第2話 唐揚げ

東京競馬場のパドックの裏側。

そこには池があり、ちょとした日本庭園の様になっている。

開催日でも、人が少ないこの場所に、毎週集まる3人のおじさんがいる。


「あれ?今日はマモルくんだけ?シゲさんは?」

いつもなら、一番初めに来ているはずのシゲさんが見当たらない。

「まだ会ってないっすね。たぶん唐揚げじゃないっすか。」

シゲさんにはお気に入りの唐揚げがある。

シゲさん曰く、東京競馬場に来る理由の半分はその唐揚げにあるらしい。

確かに美味しく、日によっては午前中で売れ切れてしまうこともある。

しかし、そのお店は東京競馬場のスタンドの一番端にある。

僕らがいる場所の真反対にあるので、買いに行くにはスタンドを端から端まで往復する必要がある。

しばらくするとシゲさんが唐揚げを頬張りながら帰ってきた。

「やっぱり。」

マモルくんが得意げな顔に言う。

おっさんの行動を当てたくらいでそんな顔されても・・・

「いや〜。今日も美味いな!この唐揚げは。」

「それ好きですねよね〜。でもわざわざ遠くまで買いに行かなくても、唐揚げなら

すぐそこにも売ってるのに・・・」

「マモル。唐揚げならなんでもいいわけじゃないんだよ。この唐揚げがいいんだ。

俺はこの唐揚げを食べるために競馬場に来ていると言っても過言じゃ無いんだよ。」

「でも、そこの唐揚げ屋さんの方が人気あるじゃないですか。いつも行列ができてますし。」

確かに、すぐ近くの唐揚げ屋さんはいつも行列ができている。

「行列ができてるから美味い?唐揚げはそんな単純じゃないんだぞ。」

唐揚げってそんな複雑だったんですか?

「美味いから行列ができてるんじゃないんですか?」

「マモル・・・行列ってのはな、美味しいからできるわけじゃないんだ。今マモルが言ったみたいに「行列ができてるから美味しいんじゃない?」「行列できてるから食べてみたい!」って思ってる奴らでできてるんだよ!」

「どういうことですか?」

「つまり、行列に並んでるやつの8割はその店で食べたことがないんだよ。」

シゲさん・・・そうなんですか?

「美味しいから行列ができてるんだと思ってました。」

僕もそう思います。そう思ってるのはシゲさんだけです。

「甘いよマモルくん。行列なんてもんは、そのほとんどがその店に初めてくる人間でできてるんだ。「ネットで見たから」だとか「行列できてるから」とか、その店の味を知らないで並んでいる。つまり、行列=美味いは幻想なんだよ。実際に食べればわかる。無難な味なはずだ!」

偏見がすごいな。

「まぁ、確かにあそこの唐揚げは無難な味ですけど・・・」

当たってるのかよ!マモルくん、じゃあなんで進めたんだ?

「だからな、行列なんてもんには並ぶ必要がないんだよ!並ぶなんてバカのやることだ!」

そこまで言わなくても・・・

「シゲさん、次のレース買ったんですか?」

「ヤバい!買ってないや。ちょっと行ってくる!」

「シゲさん、僕もいきますよ!」

締め切り直前の馬券売り場は行列ができている。

「行列できてますね・・・あきらめましょうか?」

「バカ!次のレースは自信あんだよ!簡単に諦められるか!」

「でもシゲさん、行列ですよ。並ぶのバカだって。」

「馬券買うときは別腹なんだよ!」

そう言って、シゲさんは並びに行ってしまった。

馬券は別腹・・・シゲさん馬券って食べれるんですか?

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