくることは、ものすごい恐怖なのかもしれない。

「バレバレのカツラでも無いよりマシってことですか?」

「そうだな。そこまでの恐怖ってことだ。だからこそ、ハゲを隠さずにいる人や、それを笑いに変えてる人は尊いんだと思う。」

「ハゲでもっと笑わないと失礼ですね。」

「そういうことだ。」

そんな話をしていると、「プルルルル〜」とブザーがなった。

馬券が締め切られた合図だ。

「馬券買えなかったじゃないですか!シゲさんがカツラの話するからですよ!」

マモルくんがシゲさんに詰め寄る。

「お前だって「ハゲでもっと笑わないとですね」とか言ってたじゃね〜か!」

「あ〜あ〜、自信あったのに〜。絶対当たってましたよ〜。」

「うるせ〜な!次のレース当てりゃ〜いいだろ!」

結局レースは買えず、結果はこの日1番の大荒れで決着した。

「やんなくて良かった〜」

マモルくんは当たってなかったみたいで、逆にシゲさんは・・・

「なんだよ〜。こんな荒れるなら真剣に考えれば良かった〜」

そのとき、結果を見て気がついてしまった。

「ちょっと!シゲさん、マモルくん・・・1着から3着の馬・・・かしら文字見て!」

1着カグラ2着ツインカウンター3着ライアンボールド・・・縦読みでカ・ツ・ラ

「カツラじゃん!!取れたじゃん!」

「サイン馬券ですよこれ!」

「まさかのカツラかよ〜。」

カツラで盛り上がる3人を、バレバレのカツラをかぶったおっさんが遠くから睨んでいた。









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